第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

文字の大きさ
2 / 117

01門衛になっちゃった

しおりを挟む
 紺碧の空の下。目の前に立つのは大男だ。と言っても、この世界では平均的な背格好なのだと思う。

「貧相なガキだな」

 彼、ハーヴィー王国第八騎士団第六部隊隊長と名乗るオレガノさんは、私の全身を舐めまわすように見渡した。私は、白シャツの上に黄土色のベストを着て、色褪せた焦げ茶のズボンを穿いている。背中の真ん中ぐらいまであった黒髪は、さっき冒険者ギルドの受付のお姉さんがバッサリ切ってくれたから、どこからどう見ても普通の少年……のはずなんだけど。

「得意な武器は何だ?」
「ありません」
「魔法が使えるのか?」
「分かりません」
「……度胸はあるか?」
「多少ならば」

 また門前払いか。そう思った時、オレガノさんはふっと笑った。

「合格!」

 やった! これで就職先はゲットだ! と思っていたのも束の間。すぐにオレガノさんの隣に立っていた男性が訝しげな声を出した。

「いいんですか? こんなひよっこ、何の役にも立ちそうにありませんよ?」

 ですよね。私もそう思います。

「そうか? 肉壁ぐらいになら使えるだろう」
「さすが鬼畜で有名なオレガノ隊長!」
「愛情をもって厳しく育てるが俺のモットーだからな」

 オレガノ隊長は機嫌良さそうにフフンっと鼻を鳴らしているけれど、たぶんこれは褒められていないと思う。それより、肉壁って何だろう。もしかしなくても、もしかするのかな。私は背筋が一瞬ひんやりとするのを感じた。

「んでお前、名前は何だっけ?」

 名前……そう言えばまだ考えていなかった。どうしよう。そして慌てて口走ったのは、今は亡き片思いの人の名前。

「衛介です」
「エースケ? 変わった名前だな」

 ここは異世界だから、日本名は不味かったかもしれない。と焦ったけれど、そこは上手いこと誤魔化しておこう。

「あの、エースって呼んでください」
第一人者エースか。見た目に似合わず、なかなか立派じゃねぇか?」

 あはは。自分でもあまりにもテキトーすぎるネーミングに乾いた笑いしか出ませんよ。でも、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだ。突然異世界に転移してしまい、女であることを隠しながら王城の門衛として就職することになるなんて!

 まずは、事の発端を聞いてほしい。


   ◇
 

「衛介。なんで死んじゃったんだよ」

 私、姫乃ひめのは、家の前から続く山手の小道を辿り、近所の墓地へ来ていた。お供えは、焼き鳥。ちょうど一年前、唐突に死んでしまった幼馴染、衛介の大好物だった。

 彼は学校からの帰り道、いきなり倒れて、そのまま息を引き取ったらしい。ちゃんと冷たくなった遺体にも触れたし、お葬式にも行ったのに、私はそれを未だに信じられずにいる。

 焼き鳥からぷーんっと甘くてジューシーな香りが立ち上っていた。朝も早くから備長炭を使って焼いてきた私のお手製だ。こんなことしてる女子高校生なんて、日本中探しても私ぐらいだろうな。

「衛介、焼き鳥をこのままお墓の前に置いておくのは良くないから、私が代わりに食べるよ。いいよね?」

 二人で学校帰りに立ち寄ったスーパー前の焼き鳥屋台。じゃんけんで負けた方が奢ることになっていた。勝率は衛介の方が上。でも、なぜか衛介がお金を払っていることの方が多かった。

「ありがたく食べるように!」

と言って、葱と鶏もも肉が刺さった串を突き出してきた彼の声を思い出すと、自然と涙が溢れてくる。私は、躊躇いなく焼き鳥にかぶりついた。あぁ、美味しいよ。めっちゃ美味しいよ。なんで、隣に衛介がいないんだよ。ねぇ、なんで?

 その時の私は、滲んだ視界が少しずつ変化していたことに全く気づいていなかった。


   ◇


 あれ? ここどこ?

 見渡すと、知らない街の知らない路地にいた。私の右手には食べかけの焼鳥の串が一本。装備はそれだけだ。見上げてみると、細長い青空が見えて、細い紐にぶら下がるたくさんの白い洗濯物が、運動会でよく見かける小さな国旗みたいにヒラヒラとはためいている。

 私は山の中の墓地にいたはずなのに。もしかして夢でも見ているのかと思って耳たぶを引っ張ってみたけれど、ちゃんと痛みはある。

 ふう。私はひとつ深呼吸した。ここでじっとしていても埓が明かない。私は路地の先にちらりと見える、人通りの多い場所に向かって歩いていった。人間、ここまでの窮地に陥ると、かえって冷静になれるものらしい。

 そして行き着いたのは、大きな噴水のある広場。ここはどこかの大きな街であり、日本ではなさそうだ。何より、その街並みを作り上げている建物が以前修学旅行で行ったヨーロッパの町並みに似ているものの、行き交う人々の格好が変なのだ。髪色がカラフルすぎる。水色とか紫とか緑とか。さらによく見れば、明らかに現代人が纏うにはお粗末すぎる素材のゴワゴワした服を着ていて、デザインのバリエーションもかなり少ない。ほとんどの男性はシャツにベストを羽織り、暗い色のズボン。女性はくるぶし丈まであるロングスカートが基本で、三角巾のような要領で大きな布を頭に巻いている人もいる。

 四台目の大きな馬車が目の前を勢いよく通り過ぎた時、私はようやく事態を飲み込み始めていた。ここはたぶん、異世界というヤツだ。どうやら、衛介から借りたラノベでよくあった『転移』というものをやらかしてしまったらしい。

 となると、こうもぼんやりもしていられない。ここには頼れる人なんて誰もいないし、家もない。お金もないから、今日の昼ごはんすらありつけないかもしれない。それに、何となく分かるんのだ。このまま気絶しても、眠っても、日本には帰れないということが。だったら、早くここで生きていけるように何とかしないと!

 いつの間にか、私は周囲からジロジロと見られているのに気がついた。それもそうか。私の格好は浮きすぎている。この街ではほとんど見かけない黒髪黒目。さらには、Tシャツの上にパーカーを羽織り、ショートパンツにサンダルという、日本でも寝間着の延長と取られかねない緩い服装だ。

 その時、いやらしい目でこちらを見つめる男と目が合った。私は残っていた焼鳥を素早く口に頬張ると、串を地面に投げ捨てて駆け出した。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...