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56目覚めちゃった
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今、一番危険に晒されているのはクレソンさんだ。本当は、彼を私の結界で包み込んで、全ての悪から守り抜きたい。でもそんな手出しをしては、ここまで勝ち上がってきたクレソンさんの頑張りを否定してしまうことになる。
苦渋の決断。
私は両手を空に突き上げた。
「黒の魔術なんて許さない!」
大丈夫。クレソンさんならば、ちゃんと乗り切れる。私は、私がやるべきことをやろう。
『第十三制限装置、解除』
私の手からは白い光の柱が立ち上った。その光が届く一帯の空気が、白の魔術に反応してキラキラと光り始める。空間が悪しき物を拒絶するように揺らめいて、煌いて、全てを浄化していくのだ。
明らかに、多くの高貴な人々を含む観客席にまで影響を及ぼそうとしていた黒の魔術。これを根こそぎ除去しようとすることは、試合に横槍を入れることとは関係ないでしょ? あくまでも自己防衛だって言い張ってやる!
その時、ラムズイヤーさんが急に焦った声を出した。
「エース! お前、クレソン様には手出しをしないって!」
ラムズイヤーさんの視線の向こうにあるのは、闘技場のフィールド。私もそちらを見てみると、その光景に安堵感と誇らしさでいっぱいになってしまった。
「私はフィールドに向かって魔術は使っていません。クレソンさんは、ある特殊な魔道具を使っているんです」
さすが、クレソンさんだ。こういう緊急事態でも、冷静に持っているカードを駆使して戦ってくれるなんて。
クレソンさんは、短刀の刃をソレルさんの方へ突きつけていた。刃は白い光を放ち、バリアを張るようにしてクレソンさんを守りつつ、黒い霧を少しずつ中和しようとしている。実はあの国宝の短刀、私が昨日クレソンさんにお願いして白魔術をかけさせてもらったのだ。
白魔術は、単に結界を作ったり、治癒の効果をもたらしたりするだけではない。古から悪に対抗する手段として、聖なる魔術とされていたと、ミントさんからもらった魔術書には書かれている。遅ればせながらそれを知った私は、オリハルコンの刃なんて白魔術が無くても強いのは分かっていながら、気休めとして白い魔術を重ねがけしていたのだ。
「ラムズイヤーさん、魔術を直接的に使うのは禁止されていますが、魔道具としての武器の使用は認められています。今、クレソンさんは私の手によって魔道具化してしまった短剣を使っているにすぎません」
「お前、やることがメチャクチャだな」
私だって、こんな形で役に立つなんて思ってもみなかった。
クレソンさんは、黒魔術が作り出す煙の風圧に負けないように、足をしっかりと踏ん張り続けている。対するソレルさんは、自らの剣から放出される黒魔術に侵されながらも、鬼の形相でクレソンさんを睨み続けていた。
「後は、魔道具対決です」
「どちらの魔道具が強いのか、それが勝負の分かれ目か。エース、自信はあるんだろうな?」
「もちろん。たぶん魔術も魔道具も、術者の気持ちの強さが鍵なんです。私、クレソンさんのことが好きな気持ちは誰にも負けません!」
「俺もだ」
それから数十秒後。ふっと黒く霧がかって霞んでいた闘技場のフィールドが白み始めてきた。ドサリと何かが地面に倒れる音。そして見えてきたのは、短刀を空へ突き上げて立つ、一人の男性。
「クレソンさん!」
闘技場北側の壇上から、赤い火花とピストルみたいな音が上がった。
「勝者、クレソン!」
◇
ラムズイヤーさんの適確な指示と私の結界が功を成して、幸い黒魔術による死傷者は発生しなかった。けれど、フィールド内に転がっていた前の試合に出ていた騎士の武具や、虫や鳥などは強い酸性の液体をかけられたかのような無惨さで見つかり、地面も薄黒く濁った色に変わり果てていた。
私は、クレソンさんと勝利の喜びや無事に観客を守れたことへの安堵をゆっくりと分かち合う暇も無い。決勝戦の途中から闘技場に来ていたというオレガノ隊長と合流し、彼の指示で周囲の浄化にあたる。観客達もやっと落ち着きを取り戻し、ようやく表彰式の準備が整ったのはもう夕暮れ近くになっていた。そして、いつの間にかソレルさんが消えていたことに、誰も気がつかなかったのだ。
◇
「優勝、クレソン!」
