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34敬われちゃった

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「コンフリー団長、解決しました」

 駄目だ。彼の顔には「お前、馬鹿か?」と書いている。
 それもそうだよね。私だって、アンゼリカさんに言われなかったら全然気づけなかった。それでは皆さんにご説明しましょう。

「皆さん、王城の結界を見たことはありますか?」

 冒険者達は一様に首を横に振る。実際に見たことがあるのはコンフリー団長だけのようだ。

「あの結界は、魔物を通しません」

 これは当たり前のこと。ここからだ。

「しかし、人は通れます」

 静かなどよめきが広がっていった。でもまだ冒険者達はきちんと分かっていない様子。

「つまり、こういうことか。君の結界でダンジョンを塞げば、中から魔物は出てこないが人は出入りできるので、これまで通り冒険者稼業は続けられる。そして、街は今後も冒険者と魔石の街として栄えることができる、と」

 うまくまとめてくれたエルダー副団長に、私は大きく頷き返す。

「その通りです」

 今度こそ皆に私の言いたいことが伝わったみたい。先程とは異なり、辺りから安堵のため息と歓声が聞こえてきた。

 よし、これで街の人々に結界をかけることを許してもらえた。後は、結界をかけるだけ! と思っていたのに、コンフリー団長が怖い顔を私に向けた。

「エース、結界とは全ての物を封鎖するものではないのか?」
「いいえ。何を結界内に入れないようにするかは、私の気持ち次第ですので」
「ならば、ダンジョンの結界は人も通れないようにしろ」
「なぜ?!」

 せっかく全てを丸く収められそうだったのに。何が問題なのだろうか。

「確かに城と同じ結界であれば、街に魔物が流れてくる心配はなくかる。だが、ダンジョンの中の魔物の凶暴化は解決していない。冒険者の死亡率は相変わらず高いままだろう。冒険したいならば、他所の街や他所の森へ行けばいい」

 確かに冒険者稼業は他所でもできる。でも、ハーヴィー王国にダンジョンはここしかない。つまり、高品質な魔石の流通不足は必ず起きるのだ。今後、魔物除けのお守り魔道具の開発を目論んでいる私にとって、これを見逃すことはできない。弱いもの扱いされた冒険者達も、皆憤っている。

 じゃ、ここからが正念場だよ。

「ではコンフリー団長。騎士団がダンジョンに潜ってください。強ければ構わないのでしょう? 騎士の場合は、何かあってもその家族に年金が支払われると聞いています」
「なぜ私達がそんなことをしなければならない?」
「もちろん、これは団長の私情だからです。今回は、上官に許可を取っていませんよね? それでいて、この西部の街に住むたくさんの人々、冒険者の方々、魔石の恩恵を受けている国民の全てに多大な迷惑をかけるようなことをしています。ならば、せめてその責任を取っていただかないと」

 昔、私がアルバイトしていた洋食屋の店長も言ってたもん。何かやりたいなら、その責任を取らなくちゃいけない。その覚悟がない限り、ただのお子様の我儘だってね。ちなみにこれは、私がお子様用の椅子を用意したいと言ったときの話だ。結局、同級生のお姉さんとこの息子さんが大きくなって要らなくなったベビーチェアを貰ってきて、お店に置くことにしたんだっけ。はぁ、懐かしいな。そして日本が遠く感じるぜ! 当たり前か。ここは異世界なのだから。

 コンフリー団長は少し気まずそうな顔をして、こちらから目を逸らした。たぶん、上官、つまり宰相に許可を得ていないことには負い目を感じているのだと思う。騎士って、本来は縦系統の統率が厳しいはずだもの。

「何も、滅びゆくこの街の住民全ての生活の面倒を見てほしいと言っているわけではありません。せめて魔石だけでも、何とかしてくださいというお話です。魔石を売れば騎士団の財政も潤いますよ」
「しかし、第四騎士団はこの街だけを管轄しているわけではない。忙しいんだぞ」

 やっぱりね。それならば――。

「では、あなたの持つ知識を冒険者達に教えてあげてください。知識は人を強くする。守ることができる。あなたが一番知っていることでしょう?」

 コンフリー団長の顔つきが少し変わった。よし、あと一押し。

「それに、冒険者達は決して弱くないと思います。騎士は、主に人相手ですが、冒険者達は魔物が相手。闘い方が違うだけです。そして、それぞれに良いところがある。だから、ギルドと協力して一緒に共同演習でもしたらどうですか? 冒険者のことが気になるならば、団長が自ら納得するまで育てればいいんです」
「だが、ギルドはこの話を飲むだろうか。メリットが無い」
「そうですか? 王城では、第四騎士団とはかなりのエリート武装集団だとの噂でした。その団長ともなれば、かなりの腕なのでしょう? 強い人と闘えるのは絶対に魅力があるはずです」

