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ジビエ、心のブルース前編
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俺はジビエ。冒険者パーティー『ジューシー』の一員として活躍している……つもりだ。
正直、ティラミスさんが何を考えているのかは俺には分からない。けれど、この緊迫した空気の中で堂々と兄のためだと宣言した彼女が大物であることは間違いない。
賢者レバニラという爺さんは、片方の頬をピクピクと痙攣させていた。おそらく、真剣に言い募るティラミスさんに失礼にならないよう、必死に笑いを噛み殺しているのだろう。俺が見たところ、ティラミスさんがどんな返事をしようと、既に心の中は決まっているんだろうな。
ティラミスさんには、初対面の人間をそうさせるだけの何かがある。現に俺も、その何かにやられて、むしろノックアウトされてKO判定が出ているのに、もっと殴りつけられたいような気持ちに駆られているのだから。
あの日、冒険者ギルド内にいた誰もが一人の男装の麗人に目が釘付けになっていた。すっと背を伸ばして大きな荷物と変わった武器(後に、その中身が只のノコギリだと知った)を背負い、真っ直ぐに受付へと進んでいく。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはこのことか。普段、こういったいかにも新人という者には恒例の洗礼が振る舞われる。所謂、喧嘩早い荒くれ者が腕試しを通して世間の厳しさを懇切丁寧に教えてくれるというものだ。しかしこの日ばかりは、いつものそういったメンツもその凛々しい姿と眩しさに目がやられたらしく、全く食指を動かさない。俺はつい先程前まで飲んでいたエールのアルコールがすっかり吹き飛んで、彼女を見つめ続けた。
ティラミスさんは長い間受付前にいて、その後は依頼の内容が張り出してある掲示板の元へ向かった。この時にはもう、絶対に話しかける気でいた。皆が様子を伺い、ある意味美しすぎるこの少女に怖気ついている今しかチャンスは無いと分かっていたからだ。
理由はどうとでもこじつけられる。俺も新人の頃はよくベテランの冒険者達から役に立つような立たないような微妙なアドバイスを受けたり、時には酒や飯を奢ってもらって様々ないろはを学んだ。Bランクとなった今の俺が、彼女に近づくのは決して悪いことではないはず。そう、これは親切心なのだ。と、いうことにしておいた。
ティラミスさんは、思案顔だった。桜色の頬をぷっと膨らませ、可愛らしい唇を少しだけ前へ突き出し悩ましげな溜め息を吐いている。決して、色気を出すことだけを仕込まれた娼婦のようなオーラではない。そこには高貴な気品がある。いったい何者なのだろう?これが始めの疑問だった。
そこからは、彼女の危なっかしさが俺達の仲を取り持ってくれて、無理やりパーティーに引きずり込むことに成功。でもまさか、こんなお転婆な貴族令嬢だったなんてな。常に予想の斜め上を行くのがティラミスさんだ。
レバニラの爺さんは、わざとらしく咳払いして仕切り直した。
「では質問を変えよう。具体的に魔法を以て、何を成したいのだ?」
ティラミスさんは両手を祈るように重ね合わせると、再び目をキラキラさせた。
「私は将来、身重のお兄様に代わってここパーフェ領の領主になります。そして、私は領民に慕われる庶民派領主になりたいのです! 魔法とは、魔力が無い者でも魔力を制御できる術式だと聞いたことがありますわ。もし復活させることができれば、庶民も生活を便利にしたり、魔物からも上手く身を守れるようになるでしょう。ですから、そんな魔法を広めることができれば、きっと私は皆に慕われるに違いありません!」
と、ここまでの勢いは良かった。ここから後のティラミスさんは、少し目を伏せて、何かを決意するように言葉を紡ぐ。
