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42けしからん※

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★今回はジギタリス視点のお話です。彼は第一騎士団の副団長で、宰相の取り巻きの一人です。


 あぁ、情けない。自分の不甲斐なさにも頭痛がする。こう何もかもが上手くいかなくなったのも、エースという騎士が入ってきてからだ。

 私が所属する第一騎士団は、王族の警護が仕事だ。しかし、守るべき王族が現在三人しかいない。内一人はもちろん王だ。しかしあれで本当に王と呼んで良いものだろうか。王妃が疾走して以来、ほとんど廃人になっている。最近はようやく目に光が戻ってきたかと思えば、イゴという名の盤上遊戯ばかりしているというではないか。血筋が尊いだけでその座に座り続けられるなんて、許されるわけがない。

 そんな腑抜けにも関わらず、我が第一騎士団のマジョラム団長は、相変わらず王の元へ通っては甲斐甲斐しく世話をしているらしい。あれでは騎士ではなく、侍従と同じかそれ以下だ。マジョラム団長は、王妃がいなくなる前から王と信頼関係を築いていた。その頃から気に入らなかったのだ。明らかに私の方が優れているというのに、なぜ団長はあの男なのだろうか。剣の腕は互角かもしれない。しかし、緻密な計略、貴族達との駆け引きは明らかに私の方が上手だ。なのに、王は私を全く見ようとしてこなかった。だから私は、私から王を見限ったのだ。

 そうやって燻っている私を拾い上げてくださったのが宰相のトリカブート様だ。彼は、あぁ見えて実力主義なところがある。もちろん、計略上仕方なく要所に凡人を置くこともあれば、袖の下をうまく使って必要なことをスムーズに進めるべく便宜を図ることもあるようだが、基本的にはよく人を見る目があるお方だ。今の私は、そんなお方を主と見定めている。

 トリカブート様は、とても立派なお方だ。通常、王ではないというだけで、その発言力は低くなってしまうが、様々な実績で部下の文官達の信頼を勝ち得てきた。辺境の村が飢饉の際も国庫を開け放ち救済し、隣国がきな臭くなった時も、さりげなく他国と有利な条件で協定を結び、戦争を回避して難局を乗り切った。地方の都市に権力が分散していたのを中央に戻し、きちんと税収があがるように仕組みを見直したのも彼だ。

 しかし宰相は文官の最高職であり、やはり武官のことは目が届きにくい。そこで私がトリカブート様の目となり腕となって、数々の邪魔者を排除したり、制裁を加える役に徹してきた。これは真っ当な正義であり、私はトリカブート様のために働けることを誇りに思っている。

 とにかくトリカブート様は、王よりも王の仕事をしているのだ。奥様とは随分前に死別され、さらにはご息女まで魔物に襲われて亡くしているというのに、仕事に打ち込んで気丈に振る舞う姿は痛々しくもある。こんなお方は、そろそろ本当の意味で日の目を見てもいいのでないだろうか。
 つまり、トリカブート様こそが王に相応しいのではないだろうか。

 ハーヴィー王家は、血筋が大切にされている。数百年に一度、世界樹の管理人と呼ばれる幻の役目を負った者が生まれ落ちるためだ。しかしこれは、ハーヴィー王家が自らの血筋や権力を保つために作り上げた都合の良すぎる伝説なのではないか、と私は踏んでいる。何しろ、数百年も前の記録などほとんど残っていないので、真偽の程は誰にも分からないのだ。

 ならば、そんな曖昧な伝承に惑わされる必要はない。今、目の前で起きている問題をどれだけ的確に解決し、国民を率いていくことができるか。それこそが重要なわけであり、その旗印になれるのはトリカブート様以外にありえないのだ。

 実は、私と同じ考えを持っている者は多くいる。貴族の多くは、既に時代はトリカブート様を選んでいると見て動いている。だが建前上、王に忠誠を誓う形で現在の爵位が保証されているので、表立って反王を唱えることができないだけだ。

 後は、王家を葬るだけ。なのにトリカブート様はなかなか動こうとなさらない。確かに下手に動けば、国民から叛逆者扱いされてその後の政治に影響が出るだろう。だが、王の老衰を待っているのでは遅すぎる。