第一騎士団の団長さんが大きな声を張り上げる。ふと見ると、あの憎きジギタリスの姿も壇上付近に見えた。本来ならば、反王派が勝利を収めて、ここでその勢力の大きさや強さを見せつける予定だったのだろう。ジギタリス副団長はいつも以上に機嫌が悪そうに見える。
その微妙な雰囲気をコロっと変えてしまったのは、新たなゲストの登場だった。マリ姫様である。
マリ姫様は、目も覚めるような真っ赤なドレスを纒っていた。お化粧も、以前のような少女めいたものではなく、大人っぽくなっている。髪も結い上げられていて、すっかりこの世界の成人の装いだ。
「クレソン、前へ」
クレソンさんは、マリ姫様のお側に歩み寄って跪いた。
「お兄様」
マリ姫様の可憐な声が闘技場内に広がっていく。誕生祝いの式典の時と同じく、拡声の魔道具を使っているらしい。
「私は、お兄様が優勝なさったことを誇りに思いますし、心から嬉しく存じます。これからも精進して、どうか姫、の、を守ってくださいませ」
え、今の、もしかして?!
マリ姫様の視線が、突然壇の下の方にいる私へ向けられる。俯いてお言葉をいただいているクレソンさんの横顔も一瞬ニヤリとした。私達三人だけに分かる暗号。ひめの。
「はっ! 必ずやお守りいたします」
クレソンさんが、すっごく良い声で返事した。たぶん、他の皆はマリ姫様をお守りするという意味だと思いこんでるんだろうな。私は、ほっぺの火照りを押さえるのに必死だよ。ラムズイヤーさんは、何でお前が照れてんの?って顔してるけど、無視しとこう。
マリ姫様は、運ばれてきた鳥籠みたいな物を侍女さんから受け取った。そして再びクレソンさんに向きなおる。
「勝者には、栄誉と青薔薇を」
マリ姫様が、鳥籠を覆っていた布を取り払う。すると、そこに現れたのは金箔を纏ったかのようにキラキラした真っ青な薔薇。空よりも澄んでいて、海よりも深い色。
クレソンさんは、差し出された鳥籠の中に手を入れて、青薔薇をその手に取った。その瞬間、クレソンさん自身が金色に光り始める。私の真後ろに立っていたオレガノ隊長が、ボソリと呟いた。
「ついに、目覚めたか」
壇上にいるクレソンさんは、その薔薇を騎士服の胸のポケットに差入れた。薔薇はハンカチーフのように彼とその場を彩っている。クレソンさんを覆う金色はますます濃くなったような気がした。私はいつも以上に彼から目を離すことができない。クレソンさんの存在、勝者としての堂々とした佇まいが、あまりにも稀有で美しいというのもある。それ以上に、平伏したくなるような畏れも抱いてしまう。この覇者たる風格に名前をつけるならば、それはきっと――。
「エース、改めてクレソンに忠誠を誓おう。クレソンは今、金の魔術を開花させた」
ラムズイヤーさんに促されて、私はその場に座り込み、頭を垂れる。もう、それしかすることができなくなる。何ということだ。気づけば、ほぼ全ての騎士が、私と同じようにクレソンさんへ敬意を表したような面持ちになり、跪いているではないか。それには、驚くべきことにジギタリスまで含まれている。
これは、王の器を示す圧倒的な力。その名も王氣。
これは、決して窮屈だったり、ビクビクしてしまうようなものではない。ただひたすらに、お日様みたいに温かくて、クレソンが限りなく尊い存在だということが心の奥底から理解できてしまう。
クレソンさんが宰相の差し金で王籍を追われて五年。誰もが出来損ない王子として見向きもしてこなかった男が今、他の誰もが取って代わることのできない、世にも高貴な人物であることを知らしめた。
そうだよ。クレソンさんは、王家の直系男子。生まれながらに光を携えた、選ばれし人物。次なる王は、この方しかありえない。影でコソコソと悪に手を染めるような宰相なんて、比較にもならないのだ。そのことが、ほぼ全ての騎士の魂にしっかりと刻みこまれたような気がした。
苦渋の決断。
私は両手を空に突き上げた。
「黒の魔術なんて許さない!」
大丈夫。クレソンさんならば、ちゃんと乗り切れる。私は、私がやるべきことをやろう。
『第十三制限装置、解除』
私の手からは白い光の柱が立ち上った。その光が届く一帯の空気が、白の魔術に反応してキラキラと光り始める。空間が悪しき物を拒絶するように揺らめいて、煌いて、全てを浄化していくのだ。
明らかに、多くの高貴な人々を含む観客席にまで影響を及ぼそうとしていた黒の魔術。これを根こそぎ除去しようとすることは、試合に横槍を入れることとは関係ないでしょ? あくまでも自己防衛だって言い張ってやる!
