お兄様のためならば、手段を選んでいられません!

山下真響

文字の大きさ
33 / 45

29・あなたの下僕

しおりを挟む
 翌朝、カプチーノに手伝ってもらって身支度を済ませ、食堂へと向かおうとした時でした。窓をコツコツと叩く音が聞こえます。白い小鳥がその嘴でノックしていたのでした。もしかしてこれは……でも、まさかね。そんな気持ちで窓辺に歩み寄ってみると、瞬く間に窓が開いて、私は誰かに羽交い締めにされていました。

 キャッ!と叫び声をあげるカプチーノ。その直後、「私、可愛らしい声を出せたかしら?」と明後日の方向の心配さえしていなければ、完璧な乙女でしたとも。

 私は両手を上にあげられて身動きできなくなったのですが、ふっと見にまとわりついた香りに覚えがございました。こういう類の感覚は上手く言い表せないのですが、どこか安心できる空気をまとっているのです。

「ソーバ?」
「当たり!」

 何度となく私のピンチを救い続けてきてくれた彼の臭いは、私の中で安全の象徴であります。

「あ、あなたはこの前の!!」

 ようやくカプチーノが侍女として復帰しました。ビシッと指を指して、ソーバを睨みつけています。そんなことより、この人を私から引き剥がしてくれないかしら? 一応これでも嫁入り前の娘ですのよ?

「あら、カプチーノもソーバと会ったことがあるの?」
「えぇ、しばらく前にちょっと……」

 カプチーノが何やら言い淀んだ理由は気にかかりますが、せっかく本人が自らやってきたのです。私は本題を切り出しました。

「ソーバ、はるばるいらっしゃい! 私のメッセージが石板に届いたのかしら?」

 ソーバはようやく私を自由にします。そこへ、またカプチーノが割り込んできました。

「え?! 庶民なのに石板持ってるんですか?! それ一つだけで、私の好きな本が一億冊ぐらい買える価値があるんですよ!」

 さて、一億冊でも足りないぐらいなのではないでしょうか?これは遺跡から発掘されたもので、今の技術では到底再現できない優れものなのですか。けれど、カプチーノの指摘は最もです。ソーバの存在は騎士団や王城、果てはオクラ王子にまでよく知られたものであり、あちこちに顔が利くようではありますが、羽振りが良すぎるように思われます。こんなもの、一介の庶民が手にできるようなものではありません。

 ソーバは何かを誤魔化すように少し笑ってみせると、上着の内側から数冊の本を取り出してカプチーノへ投げて寄越しました。一瞬チラリと見えた本のタイトルとカプチーノの感極まった表情から、内容は完全に確定です。

「カプチーノさんにあげる。それでも読んで待っててね」
「はい! かしこまりました!」

 カプチーノは、私が聞いたこともないような良い返事をすると、そのまま部屋の隅へ移動して早速読み始めてしまいました。「うへへへ」と夜中には聞きたくないような奇妙な声が漏れ出ています。あなた侍女でしょ。仕事なさいな?

 どうやって一晩で王都からここへやって来れたのかや、なぜあんな本をソーバが持っているのかも気になるところですが、まずは仕切り直しましょう。私は居住まいを整えて一歩ソーバに近寄ります。ソーバも表情を引き締めました。

「賢者の正確な居場所は案外有名なんだ。でも」
「でも?」
「賢者は会う人を選ぶ。だから住処の周辺には罠だらけだし、賢者の『お願い』に応えられなければ会えないと言われているな」

 メレンゲ様の話ぶりでは気さくなオジ様という印象だったのですが、世間一般のイメージは随分と異なるようですね。

「あら、そうなの? でも罠が多いならば、空から近づけばいいだけのことではなくって?」
「ティラミス様は空も飛べるようになったみたいだけど、普通の人間は無理ってことを忘れてない?」

 なるほど。私も旅の後半は全て空の上でしたので、完全に感覚が麻痺しておりました。

「それに、住処に近づけたとしても、会ってもらえるかどうかはまた別の話だし」

 うむむ。やはり相手が変わり者となると、真っ当な伯爵家令嬢であり、か弱い乙女であるこの私には、少々荷が重いかもしれません。

「でも、そういう話があるってことは、実際に会ったことがある人もいるのでしょう? そういった人達にご協力いただくのも一手よね」
「そうだな。オレみたいに面識のある奴が一緒なら、アイツも会ってくれるかもしれない」
「ぅぇええっ?!」

 びっくりしすぎて声がひっくり返ってしまいました。でも、どうせ相手はソーバなので気にしないことにいたしましょう。

「もうっ! 何でそれを早く教えてくださいませんでしたの?! ソーバ、王都の治安維持なんて別の人に押し付けて、私の部下になりなさい!!」
「かしこまりました。喜んであなたの下僕(しもべ)となりましょう」

 ソーバの都合も構わず、はたまた無茶ぶりしてみた私。なのにソーバは王に忠誠を誓う騎士のように私の足元に跪くと、腰に差していた立派すぎる剣をこちらへ掲げて頭を下げたのでした。

 その時、少し離れたところでようやく目を覚ましたモモちゃんが、そんなソーバを見た瞬間泡を吹いて失神したのに気づいたのは数秒後のこと。その正確な理由に気づいたのは、ここから数ヶ月後のこととなります。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

処理中です...