お兄様のためならば、手段を選んでいられません!

山下真響

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8・こじつければ何でも正義

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 ラメーン様を見送った私は、すぐにネグリジェを脱ぎ捨ててカプチーノに借りたメイド服に着替えました。なぜこんな夜中に着替えるのかですって? もちろん、現場へ直行するためです。

「お嬢様!」

 夜の見回りを装って部屋にカプチーノが入ってきました。背後にはココアもいます。ココアはパプリカから借りたメイド服を着込んでいました。

「ティアちゃん、ドキドキするね」

 暗がりにも関わらず、ココアの興奮して上気した笑顔はよく分かります。

「そうね。これでパーフェ家は安泰よ! さて、まずは状況を確認しましょう」

 あの後ラメーン様は、下見や手紙を書くといったことを手際よくこなし、魔力で作った風船のようなものを彼の屋敷方面に向かって飛ばしていました。その後夕飯を済まして私のベッドで読書をなさり、万を辞して姫(お兄様)の元へ向かったのです。

 一方、周辺の状況としましては、お父様は今夜はお城に泊まりでお戻りにならないことが分かっています。お母様は夕飯もとらずに部屋に篭もりきり。「締切が!」という悲痛な声か廊下にこだましていたとのこと。これはパプリカからの証言です。他の使用人もさすがにこんな遅い時間になると皆自室で大人しく休んでいます。つまり、『オールクリアー』なのです。

「完璧ですわね、お姉様」
「そうね、ココア。それでは参りましょう!」

 いざ、突入!







 カカオお兄様のお部屋の扉を開けると、中で控えていたパプリカが転がるようにして出てきました。なんだか顔が火照っていて、瞳を潤ませています。

「パプリカ、首尾のほどは?」
「上々です。早速『本番』が始まっているご様子で、お……音が漏れ聞こえております」

 少し遅れてついてきたカプチーノが部屋に入ったので、扉を閉めて耳を済ましました。確かに。音はお部屋の本棚の後ろの方から聞こえてきます。

「こっちだよぉ」

 ココアが本棚を横にスライドさせました。しかしそこにあったのは何の変哲もない壁。と思いきや、ココアが壁に手を差し込んだではありませんか! まるで水の中に手を入れるかのような動き。

「ここはね、私の魔力で作った擬似壁を置いているだけなのぉ。本当は人が通れるぐらいの穴が空いているんだよっ!」

 私は蝋燭を持っていない方の手をココアに引かれて、恐る恐る壁に近づきます。一瞬目を瞑ってしまいましたが、簡単に通り抜けることができました。いつものドレス姿では無理でしょうが、今の侍女用メイド服ならば余裕の道幅があったのです。

 穴を抜けると、石の天井とレンガの壁で囲まれた狭い空間があり、奥には階段が設けられていました。誰にも知られずこんな秘密基地を作っていたなんて、とても弱冠十四歳の令嬢がなせる技とは思えません。でも、ココアですものね。

 それにしても、この空間では先程よりも大きく音が響いています。その音とは……

「卑猥ですわ。あまりにも美味しすぎます」
「ラメーン様、けっこう責めてますね」
「お兄様の声がエロすぎる」

 私以外の突入隊の面々は、冷静に三者三様のコメントをいたしました。そうなのです。ぶっちゃけますと、明らかにヤってるんです。

「お姉様。でもこれは演技かもしれませんよぉ? やっぱり、今後マーガリン様との攻防を考えると、ちゃんと現場を確認して置いた方が後々良い手札になりますっ。『確かに彼らはヤってました!』って証言する時に真実味が出ると思いますぅ」

 そんなことを言われずとも見てみたい。実は、なけなしの理性が私を『駄目よ!』と引き止めていた状態だったのです。

「ココア……」
「お姉様。お美しいお二人が戯れているお姿、見てみたくはないのですか?」
「ぐふっ」

 令嬢らしからぬ声が漏れてしまいました。ごめんあそばせ! こうも背中を押されて覗かないなんて、それでは女が廃ります。

「そ……そうね。では、ちゃんと覗いて確認しましょう!」
「ティラミスお嬢様、私達もご一緒させていただけませんでしょうか。こんな美味しい機会はそう巡ってくるものではありません。後生ですから……」

 どうせ目撃者は多い方がマーガリン様への切り札になるのです。元より彼女達も連れていくつもりだった私は、少しもったいぶって頷いてみせました。馬鹿侍女達は小さな叫びを上げて喜びを表現しています。

「静かになさい。では行きましょう。これは……必要なことなのだから!」

 何事もこじつければ正義なのです。私はウキウキを隠せない軽やかな足取りで階段を登っていきました。











「んっ……」
「痛い?」
「なんとか大丈夫です」
「しばらくすれば慣れると思うよ」
「んぁあっ!」

 はい。現在、私ティラミスは、顔を真っ赤にして目を爛々とさせている怪しい女に成り下がっております。ココア曰く、お兄様とラメーン様がいらっしゃるこの先のお部屋は、扉を開けると気づかれてしまう可能性が高いとのこと。ですから、壁際のレンガを一つそっと外して、その隙間から中の様子を観察しているのです。

 部屋の中は、とても秘密の隠れ家だとは思えないほどに豪奢な造り。飴色をした曲線のカーブが美しい猫足の調度類が並び、床はもちろん赤のふかふか絨毯。奥にはお約束のようにレースの天蓋付きベッドがドーンっと鎮座していて、その中では人影が揺れています。ふっと甘い香りも漂ってきました。一つしかない蝋燭の灯りに照らされて、部屋の中は時折揺れ動くかのように光の当たり具合が変化し、不思議で濃密な雰囲気が広がっています。

 私が親指を立てて、口パクで「グッジョブ!」を叫ぶと、ココアは「あたぼーよ!」と口パクで応答してくれました。

 この様子だと、カカオお兄様も前々からラメーン様と結ばれることをお望みだったのにちがいありません。とにかく、その声が甘く切なく、聞いていると胸とお腹の奥がキュンっとするのです。

 一方で、私はこれをお膳立てした張本人にも関わらず、この状況が悲しくもありました。なぜなら、これは一つの『終わり』でもあるのですから。叶わぬ夢が本当に叶わないのだと嫌でも思い知らされてしまうのです。ラメーン様は素晴らしいお方。それでも、カカオお兄様を差し上げるのは不本意だと思ってしまう私は、やはり酷い人なのでしょう。かと言って、美しい二人がこのように絆を強めあっているのに、妹如き分際で仲を裂くことなんてできません。

 今夜は二人の門出の日。私は失恋の痛みを胸に抱えつつ、顔を覆った手指の隙間からベッドの方へ目を凝らし続けました。すると、突然ガタンっと音がしたではありませんか。覗き見が見つかってしまったのかもしれません。私を含め闇に潜む四名は全員身体を固くして息を飲みました。

「カカオ、喉が枯れてしまったね。水を取ってこよう」

 ラメーン様がベッドから下りたようです。全裸でした。ほとんどシルエットしか見えませんが、なかなか良いお身体をお持ちのようです。筋肉の付き具合がかなり好みです。

 ラメーン様は、テーブルの上の水差しからカップへ水を注ぎ、天蓋のレースを開きました。


 あれ?

 あれれ?



 開かれたレースの向こうに人が見えます。顔も背格好もカカオお兄様です。


 でも、胸があるのです。







 お兄様は、お姉様でした。


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