「私はこれまで、当主となる予定などございませんでしたから、その手の教育は一切受けておりません。それに、国内外を見渡しても女領主というものは数える程しかおりませんわ。そんな中で私がその座に就くとなると、もう想像もつかないほどの困難が待ち受けていることが予想できます。私がそんな危うさを持っていれば、ひいてはパーフェ領の領民を危険に晒すことにもなりかねませんわ。私には、必ず、何か秘策が必要なのです。他の普通の領主や当主には無い、何かアドバンテージがなければ……。レバニラ様、どうぞお力添えをお願い申し上げます」
レバニラ様は少し、いや、かなり驚いた様子だった。どう考えたって、ティラミスさんの発言とは思えないぐらい、まともな話だったのだから。メレンゲ様の事前情報があったら尚の事。でも、ここがティラミスさんの凄いところだ。
レバニラ様から、少し威圧的な雰囲気が和らいだ。
「ティラミス嬢ともあろう身分にあれば、庶民のことなど気にせずとも良いのに」
確かに、普通の貴族令嬢は庶民のことなど無き者同然に扱うのが普通だ。彼女たちの世界は夜会と茶会を中心に回っており、美しいドレスと化粧品、宝石や秘境から仕入れた珍しい物自慢、時々美食で成り立っている。しかし、ティラミスさんはその辺り、普通ではない。あんな出会い方をした俺だから、ここは強調しておきたい。ほら、ティラミスさんもキョトンとした顔をしている。
「なぜですか? 私達貴族は、庶民を守るために特権階級として君臨しているのだと家庭教師から教わりました。それに、庶民の街は面白いですわ。私、よく王都の下町にお忍びで出かけるのですけれど、そこで受ける刺激は大変心地良いものです」
「……なるほどな。おそらくティラミス嬢は、あなたが自覚している以上にお父上であるご当主から強い期待がかかっていると見た」
ティラミスさんは、「それは絶対に無いと思います」とモゴモゴ呟く。それに気づかないレバニラ様は、何かを決めたとばかりに膝をポンッと手で打ち付けながら、立っていた机から石の床へと飛び降りた。
「よし! 分かった。この賢者レバニラは、パーフェ領次期領主ティラミス・フォン・パーフェと魔法復活の研究とその成果の運用について専属契約を取り交わす!」
レバニラ様が石造りの広い室内に響き渡る。フェニックス隊を皮切りに、一斉に拍手が上がった。
と、その時、半開きになっていた部屋の扉から一羽の白い鳥が猛スピードで飛び込んでくる。フェニックス隊の仮の姿の鳥ではなく、また別物。その鳥は急ブレーキをかけるようにして飛行速度を落とすと、ソーバの肩の上へ降り立った。そして、ピヨピヨと鳴いている。ソーバは真剣な顔でそれに耳を傾けているが、まさか意味のない動物の声から何かを読み取ろうなんて馬鹿な真似はしてないよな? と、思っていた時もあった。
「ティラミス、悪い。急用ができた。とりあえずの話はまとまったみたいだし、バベキュ達もいる上、この遺跡ならば安全だろう。また迎えに来てやるから、大人しく研究がんばれよ」
「え? ソーバ?!」
ティラミスさんも突然の展開についていけていないようだ。まぁ、いい。邪魔な庶民には早く退散してもらおう。俺は今初めて、貴族の家を捨てて冒険者になるという選択をした自分を褒めたくなった。捨てたと言っても、貴族という格式は本当に無くなったわけではない。ただ、実家に帰っていないだけだ。だから、オレが本気を出せば、ソーバよりもティラミスさんとは釣り合いがとれる。
そうやって油断していたのがいけなかったのか。ソーバはつかつかとこちらへ歩いてきて、こう言った。
「おい、行くぞ」
「あ?」
「だから、行くぞ」
その後、耳元で囁かれた言葉に、俺は頷くことしかできなかった。
「ティラミスの役に立ちたくないのか?」
なんとなく分かっている。あの白い鳥がソーバの元へやってきたのも、その鳥から何らかの情報を聞き取ったソーバも、そしてその情報がソーバの顔色を変えるほどかなり重要なものであることも、全て真実なのだろう。ソーバは庶民の癖に、貴族である俺よりもティラミスのことを考えて、ティラミスのために動けているということを見せつけられてしまったのだ。
俺は、ポークとケンタッキーの方を振り向くと、二人は少し硬い表情で小さく頷いた。こうして『ジューシー』は、再び女神ティラミスの傍を離れることになる。そして、女神よりも早く、人生最大の驚愕的な体験をすることになるのだった。
