琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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184再会

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 その時、コトリの胸元から紅い勾玉がふわりと浮き上がり、光を放ち始めた。

「え?」

 コトリは、その眩しさ以上の違和感を全身で感じて、一度強く目を閉じる。再びその眼をソラへ向けた時、もはやその女はコトリではなくなっていた。

「ソラ、うちの秘蔵っ子をあまり虐めないでちょうだい」
「姉上?!」

 その妖艶でありながらも、かくしゃくとした物言い。見た目は先程からと変わらぬ少女であるのに、い出る雰囲気はまるでちがう。まさに、女王の風格である。

「あなたが私に会いたいと言ったのでしょう? コトリはコトリなのに、私の奏でを聞きたいだなんて、よくも無理難題を押し付けてくれたものね」
「だ、だって、姉上のお姿を見たら、あの頃のことが頭の中に蘇ってきて、我慢できなくなって」
「相変わらず堪え性のない子ね」

 ようやくコトリを乗っ取ったクレナ神は、クスリと笑う。

「でも、やっと会えたわ」
「もしいつか、国が一つに戻れば、姉上とこうして再会できるようにと願掛けをしていたのです」

 ソラは、褒めてほしいとばかりに声を上ずらせた。神具師であったソラは、もちろん職業柄神との関わりは深いものだったが、クレナのように、その身に神を降ろすかのような奉奏を頻繁にしていたわけではない。よって、神になった後の力量にも自然と差が生まれ、自ら格の高い神となったクレナの前に、姿を見せることができずにいたのである。

「そんなことを」

 クレナはふっと頬を緩める。彼女もソラに会いたいと思って、彼の気配を辿り、何度も接触を試みていたのだ。しかし、それは叶わなかった。見えない壁がいつも二人を遮っていたのだ。

「あなたの願掛けもあったのでしょうが、何よりも大神との約体を現実のものにしてくれた、コトリとカケルのお陰でしょうに」

 ソラは叱られた幼子のようにしゅんっとしょげてしまった。

「だいたい、私達が神々の世界に召された後も離れ離れだったのは、生前禁断の仲だったからに相違ありません。けれど、コトリとカケルは、様々な困難を乗り越え、奏者と神具師として恋を実らせてくれた。そして国を一つにしてくれ、私達を再会させてくれた。けれど」

 ここでクレナは顔を曇らせる。乗っ取ったコトリの首から下がる勾玉を見下ろすと、かつてのような紅さがあった。

「カケルがあの剣を使ったせいで、再び岩に亀裂が入ろうとしています」
「何だって? せっかく元通りになったというのに」
「国を一つにして確固たるものにするには、カケルとコトリが再び相見えて情を交わせるようにしてやることが肝要。そのためにも、私達ができることと言えば何かしら?」

 ソラは、はっと息を呑んだ。ソラにできて、クレナにできぬことと言えば、あれしかない。

「分かりました。姉上たっての願いです。キキョウ神を通じて、大神に祈りを捧げます。カケルが、再び現し世に戻ることができますように、と」

 それさえ成せば、今度こそ憂いは全て無くなるだろう。ニ神はそれを確信して、互いに大きく頷いた。


 ◇


 コトリは熱に浮かされたように、唸っている。心地よいのに苦しいような、不思議な感覚だ。そこへ、耳にではなく、直接脳に働きかけるような声が降ってきた。

「数多の神を味方につけ、天磐盾を修復した功績として、一つだけ願いを叶えてやろう」

 直感的に、それが大神のものであることを理解するコトリ。慌てて返事をしようにも、水に溺れて沈む石のように、体が重くて声が出ない。

 それを知ってか知らずか、神の声は淡々と続いていく。

「だが、力添えだけだ。お前が本当にあの男を欲し、永久に添い遂げる覚悟があるならば、開放されし力を使うが良い」

 力とは――――。コトリの頭の中には、疑問符と共に、カケルの笑顔が映し出されていた。

「カケル様」

 絞り出した声に、何かの力がこもっている。

 その時、薄らいでいた視界が一瞬眩しく光った。

「奏でなさい。想い人を呼び寄せるのです!」
「クレナ様に、ルリ様?!」

 気づくと、手元にはカケルそのものであるシェンシャンがあった。意を決して抱え込むと、奏での姿勢をとる。

 すると、またもや視界全面が光った。

「生まれなんて関係ない。あなたは幸せになる資格があるのよ」
「自らの願いすら叶えられぬなど、やはりお前の奏では大したことがないな。せいぜい足掻いてみるが良い」

 コトリは仰け反りそうになりながら叫ぶ。

「母上に、父上?!」

 ここは神の世界。何が現れてもおかしくない場所だ。

 予想外の声援に励まされて、コトリは弾片をしっかり握る。

「お願い、帰ってきて!」

 どうか最愛の、何よりも大切な人へ、この気持ちが届きますように。コトリは、縋るような思いで奏でに心を乗せていく。

 今ほど、神の奇跡を望んだことはない。
 生きてさえいてくれたら、それでいい。

 これまでコトリを支え続けてきてくれたカケルに、まだコトリは何のお返しもできていない。何もかもが、これからだというのに――――。

「どうか、もう一度」

 気がつくと、そこは香山の社であった。労しげな眼差しの楽士達が、コトリを取り囲んでいるのが見えた。

「え」

 次の瞬間、全身にかかる重量が一気に増す。視線を落とすと、コトリの膝を枕に、仰向けになって眠るカケルの姿があった。

「カケル様」

 すやすやと寝息をたてている。

「おかえりなさいませ」

 二人を中心に穏やかで柔らかな温もりが広がっていった。

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