 王子は王家から退けることに成功したが、姫がまだ王族として健在なのもいただけない。宰相からすれば、彼女は娘のようなものなのだろう。確か、生きていれば同い年だったはずだ。しかし、あれは所詮無能者の娘。さっさと世界樹へ送り出すなり、首を落とすなりすればいいものを。こういうところは、トリカブート様の甘さだと思う。だからこそ、私が支えてさしあげなければならないのだ。

 いつものように宰相室に行くと、トリカブート様はお一人だった。

「お呼びですか?」

 トリカブート様は書類の山から顔を上げた。クマができていて、酷いやつれようだ。王女生誕の式典で日夜王城内を駆けずり回り、今は後処理に忙しいのだろう。

「お前、れいの書類の控えはどこにあるか知らないか?」

 おそらく、黒の魔術に関する研究資料のことだ。彼自身も、王になることを真面目に考えている。ハーヴィー王家は生まれながらに金の魔術を使えるが、これに対抗できる魔術は現在見つかっていない。そこで、王自身を魔物に変えて討伐する形をとり、王座を手に入れようとなさっているのだ。

 私ならば、そんな回りくどいことをせず、夜中に寝所に忍び込んで首を落とす。しかし、どうしても物理的な殺しは証拠が残りやすいので駄目だとおっしゃるため、決行させてもらえないのだ。

「確か、アルカネットの部屋にあるかと思いますが。いかがなされましたか?」
「盗まれた」

 それだけで分かってしまった。この部屋には、トリカブート様がお認めになった者しか入ることができない。その中には、勝手にトリカブート様の机や本棚を漁るような愚か者は存在しない。が、一人だけ例外に思い当たった。

 エースだ。

 あいつならば、やりかねない。何せ、親王を掲げる第八騎士団第六部隊所属。しかも、元王子のクレソンと仲が良い。

 そうなると、他にも辻褄が合ってくる。
 先日トリカブート様のお屋敷で起こった事件では、なぜか息子のコリアンダーが黒の魔術について知っているような口をきいていたのだ。きっと、エースが持ち帰った資料から見知ったことなのだろう。

「おそらく、エースでしょう」

 名前を口にするのも忌々しい。盗みをするなんて、同じ騎士としても許せないことである。

「そうだな」

 トリカブート様は特に気に留めた様子もなく、書類を眺めながら返事をなさった。なぜだ。もっとお怒りになって良いはずなのに。それならば、私が直々に手を下そうか。

「ジギタリス、エースはまだ泳がせておけ」

 気持ちを読まれてしまったようだ。しかし、その理由が分からない。トリカブート様は、机の上のカップを手にとって飲もうとした。けれど中が空になっていることに気づいたらしく、そのままカップをソーサーに戻す。カチャリと虚しい音が鳴った。

「あいつの作る飯は上手い。ローズマリー様のお気に入りでもあるしな」

 トリカブート様は珍しくふっと笑ってみせると、再び手元の書類に視線を落とした。この後、私がすべきことは、アルカネットと接触して黒の魔術の書類の写しをここへ運んでくることだ。だが、思うように体が動かない。

 これは、失望故なのだろうか。

 トリカブート様までエースとやらに取り込まれてしまうとは。やはり、あの少年は危険だ。こうなったら、秘密裏に消してしまうしかない。トリカブート様の流儀に従うならば、間接的に追い詰めて、少なくとも城からは出ていってもらおう。そして二度と戻ってこないようにさせなければ。
 私は無言で敬礼すると、宰相室を後にした。

 アルカネットの元へ向かうのは後にする。先に行かねばならない所がある。

 やはり、盗みという罪を冒した者には罰を与えねばならないだろう。となると、専門家に協力を仰ぐと効率が良い。私は第二騎士団の駐在所へ向かった。

 シフトの表を確認すると、運良く目当ての男は非番だった。私は以前からエースのことを敵視している、糸目が特徴の男の部屋を訪れることにした。うまくいけば、既にエースの弱みを調べ上げているかもしれない。それでなくとも、きっと鮮やかな手腕で結果を出してくれるはずだ。あの男は物静かで一見何を考えているのか分からないところがあるが、こういう仕事には長けているのだ。

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