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2・恋文のつもり
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「カプチーノ、作戦会議よ!」
私はお兄様のお部屋から自分の部屋に戻ると、赤みがかった茶色の長い髪を一纏めにして、頭の高い位置で結い上げました。まるで庶民の女のようだとお母様には不評ですが、こういう真剣な考え事の際にはうってつけです。
「お嬢様、お茶の準備ができました」
「あら、そんな気を遣わなくてもいいのよ」
「そうは申しましても私はお嬢様の侍女にございます」
今日も漆黒のメイド服をきちんと着込んだカプチーノは、恭しく一礼。そして、さも当然という風に私の向かいの席へ腰を下ろしました。ミルクティーのような薄茶の髪を揺らしながら、厨房が私のために用意したお菓子の数々を物欲しそうに見つめています。ちなみに、本来侍女とはこんなことを致しません。壁際で黙って控えているものなのです。
「それで、本当にこれはお茶なの? いつもにも増して酷い色をしているわ」
私は突っ込むべきかどうか迷った末、念のためカプチーノに確認しました。目の前のテーブルには華奢で豪奢なティーカップ。ただ、その水面が異様に黒いのです。
「酷いのはお嬢様ですわ! 私が真心と餡子を込めてお入れしたお茶をそのようにおっしゃるだなんて!」
餡子ですって?! 確か、最近貴族階級で流行っている甘味です。しばらく前にお母様から勧められて試してみましたが、私は甘すぎて苦手。苦い珈琲と一緒にお口に流し込んでも、その独特の風味はなかなか消えない程に強烈です。
「カプチーノ。『普通のお茶』を入れなさい。さもないと……」
私はちらりとテーブルのケーキスタンドに並ぶマカロンやケーキ、シュークリームの数々に目をやりました。カプチーノはこれで自らの所業の拙さに気がついた様子。「私の分まで食べないでくださいね!」という叫び声を残して、部屋を出ていってしまいました。どこかおかしいと思うのは私だけでしょうか。
さて、カプチーノは全く役に立たないようです。やはり自分で動くのが一番なのでしょう。早速私は、文机の引き出しから羽ペンを取り出しました。羊皮紙を広げて姿勢を正します。
これから書くのは一応恋文というものになりますでしょうか。本当はお兄様宛にしたためたいところ。ですが、お兄様はお忙しいので、私の恋文などで勉学や執務のお邪魔をしてはいけません。ここは我慢。ですから、これから書くお手紙は二番目にお慕いしている方へお届けすることにいたしましょう。きっと親身に相談にのってくださるはずです。
私は羽ペンにインクをつけると、さらさらと文字を書き連ねていきました。
『私のもう一人のお兄様、麗しのラメーン様へ
気の利いた季節のご挨拶でも申し上げたいところなのですが、今回も緊急事態につき割愛させていただきます。
お兄様、私にお力をおかしくださいませ。
犯しくださいませでもなく、お菓子くださいませでもありません。お貸し下さいませ。
実は、我が愛しのカカオお兄様にあのマーガリン公爵令嬢との婚約話が浮上しておりますの。お相手が公爵令嬢ともなれば、力づくでお兄様が奪われてしまうかもしれません。それだけは避けたいのです。
この王都の治安を守る最強の盾、王国騎士団の副団長であらせられるラメーン様でしたら、きっとカカオお兄様にお似合いの殿方をたくさんご存知のはず。私は、お兄様を『その辺の女』にくれてやる気はさらさらありません。カカオお兄様がよろけても、さっとさりげなくエスコートできるような殿方が良いのです。
お忙しいこととは存じますが、できるだけ早めに見繕ってくださいませ。もちろんラメーン様に絞り込んでいただいた候補の方々は私が厳しく面接し、その後はお兄様と既成事実を作っていただく計画にございます。どうか、ご協力をお願いいたしますわ。
ティラミスより』
よし、書けました。至るところにカカオお兄様とラメーン様に対する私の愛が溢れております。完璧ですわ!
ラメーン様がどんな方をご紹介してくれるのか、今から楽しみでなりません。できれば美形を希望いたします。私、むさくるしい男二人を並べるのは趣味ではありませんから。やはりカカオお兄様のようなお美しい方とお似合いになるのは、例えばラメーン様のように背が高くて常に薔薇を背負っているかのような華やかさがあり、卓越した剣技を持っていて、魔力も豊かな方が良いでしょう。あぁ、そんな二人が並んでいるところを早く見たい。だって、目の保養になりますでしょ?