正直、ティラミスさんが何を考えているのかは俺には分からない。けれど、この緊迫した空気の中で堂々と兄のためだと宣言した彼女が大物であることは間違いない。
賢者レバニラという爺さんは、片方の頬をピクピクと痙攣させていた。おそらく、真剣に言い募るティラミスさんに失礼にならないよう、必死に笑いを噛み殺しているのだろう。俺が見たところ、ティラミスさんがどんな返事をしようと、既に心の中は決まっているんだろうな。
ティラミスさんには、初対面の人間をそうさせるだけの何かがある。現に俺も、その何かにやられて、むしろノックアウトされてKO判定が出ているのに、もっと殴りつけられたいような気持ちに駆られているのだから。
あの日、冒険者ギルド内にいた誰もが一人の男装の麗人に目が釘付けになっていた。すっと背を伸ばして大きな荷物と変わった武器(後に、その中身が只のノコギリだと知った)を背負い、真っ直ぐに受付へと進んでいく。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはこのことか。普段、こういったいかにも新人という者には恒例の洗礼が振る舞われる。所謂、喧嘩早い荒くれ者が腕試しを通して世間の厳しさを懇切丁寧に教えてくれるというものだ。しかしこの日ばかりは、いつものそういったメンツもその凛々しい姿と眩しさに目がやられたらしく、全く食指を動かさない。俺はつい先程前まで飲んでいたエールのアルコールがすっかり吹き飛んで、彼女を見つめ続けた。
ティラミスさんは長い間受付前にいて、その後は依頼の内容が張り出してある掲示板の元へ向かった。この時にはもう、絶対に話しかける気でいた。皆が様子を伺い、ある意味美しすぎるこの少女に怖気ついている今しかチャンスは無いと分かっていたからだ。
理由はどうとでもこじつけられる。俺も新人の頃はよくベテランの冒険者達から役に立つような立たないような微妙なアドバイスを受けたり、時には酒や飯を奢ってもらって様々ないろはを学んだ。Bランクとなった今の俺が、彼女に近づくのは決して悪いことではないはず。そう、これは親切心なのだ。と、いうことにしておいた。
ティラミスさんは、思案顔だった。桜色の頬をぷっと膨らませ、可愛らしい唇を少しだけ前へ突き出し悩ましげな溜め息を吐いている。決して、色気を出すことだけを仕込まれた娼婦のようなオーラではない。そこには高貴な気品がある。いったい何者なのだろう?これが始めの疑問だった。
そこからは、彼女の危なっかしさが俺達の仲を取り持ってくれて、無理やりパーティーに引きずり込むことに成功。でもまさか、こんなお転婆な貴族令嬢だったなんてな。常に予想の斜め上を行くのがティラミスさんだ。
レバニラの爺さんは、わざとらしく咳払いして仕切り直した。
「では質問を変えよう。具体的に魔法を以て、何を成したいのだ?」
ティラミスさんは両手を祈るように重ね合わせると、再び目をキラキラさせた。
「私は将来、身重のお兄様に代わってここパーフェ領の領主になります。そして、私は領民に慕われる庶民派領主になりたいのです! 魔法とは、魔力が無い者でも魔力を制御できる術式だと聞いたことがありますわ。もし復活させることができれば、庶民も生活を便利にしたり、魔物からも上手く身を守れるようになるでしょう。ですから、そんな魔法を広めることができれば、きっと私は皆に慕われるに違いありません!」
と、ここまでの勢いは良かった。ここから後のティラミスさんは、少し目を伏せて、何かを決意するように言葉を紡ぐ。
「私はこれまで、当主となる予定などございませんでしたから、その手の教育は一切受けておりません。それに、国内外を見渡しても女領主というものは数える程しかおりませんわ。そんな中で私がその座に就くとなると、もう想像もつかないほどの困難が待ち受けていることが予想できます。私がそんな危うさを持っていれば、ひいてはパーフェ領の領民を危険に晒すことにもなりかねませんわ。私には、必ず、何か秘策が必要なのです。他の普通の領主や当主には無い、何かアドバンテージがなければ……。レバニラ様、どうぞお力添えをお願い申し上げます」