その時、ラムズイヤーさんが急に焦った声を出した。
「エース! お前、クレソン様には手出しをしないって!」
ラムズイヤーさんの視線の向こうにあるのは、闘技場のフィールド。私もそちらを見てみると、その光景に安堵感と誇らしさでいっぱいになってしまった。
「私はフィールドに向かって魔術は使っていません。クレソンさんは、ある特殊な魔道具を使っているんです」
さすが、クレソンさんだ。こういう緊急事態でも、冷静に持っているカードを駆使して戦ってくれるなんて。
クレソンさんは、短刀の刃をソレルさんの方へ突きつけていた。刃は白い光を放ち、バリアを張るようにしてクレソンさんを守りつつ、黒い霧を少しずつ中和しようとしている。実はあの国宝の短刀、私が昨日クレソンさんにお願いして白魔術をかけさせてもらったのだ。
白魔術は、単に結界を作ったり、治癒の効果をもたらしたりするだけではない。古から悪に対抗する手段として、聖なる魔術とされていたと、ミントさんからもらった魔術書には書かれている。遅ればせながらそれを知った私は、オリハルコンの刃なんて白魔術が無くても強いのは分かっていながら、気休めとして白い魔術を重ねがけしていたのだ。
「ラムズイヤーさん、魔術を直接的に使うのは禁止されていますが、魔道具としての武器の使用は認められています。今、クレソンさんは私の手によって魔道具化してしまった短剣を使っているにすぎません」
「お前、やることがメチャクチャだな」
私だって、こんな形で役に立つなんて思ってもみなかった。
クレソンさんは、黒魔術が作り出す煙の風圧に負けないように、足をしっかりと踏ん張り続けている。対するソレルさんは、自らの剣から放出される黒魔術に侵されながらも、鬼の形相でクレソンさんを睨み続けていた。
「後は、魔道具対決です」
「どちらの魔道具が強いのか、それが勝負の分かれ目か。エース、自信はあるんだろうな?」
「もちろん。たぶん魔術も魔道具も、術者の気持ちの強さが鍵なんです。私、クレソンさんのことが好きな気持ちは誰にも負けません!」
「俺もだ」
それから数十秒後。ふっと黒く霧がかって霞んでいた闘技場のフィールドが白み始めてきた。ドサリと何かが地面に倒れる音。そして見えてきたのは、短刀を空へ突き上げて立つ、一人の男性。
「クレソンさん!」
闘技場北側の壇上から、赤い火花とピストルみたいな音が上がった。
「勝者、クレソン!」
◇
ラムズイヤーさんの適確な指示と私の結界が功を成して、幸い黒魔術による死傷者は発生しなかった。けれど、フィールド内に転がっていた前の試合に出ていた騎士の武具や、虫や鳥などは強い酸性の液体をかけられたかのような無惨さで見つかり、地面も薄黒く濁った色に変わり果てていた。
私は、クレソンさんと勝利の喜びや無事に観客を守れたことへの安堵をゆっくりと分かち合う暇も無い。決勝戦の途中から闘技場に来ていたというオレガノ隊長と合流し、彼の指示で周囲の浄化にあたる。観客達もやっと落ち着きを取り戻し、ようやく表彰式の準備が整ったのはもう夕暮れ近くになっていた。そして、いつの間にかソレルさんが消えていたことに、誰も気がつかなかったのだ。
◇
「優勝、クレソン!」
第一騎士団の団長さんが大きな声を張り上げる。ふと見ると、あの憎きジギタリスの姿も壇上付近に見えた。本来ならば、反王派が勝利を収めて、ここでその勢力の大きさや強さを見せつける予定だったのだろう。ジギタリス副団長はいつも以上に機嫌が悪そうに見える。
その微妙な雰囲気をコロっと変えてしまったのは、新たなゲストの登場だった。マリ姫様である。
マリ姫様は、目も覚めるような真っ赤なドレスを纒っていた。お化粧も、以前のような少女めいたものではなく、大人っぽくなっている。髪も結い上げられていて、すっかりこの世界の成人の装いだ。
「クレソン、前へ」
クレソンさんは、マリ姫様のお側に歩み寄って跪いた。
「お兄様」
マリ姫様の可憐な声が闘技場内に広がっていく。誕生祝いの式典の時と同じく、拡声の魔道具を使っているらしい。
「私は、お兄様が優勝なさったことを誇りに思いますし、心から嬉しく存じます。これからも精進して、どうか姫、の、を守ってくださいませ」
え、今の、もしかして?!
