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22・ギュッとしてチュッ

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 あれから一週間が経ちました。あの後、ギルド支部の前で頭に大きなたんこぶを作ったワサビ様と遭遇。早速修行の内容を確認したところ、かなり時間がかかりそうなボリュームだったので、『ジューシー』の三名には先にパーフェ領へ向かってもらうことにいたしました。ついつい忘れがちなのですが、彼らも依頼を請け負っている身ですから余計な道草をしている暇は無いのです。それに、私はもうCランク冒険者。モモちゃんもいますから、彼らがいなくとも領へは自力で安全に辿り着けると判断したのでした。

 さて、修行はと言いますと、こんな課題が出たのです。


 ナトー渓谷を掘削して、硬い石を発掘し、それを材料に『見るとありがたい気分になれる石像』を魔力のみで作ること!


 ここで重要なのは『魔力のみ』という部分です。下町の職人が扱っているようなハンマーや槌を使ってはなりません。全て自らの体内から生成した魔力をうまく制御して芸術品を作り上げなければならないのです。

「この絵図の通りに丹精込めて石像を作り、この村の中央広場に据え付けると、必ずや其方は神からの祝福を受けることができるであろう」

 ワサビ様は、神官のように厳かな節回しの言葉を紡ぐと同時に、一枚の羊皮紙を手渡してくださいました。

「ワサビ様、これって……」

 そこに描かれいたのは、モノクロながらも腕の良い絵師による作品と思われる肖像画。エラの張った輪郭や、二つに割れた顎、ホクロの位置、常に存在感を主張している眉間にある三本の縦皺まで本物と寸分違わない精密さです。

 そう。ワサビ様の絵姿でした。

 しかも、ほぼ裸。不思議な形状の下着をつけていて、ファイティングポーズを決めているその眼差しは真剣そのもの。これを笑わずに最後まで描き切った絵師には、パーフェ家から軽く一万チャリンの報奨金を出しても良いでしょう。とにかく、うら若き伯爵令嬢が目にして良いものではありませんでした。私でなければ卒倒していたことでしょう。

 私は引き攣る頬を隠しもせずにワサビ様へ尋ねます。

「これは、あくまで参考資料ですわよね? これの通りに作らなくても……」
「そう恥ずかしがるでない! それはワシが若い頃、旅の芸術家に頼み込んで描いてもらった大切な大切なものだ」

 なるほど。道理で絵姿の頭には毛が生えているわけですね。時の流れを感じます。

「ワシがあまりにカッコよすぎて恐れ多いと思っているのならば遠慮するでない! 才能ある其方ならば、石像を作ることを特別に許そうと思っている!」

 そしてワサビ様は、出来上がったら声をかけるようにと言い残して自分の家に帰ってしまわれたのでした。その後ろ姿を無言で見送った私。ワサビ様の姿が丸い岩の陰に隠れた瞬間、手元の羊皮紙を魔力で散り散りにしてしまったのは、もちろん悪気がありました。



 さて。
 あれから私なりに苦労や苦労、苦労の他に、苦労などを重ねました。元々魔力の制御は大の苦手。でも、これを機会に克服すると決めたのです。お兄様にお借りしたお洋服もココアが大喜びしそうな程汗臭くなり、今はカプチーノから強奪してきたエプロンドレスに着替えています。

 私は額の汗を拭いました。修行が無くともこの土地は王都よりも南にあるため暑い気候なのです。そんな初めて味わう劣悪環境の中でも、本気を出した私に不可能はございません。

「できましたわ!」

 私は、額のあたりに手を翳して少し上を仰ぎ見ます。そこに聳(そび)えていたのは……

「また、大層なものを作っちまったもんだね」

 振り返ると立っていたのはメレンゲ様。盛大にため息をついて、私と同じく空の中程を眺めています。メレンゲ様には、修行中の寝食において大変お世話になっているのです。

「メレンゲ様の絶大なサポートのお陰ですわ。あのエロ師匠の夜這いからも、急所を狙った強烈な体術で私を守ってくださいましたし、本当に頭が上がりません」

 私が改めてお礼を申しますと、メレンゲ様は少しはにかんで踵を返しました。

「爺さんを呼んでこようかね」

 そしてやってきたのは、そのツルピカな頭を守るかのようにしっかりとターバンを巻き付けたワサビ様。私が修行に入って以降、石像の制作過程を見ないために頭に重りを入れて上を見上げたりできないように努めていらっしゃったのです。最近の口癖は「ワシが英雄としてこの地で永遠に崇められる日も近い!」ですが、ごめんなさいね。ご期待には添えませんわ。

「ワサビ様、出来上がりましたわ」
「どうれ、見せてもらおうかの」

 声からしてウキウキしているワサビ様は、ターバンをさっと外しました。そして久方ぶりに空を仰ぎます。

「ぬおおおお?!」

 ワサビ様は、そのままひっくり返ってしまわれました。今回は、別にメレンゲ様からの一撃があったわけではありません。敢えて言うなれば、私の一本勝ちでしょうか。

「ワサビ様、この度は素晴らしい課題を与えてくださいまして、どうもありがとうございました。お陰様で、世界一美しくて優しくて、実は男性ではなかった偉大なる愛しのお兄様、カカオ様像がここに完成いたしましたわ!!」

 高さは、王都にあるパーフェ領の屋敷(三階建て)を二つ重ねたぐらいありまして、我ながら大変見応えのある建造物が出来上がったと思います。ここナトー渓谷の村には高い建物なんてございませんから、このお兄様の石像は今後この村のランドマークとして永遠に人々の心を掴み続けることになるでしょう。

 注目すべきなのは、高さだけではありません。物語に出てくる姫君よりも可憐でたおやかに、それでいて少しだけ瞼を伏せたその面差しは聖母の如く慈愛に満ちています。パリッとした貴族の正装を纏い、脚の脛までもある長いマントを翻し、サラサラの髪が風にそよぐ瞬間を切り取ったこの作品。私がこの一週間、全身全霊を込めて向き合った結果です。

 初めは魔力の制御が上手くいかず、お兄様の首が折れたり、足が千切れたりといったシャレにならないトラブルもございました。ですが、今では指先から古の兵器『レーザービーム』のような形で魔力を照射し、自由自在に石を削ることができるようになったのです。つまり、魔力制御力が格段にアップしたということですわ! これも、お兄様への愛が目の前に立ち塞がる全ての困難を凌駕した故の成果でしょう。

 あぁ、お兄様。
 私は、あなたがお姉様だと知っても尚、この強い憧れを絶つことができません。私ティラミスは、必ずやパーフェ領で一旗あげてお兄様の元へ帰ります。ここに絶対的な味方がいるということをどうか忘れないでくださいませ!

 そう心の中で叫んだ私は、お兄様の石像に向かって走り寄ると、その御御足(おみあし)にギュッとしてチュッとしたのでした。

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