レバニラ様は少し、いや、かなり驚いた様子だった。どう考えたって、ティラミスさんの発言とは思えないぐらい、まともな話だったのだから。メレンゲ様の事前情報があったら尚の事。でも、ここがティラミスさんの凄いところだ。
レバニラ様から、少し威圧的な雰囲気が和らいだ。
「ティラミス嬢ともあろう身分にあれば、庶民のことなど気にせずとも良いのに」
確かに、普通の貴族令嬢は庶民のことなど無き者同然に扱うのが普通だ。彼女たちの世界は夜会と茶会を中心に回っており、美しいドレスと化粧品、宝石や秘境から仕入れた珍しい物自慢、時々美食で成り立っている。しかし、ティラミスさんはその辺り、普通ではない。あんな出会い方をした俺だから、ここは強調しておきたい。ほら、ティラミスさんもキョトンとした顔をしている。
「なぜですか? 私達貴族は、庶民を守るために特権階級として君臨しているのだと家庭教師から教わりました。それに、庶民の街は面白いですわ。私、よく王都の下町にお忍びで出かけるのですけれど、そこで受ける刺激は大変心地良いものです」
「……なるほどな。おそらくティラミス嬢は、あなたが自覚している以上にお父上であるご当主から強い期待がかかっていると見た」
ティラミスさんは、「それは絶対に無いと思います」とモゴモゴ呟く。それに気づかないレバニラ様は、何かを決めたとばかりに膝をポンッと手で打ち付けながら、立っていた机から石の床へと飛び降りた。
「よし! 分かった。この賢者レバニラは、パーフェ領次期領主ティラミス・フォン・パーフェと魔法復活の研究とその成果の運用について専属契約を取り交わす!」
レバニラ様が石造りの広い室内に響き渡る。フェニックス隊を皮切りに、一斉に拍手が上がった。
と、その時、半開きになっていた部屋の扉から一羽の白い鳥が猛スピードで飛び込んでくる。フェニックス隊の仮の姿の鳥ではなく、また別物。その鳥は急ブレーキをかけるようにして飛行速度を落とすと、ソーバの肩の上へ降り立った。そして、ピヨピヨと鳴いている。ソーバは真剣な顔でそれに耳を傾けているが、まさか意味のない動物の声から何かを読み取ろうなんて馬鹿な真似はしてないよな? と、思っていた時もあった。
「ティラミス、悪い。急用ができた。とりあえずの話はまとまったみたいだし、バベキュ達もいる上、この遺跡ならば安全だろう。また迎えに来てやるから、大人しく研究がんばれよ」
「え? ソーバ?!」
ティラミスさんも突然の展開についていけていないようだ。まぁ、いい。邪魔な庶民には早く退散してもらおう。俺は今初めて、貴族の家を捨てて冒険者になるという選択をした自分を褒めたくなった。捨てたと言っても、貴族という格式は本当に無くなったわけではない。ただ、実家に帰っていないだけだ。だから、オレが本気を出せば、ソーバよりもティラミスさんとは釣り合いがとれる。
そうやって油断していたのがいけなかったのか。ソーバはつかつかとこちらへ歩いてきて、こう言った。
「おい、行くぞ」
「あ?」
「だから、行くぞ」
その後、耳元で囁かれた言葉に、俺は頷くことしかできなかった。
「ティラミスの役に立ちたくないのか?」
なんとなく分かっている。あの白い鳥がソーバの元へやってきたのも、その鳥から何らかの情報を聞き取ったソーバも、そしてその情報がソーバの顔色を変えるほどかなり重要なものであることも、全て真実なのだろう。ソーバは庶民の癖に、貴族である俺よりもティラミスのことを考えて、ティラミスのために動けているということを見せつけられてしまったのだ。
俺は、ポークとケンタッキーの方を振り向くと、二人は少し硬い表情で小さく頷いた。こうして『ジューシー』は、再び女神ティラミスの傍を離れることになる。そして、女神よりも早く、人生最大の驚愕的な体験をすることになるのだった。
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