 その時、未だに俵巻きで転がっている若い冒険者達が声を上げ始めた。

「俺は、もっと強い奴とやりてぇな」
「案外、自分の腕を磨く機会って無いんだよ」
「冒険者って、強いパーティーを手本にして強くなっていくんだぜ」

 コンフリー団長もエルダー副団長も、純粋に強さを求めている冒険者達の反応に驚いているようだった。

「しかし……」
「コンフリー団長、まだ何かありますか?」

 長年魔物とダンジョンを憎み続けてきた人の心のしこりは、そう簡単に取れるとは思っていない。だけど、これは皆の生活がかかっているし、長い目で見れば騎士団にとっても悪いことではないと思うのだ。

 騎士と冒険者の交流が増えれば、心の溝が埋まって、これまでのような無用な争いは減るだろう。そして、一緒にこの街を守っていきやすくなるにちがいない。

 そこへ、エルダー副団長が口を挟んできた。

「コンフリー」
「何だ?」
「ダンジョンを完全に封鎖されたら、お前も困るはずだ。毎年あいつの命日に、ダンジョンへ出かけて行って花を手向けているの、知ってるんだからな?」

 コンフリー団長は、照れたようにふっと笑った。
 彼が落ちた瞬間だった。


   ◇


 というわけで、やってきました。ダンジョン前! 砂漠の入口にやたらと大きな岩山があって、そこにぽっかり大きな穴が空いている。教えられなかったら、ただの洞窟だと思って入ってしまいそうだ。周辺は、事前に騎士団が魔物を間引いてくれた後だったので、十分に安全は確保されている。

 さて、ようやく私の本格的な出番だ。ではさくっと結界をかけようかと思っていたら、集まっていたギャラリーから変な話が聞こえてくる。

「結界って、どんなのなんだろうな?」
「王都から来た商人は、壮麗で神聖な輝きがどうとかって言ってたぞ」
「すげー。とりえず手でも合わせとくか?」
「じゃ、俺は剣がもっと強くなりますようにって祈っとく」
「俺は魔術上達祈願だ!」

 たぶん王都の結界が綺麗なのは、王城そのものが美しいからだと思う。それと、さっき冒険者を俵巻きにしていたのも結界の一瞬だからね? 後もう一つ。結界を拝み倒してもご利益はありません。
 やれやれと肩をすくめていると、アンゼリカさんがギャラリーに向かって声を張り上げた。

「皆さん、魔術は一瞬です。そして、エースはこの世界において唯一の白魔術の使い手。しっかりと目に焼き付けなさい。そしてエースを敬いなさい!」

 美人が吠えると様になるなぁ、って、あれ? 乗せられた冒険者達が一斉に腕を空に突き上げて鬨の声を轟かせている。

「アンゼリカさん、私、恥ずかしいです」
「何言ってるの。これをするために来たようなものなのよ?」
「え?」
「そもそも、チャンウェル団長の顔を立てることよりも、あなたの味方を増やすための派遣だって、クレソンから聞いてなかったの?」

 そう言えば、そうでした。

「じゃ、ぼーっとしてないで、さっさとやっておしまいなさい!」

 はい、姐さん。すみませんでした!!

 私は、洞窟の入口に向けて両腕を伸ばす。そして、この街で出会った冒険者達、第四騎士団の皆さんの顔を思い浮かべた。これからこの街は、きっともっと良くなっていく。そんな気がしてならないのだ。

「行きます!」

第八制限装置解除エイトリミッタークリア

 私の手から解き放たれない白い光線は一気にダンジョンの入口へ真っ直ぐに向かい、一瞬太陽よりも眩しく光って消えた。

 その新たな結界が、冒険者を僅かながら治癒する効能がついていると知らされることになるのは、私が王城に戻って随分経ってからのこと。


   ◇


 結界を張った後は、宴会騒ぎだった。そういえば、私が初めて結界を張った日も騎士寮がお祭り騒ぎだったな。この世界の人って、こういうのが好きなのかも。

「では、そろそろ王都に戻りましょうか」
「はい」

 私はアンゼリカさんに促されて、未だに盛り上がっている宴会会場の宿屋一階から馬車の方へと足を進める。すると、俄に外が騒がしくなった。どうしたのかな? アンゼリカさんと顔を見合わせた後、野次馬根性で慌てて店の外に出てみる。すると、店の前にある大通りのずーっと先から、砂煙を上げながら何かが近づいてくるのが見えてきた。








〈アンゼリカの独り言〉
本当は敬いなさいじゃなくて、崇めなさいにしようかと思ってたの。でも、冒険者って特に世界樹信仰が強いでしょ? だから、エースを神格化するのは厳しいかなと思ったのよ。それにエースって、神っていうよりも妹的な感じなのよね。守ってあげたくなるというか。本人は気づいていないみたいだけれど、女の子の格好したら絶対にモテると思う。クレソンなんて、ころっと落ちるんじゃないかしら。もちろん、たかってくる余計な虫は、私の剣の錆にしてさしあげるつもりよ?

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