光の巫女

雪桃

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第2章 リースへ

言ってはいけないこと

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 千花は教室に戻り授業の準備をする。
 一段落着いたところで予鈴のチャイムが鳴る。
 同時に腹の虫が鳴った。

「……」
(お昼食べ忘れたぁ!!)

 本鈴まで後5分。
 大食いではあるが早食いではない千花が食べられるのは最高で菓子パン2個だ。

(1個でも食べられれば良しとしよう)

 千花は急いで袋の一番上にあったパンを掴み急いで開封しようとする。
 しかしそこで通りかかったクラスメイトが声を出す。

「田上さん、次移動教室だから鍵閉めたいんだけどいい?」
「……いいよ」

 千花は泣きたい気持ちを堪えてパンを袋にしまい、1人で移動教室へと向かう。
 その後、放課後になるまで千花は腹の虫が鳴らないようにいらない体力を使ったらしい。



 そして放課後。
 いつもの通り泉に着いたところで千花の腹の虫がもう我慢できないとでも言うようにいつもの倍以上鳴り響いた。

「……」
「……ふっ」

 邦彦が珍しく感情が制御できないとでも言うように肩を震わせて顔を逸らした。
 千花は恥ずかしさを誤魔化すように怒った口調で声を荒げる。

「だって私昼休みを会話に費やして何も食べられなかったんですよ! 育ち盛りにあるまじき行為です。1日3食基本です!」

 謎の持論を掲げながら千花は自棄になってその場に腰かけパンを取り出す暴挙に出る。
 そんな千花をとがめるかと思いきや、邦彦は落ち着いた様子で千花の隣に腰かける。

「本は読み終わりましたか」

 口を動かしている千花に邦彦は聞く。
 千花は食べ物が入ったまま話すことはできないため頷き、汚れていない手で歴史本を渡す。

「テストはしませんが、一応確認はしましょう。感想をどうぞ」

 話を振られた千花は口に入っているパンを飲み込んでから本の内容を思い出す。

「短いなーと思いました」

 千花の言葉に邦彦は意見を述べず続きを待つ。

「最初に今年がリース誕生とトロイメア建国998年目って書いてあったじゃないですか。神様とかいろんな種族がって聞いてたのでてっきり日本と同じくらいの歴史があるのかと思ってました」

 薄い感想だと千花は思うが、それでも邦彦は納得してくれた。

「恐らくリースもどこか果てしない宇宙に誕生した時から考えると何億年と歴史があるでしょう。しかしそれはあくまで推測であり確実な情報はありません。だからそこまで短い年になったんでしょうね」

 千花は更に咀嚼を繰り返しながら邦彦の説明を聞く。
 邦彦は本を1ページずつめくりながら自分も内容を思い出すように話し続ける。

「神の名称や土地の名前など出てきましたが、覚えられましたか」
「リースを創造したのが姫女神ひめがみ、トロイメアの守り神が光の巫女、姫女神は光の巫女のお母さんで」
「間違ってはいませんがどちらかというと姫女神から分裂した力が光の巫女です」
「そして光の巫女は悪魔の王である魔神を封印したと同時にトロイメアに自分の魂を守護として置いた、と」
「魔神の力が強大すぎて、巫女は自身と共に眠らせるしかなかったんです」

 千花が脳内から引っ張りだした記憶を辿りながら邦彦に読んだことを証明していく。
 邦彦は1つ1つ頷き、たまに補足を入れながら纏めていった。

「七大国のうち悪魔に領土を支配されているのは五大国。獣人、吸血鬼、人魚、ドラゴン、それと……氷?」
「はい」
「氷ってなんですか。曖昧すぎません?」

 千花は最後のパンを開封しながら疑問に思ったことをそのまま邦彦にぶつける。

「最北端にある国のことです。元は名もない無人国でしたが3年前に魔王が独断で支配下に置いたんです。だから調査する術もなく」
「へえ」

 その国もいつか向かうべき所なのだろうと千花はぼんやり考えながら最後の一口を飲み込んだ。
 千花の食事が終わったことがわかると邦彦は立ち上がり泉の側まで歩いていく。

