お兄様のためならば、手段を選んでいられません!

山下真響

文字の大きさ
23 / 45

22・ギュッとしてチュッ

しおりを挟む
 あれから一週間が経ちました。あの後、ギルド支部の前で頭に大きなたんこぶを作ったワサビ様と遭遇。早速修行の内容を確認したところ、かなり時間がかかりそうなボリュームだったので、『ジューシー』の三名には先にパーフェ領へ向かってもらうことにいたしました。ついつい忘れがちなのですが、彼らも依頼を請け負っている身ですから余計な道草をしている暇は無いのです。それに、私はもうCランク冒険者。モモちゃんもいますから、彼らがいなくとも領へは自力で安全に辿り着けると判断したのでした。

 さて、修行はと言いますと、こんな課題が出たのです。


 ナトー渓谷を掘削して、硬い石を発掘し、それを材料に『見るとありがたい気分になれる石像』を魔力のみで作ること!


 ここで重要なのは『魔力のみ』という部分です。下町の職人が扱っているようなハンマーや槌を使ってはなりません。全て自らの体内から生成した魔力をうまく制御して芸術品を作り上げなければならないのです。

「この絵図の通りに丹精込めて石像を作り、この村の中央広場に据え付けると、必ずや其方は神からの祝福を受けることができるであろう」

 ワサビ様は、神官のように厳かな節回しの言葉を紡ぐと同時に、一枚の羊皮紙を手渡してくださいました。

「ワサビ様、これって……」

 そこに描かれいたのは、モノクロながらも腕の良い絵師による作品と思われる肖像画。エラの張った輪郭や、二つに割れた顎、ホクロの位置、常に存在感を主張している眉間にある三本の縦皺まで本物と寸分違わない精密さです。

 そう。ワサビ様の絵姿でした。

 しかも、ほぼ裸。不思議な形状の下着をつけていて、ファイティングポーズを決めているその眼差しは真剣そのもの。これを笑わずに最後まで描き切った絵師には、パーフェ家から軽く一万チャリンの報奨金を出しても良いでしょう。とにかく、うら若き伯爵令嬢が目にして良いものではありませんでした。私でなければ卒倒していたことでしょう。

 私は引き攣る頬を隠しもせずにワサビ様へ尋ねます。

「これは、あくまで参考資料ですわよね? これの通りに作らなくても……」
「そう恥ずかしがるでない! それはワシが若い頃、旅の芸術家に頼み込んで描いてもらった大切な大切なものだ」

 なるほど。道理で絵姿の頭には毛が生えているわけですね。時の流れを感じます。

「ワシがあまりにカッコよすぎて恐れ多いと思っているのならば遠慮するでない! 才能ある其方ならば、石像を作ることを特別に許そうと思っている!」

 そしてワサビ様は、出来上がったら声をかけるようにと言い残して自分の家に帰ってしまわれたのでした。その後ろ姿を無言で見送った私。ワサビ様の姿が丸い岩の陰に隠れた瞬間、手元の羊皮紙を魔力で散り散りにしてしまったのは、もちろん悪気がありました。



 さて。
 あれから私なりに苦労や苦労、苦労の他に、苦労などを重ねました。元々魔力の制御は大の苦手。でも、これを機会に克服すると決めたのです。お兄様にお借りしたお洋服もココアが大喜びしそうな程汗臭くなり、今はカプチーノから強奪してきたエプロンドレスに着替えています。

 私は額の汗を拭いました。修行が無くともこの土地は王都よりも南にあるため暑い気候なのです。そんな初めて味わう劣悪環境の中でも、本気を出した私に不可能はございません。

「できましたわ!」

 私は、額のあたりに手を翳して少し上を仰ぎ見ます。そこに聳(そび)えていたのは……

「また、大層なものを作っちまったもんだね」

 振り返ると立っていたのはメレンゲ様。盛大にため息をついて、私と同じく空の中程を眺めています。メレンゲ様には、修行中の寝食において大変お世話になっているのです。

「メレンゲ様の絶大なサポートのお陰ですわ。あのエロ師匠の夜這いからも、急所を狙った強烈な体術で私を守ってくださいましたし、本当に頭が上がりません」

 私が改めてお礼を申しますと、メレンゲ様は少しはにかんで踵を返しました。

「爺さんを呼んでこようかね」

 そしてやってきたのは、そのツルピカな頭を守るかのようにしっかりとターバンを巻き付けたワサビ様。私が修行に入って以降、石像の制作過程を見ないために頭に重りを入れて上を見上げたりできないように努めていらっしゃったのです。最近の口癖は「ワシが英雄としてこの地で永遠に崇められる日も近い!」ですが、ごめんなさいね。ご期待には添えませんわ。

「ワサビ様、出来上がりましたわ」
「どうれ、見せてもらおうかの」

 声からしてウキウキしているワサビ様は、ターバンをさっと外しました。そして久方ぶりに空を仰ぎます。

「ぬおおおお?!」

 ワサビ様は、そのままひっくり返ってしまわれました。今回は、別にメレンゲ様からの一撃があったわけではありません。敢えて言うなれば、私の一本勝ちでしょうか。

「ワサビ様、この度は素晴らしい課題を与えてくださいまして、どうもありがとうございました。お陰様で、世界一美しくて優しくて、実は男性ではなかった偉大なる愛しのお兄様、カカオ様像がここに完成いたしましたわ!!」

 高さは、王都にあるパーフェ領の屋敷(三階建て)を二つ重ねたぐらいありまして、我ながら大変見応えのある建造物が出来上がったと思います。ここナトー渓谷の村には高い建物なんてございませんから、このお兄様の石像は今後この村のランドマークとして永遠に人々の心を掴み続けることになるでしょう。

 注目すべきなのは、高さだけではありません。物語に出てくる姫君よりも可憐でたおやかに、それでいて少しだけ瞼を伏せたその面差しは聖母の如く慈愛に満ちています。パリッとした貴族の正装を纏い、脚の脛までもある長いマントを翻し、サラサラの髪が風にそよぐ瞬間を切り取ったこの作品。私がこの一週間、全身全霊を込めて向き合った結果です。

 初めは魔力の制御が上手くいかず、お兄様の首が折れたり、足が千切れたりといったシャレにならないトラブルもございました。ですが、今では指先から古の兵器『レーザービーム』のような形で魔力を照射し、自由自在に石を削ることができるようになったのです。つまり、魔力制御力が格段にアップしたということですわ! これも、お兄様への愛が目の前に立ち塞がる全ての困難を凌駕した故の成果でしょう。

 あぁ、お兄様。
 私は、あなたがお姉様だと知っても尚、この強い憧れを絶つことができません。私ティラミスは、必ずやパーフェ領で一旗あげてお兄様の元へ帰ります。ここに絶対的な味方がいるということをどうか忘れないでくださいませ!

 そう心の中で叫んだ私は、お兄様の石像に向かって走り寄ると、その御御足(おみあし)にギュッとしてチュッとしたのでした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

処理中です...