私は戻ってきたカプチーノに命じてラメーン様のお屋敷にお手紙を届けさせることにしました。次は、妹のココアとさらなる下準備を進めることにいたしましょう。
実は私、ティラミスは三人兄弟の真ん中なのです。今年で十六歳になりました。カカオお兄様とは四歳差、ココアとは二歳差です。この中で最もちゃっかりしているのはココア。きっと彼女であれば、私の理想のシチュエーションを作る手立てを共に考えてくれることでしょう。
ただし、代償が要りますが。
私はお兄様のお部屋から自分の部屋に戻ると、赤みがかった茶色の長い髪を一纏めにして、頭の高い位置で結い上げました。まるで庶民の女のようだとお母様には不評ですが、こういう真剣な考え事の際にはうってつけです。
「お嬢様、お茶の準備ができました」
「あら、そんな気を遣わなくてもいいのよ」
「そうは申しましても私はお嬢様の侍女にございます」
今日も漆黒のメイド服をきちんと着込んだカプチーノは、恭しく一礼。そして、さも当然という風に私の向かいの席へ腰を下ろしました。ミルクティーのような薄茶の髪を揺らしながら、厨房が私のために用意したお菓子の数々を物欲しそうに見つめています。ちなみに、本来侍女とはこんなことを致しません。壁際で黙って控えているものなのです。
「それで、本当にこれはお茶なの? いつもにも増して酷い色をしているわ」
私は突っ込むべきかどうか迷った末、念のためカプチーノに確認しました。目の前のテーブルには華奢で豪奢なティーカップ。ただ、その水面が異様に黒いのです。
「酷いのはお嬢様ですわ! 私が真心と餡子を込めてお入れしたお茶をそのようにおっしゃるだなんて!」
餡子ですって?! 確か、最近貴族階級で流行っている甘味です。しばらく前にお母様から勧められて試してみましたが、私は甘すぎて苦手。苦い珈琲と一緒にお口に流し込んでも、その独特の風味はなかなか消えない程に強烈です。
「カプチーノ。『普通のお茶』を入れなさい。さもないと……」
私はちらりとテーブルのケーキスタンドに並ぶマカロンやケーキ、シュークリームの数々に目をやりました。カプチーノはこれで自らの所業の拙さに気がついた様子。「私の分まで食べないでくださいね!」という叫び声を残して、部屋を出ていってしまいました。どこかおかしいと思うのは私だけでしょうか。
さて、カプチーノは全く役に立たないようです。やはり自分で動くのが一番なのでしょう。早速私は、文机の引き出しから羽ペンを取り出しました。羊皮紙を広げて姿勢を正します。
これから書くのは一応恋文というものになりますでしょうか。本当はお兄様宛にしたためたいところ。ですが、お兄様はお忙しいので、私の恋文などで勉学や執務のお邪魔をしてはいけません。ここは我慢。ですから、これから書くお手紙は二番目にお慕いしている方へお届けすることにいたしましょう。きっと親身に相談にのってくださるはずです。
私は羽ペンにインクをつけると、さらさらと文字を書き連ねていきました。
『私のもう一人のお兄様、麗しのラメーン様へ
気の利いた季節のご挨拶でも申し上げたいところなのですが、今回も緊急事態につき割愛させていただきます。
お兄様、私にお力をおかしくださいませ。
犯しくださいませでもなく、お菓子くださいませでもありません。お貸し下さいませ。
実は、我が愛しのカカオお兄様にあのマーガリン公爵令嬢との婚約話が浮上しておりますの。お相手が公爵令嬢ともなれば、力づくでお兄様が奪われてしまうかもしれません。それだけは避けたいのです。
この王都の治安を守る最強の盾、王国騎士団の副団長であらせられるラメーン様でしたら、きっとカカオお兄様にお似合いの殿方をたくさんご存知のはず。私は、お兄様を『その辺の女』にくれてやる気はさらさらありません。カカオお兄様がよろけても、さっとさりげなくエスコートできるような殿方が良いのです。
お忙しいこととは存じますが、できるだけ早めに見繕ってくださいませ。もちろんラメーン様に絞り込んでいただいた候補の方々は私が厳しく面接し、その後はお兄様と既成事実を作っていただく計画にございます。どうか、ご協力をお願いいたしますわ。
ティラミスより』
よし、書けました。至るところにカカオお兄様とラメーン様に対する私の愛が溢れております。完璧ですわ!
ラメーン様がどんな方をご紹介してくれるのか、今から楽しみでなりません。できれば美形を希望いたします。私、むさくるしい男二人を並べるのは趣味ではありませんから。やはりカカオお兄様のようなお美しい方とお似合いになるのは、例えばラメーン様のように背が高くて常に薔薇を背負っているかのような華やかさがあり、卓越した剣技を持っていて、魔力も豊かな方が良いでしょう。あぁ、そんな二人が並んでいるところを早く見たい。だって、目の保養になりますでしょ?
私は戻ってきたカプチーノに命じてラメーン様のお屋敷にお手紙を届けさせることにしました。次は、妹のココアとさらなる下準備を進めることにいたしましょう。
実は私、ティラミスは三人兄弟の真ん中なのです。今年で十六歳になりました。カカオお兄様とは四歳差、ココアとは二歳差です。この中で最もちゃっかりしているのはココア。きっと彼女であれば、私の理想のシチュエーションを作る手立てを共に考えてくれることでしょう。
ただし、代償が要りますが。
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