マリ姫様の視線が、突然壇の下の方にいる私へ向けられる。俯いてお言葉をいただいているクレソンさんの横顔も一瞬ニヤリとした。私達三人だけに分かる暗号。ひめの。
「はっ! 必ずやお守りいたします」
クレソンさんが、すっごく良い声で返事した。たぶん、他の皆はマリ姫様をお守りするという意味だと思いこんでるんだろうな。私は、ほっぺの火照りを押さえるのに必死だよ。ラムズイヤーさんは、何でお前が照れてんの?って顔してるけど、無視しとこう。
マリ姫様は、運ばれてきた鳥籠みたいな物を侍女さんから受け取った。そして再びクレソンさんに向きなおる。
「勝者には、栄誉と青薔薇を」
マリ姫様が、鳥籠を覆っていた布を取り払う。すると、そこに現れたのは金箔を纏ったかのようにキラキラした真っ青な薔薇。空よりも澄んでいて、海よりも深い色。
クレソンさんは、差し出された鳥籠の中に手を入れて、青薔薇をその手に取った。その瞬間、クレソンさん自身が金色に光り始める。私の真後ろに立っていたオレガノ隊長が、ボソリと呟いた。
「ついに、目覚めたか」
壇上にいるクレソンさんは、その薔薇を騎士服の胸のポケットに差入れた。薔薇はハンカチーフのように彼とその場を彩っている。クレソンさんを覆う金色はますます濃くなったような気がした。私はいつも以上に彼から目を離すことができない。クレソンさんの存在、勝者としての堂々とした佇まいが、あまりにも稀有で美しいというのもある。それ以上に、平伏したくなるような畏れも抱いてしまう。この覇者たる風格に名前をつけるならば、それはきっと――。
「エース、改めてクレソンに忠誠を誓おう。クレソンは今、金の魔術を開花させた」
ラムズイヤーさんに促されて、私はその場に座り込み、頭を垂れる。もう、それしかすることができなくなる。何ということだ。気づけば、ほぼ全ての騎士が、私と同じようにクレソンさんへ敬意を表したような面持ちになり、跪いているではないか。それには、驚くべきことにジギタリスまで含まれている。
これは、王の器を示す圧倒的な力。その名も王氣。
これは、決して窮屈だったり、ビクビクしてしまうようなものではない。ただひたすらに、お日様みたいに温かくて、クレソンが限りなく尊い存在だということが心の奥底から理解できてしまう。
クレソンさんが宰相の差し金で王籍を追われて五年。誰もが出来損ない王子として見向きもしてこなかった男が今、他の誰もが取って代わることのできない、世にも高貴な人物であることを知らしめた。
そうだよ。クレソンさんは、王家の直系男子。生まれながらに光を携えた、選ばれし人物。次なる王は、この方しかありえない。影でコソコソと悪に手を染めるような宰相なんて、比較にもならないのだ。そのことが、ほぼ全ての騎士の魂にしっかりと刻みこまれたような気がした。
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