「それにしても田上さんは所謂やればできる子なんですね。最低姫女神と光の巫女さえわかればいいと思っていました」
「そりゃあ友達作らずに読みましたからね」

 軽く嫌味っぽく言ってから千花は慣れたように泉に向かって飛び入った。
 初めはあれだけ命の危険を恐れていたというのに仕組みがわかってしまえばこんなにも易々と入れる。
 いつか本当に溺れないか心配はあるが、その度に目を開けると王宮が見えるので慣れてくる。
 後から入ってきた邦彦も現れ、2人は再び王都へ出ていった。

「ところで田上さん、先程誰かと話していたと言っていましたが、友達ではないのですか」

 パンを食べ損ねた時に千花が叫んだことを思い出したのだろう。
 邦彦が歩きながら聞いてくる。

「友達……と呼ぶには早いと思います。スマホを返してくれただけなので」

 千花は昼休みのことを思い出しながら「あ」と声を上げる。
 その後、邦彦にスペアのスマホを手渡した。

「私スマホ戻ってきたんですよ。なのでこれはお返しします」

 千花が渡してきたスマホを受け取りながら邦彦は驚いて目を丸くする。

「スラムで落としたんじゃないですか」
「興人が拾ってくれたんです。あ、興人ってあの時助けてくれた男の子のことで……って安城先生なら知ってますよね。同じ機関で地球について教えてくれたって言ってたし」
「興人……日向君のことですか」

 邦彦の確認する言葉に千花は「そう」と言うように1つ頷く。
 邦彦は一層目を見開いて何かを考えるような素振りを見せる。

「日向君とはどのような話を?」
「えっと、興人が機関の人間で、調査のために地球に来てることを聞きました。同じ巫女候補だと思ってたのに違うって言われて。早とちりが過ぎました」
「……言ったんですか。自分が候補者だと」

 邦彦の声のトーンが先程の興人のように一気に低くなる。
 千花は何の疑いもなく「はい」と答えた。

「田上さん、少しお話があります」
「はい?」

 邦彦が急遽進路を変更し路地裏へと向かう。
 千花も事情が掴めないまま後を追う。
 相変わらずなぜ大通り路地裏でここまで人の差が大きいのかと疑問に思う千花だが、その前に邦彦が険しい顔つきで彼女を睨むように見下ろす。

「田上さん」
「は、はい」

 流石に邦彦が何かに怒っていることを察知した千花は打って変わって体を強張らせる。
 邦彦はそのまま怒りを言葉に表すかと思いきや、仕方なさそうに溜息を吐いた。

(あれ?)
「いえ、これは完全にこちらの落ち度です。田上さんは悪くないので叱るつもりもありません」
「は、はあ?」
「ただ、気をつけてほしいことがあります。今後、あなたを知っている僕やアイリーンさん以外の前では自分が候補者だということは伏せてください」
「どうしてですか」

 千花は反発するわけではなく単純になぜ邦彦がここまで険しい顔つきで深刻に言っているのかわからないといった声で聞く。

「巫女は神です。その力は覚醒していなくとも候補者の中に根付いている。その力を利用すれば世界の半分を滅ぼすこともできる程です」

 邦彦が突然壮大な話をし出したため、千花は人知れず悪寒を感じ身震いする。

「リースの中では悪魔派につく者や力を不正利用しようと企む野蛮な輩がいます。もし彼らに田上千花が光の巫女の力を秘めていると知られれば?」
「あ、悪用、される」
「それだけではない。人体実験と称してあなたを拉致し、非人道的な拷問や巫女の力を量産して世界を壊滅しようとする者が現れるかもしれない」

 非現実的な話ではあるが、千花はそれを笑い飛ばすことができなかった。
 邦彦の表情が悪魔と戦った時と同じ真剣なものであったこともそうだが、何より自分が被害に遭う恐れがあるのだ。
 怯えて顔色を悪くする千花に邦彦は静かに瞼を閉じて一拍置く。

「……とは言え、そう簡単に田上さんを拉致させるほど我々も劣ってはいません。日向君も故意に候補者の情報を開示するような子ではありませんので安心してください。明日からはこのことを肝に銘じ、巫女のことは伏せるようにしてくださればいいです」
「は、はい」

 千花が自分でも念を押すように何度も頷くと邦彦は力を抜くように一息吐いた。
 次に目を開いた時にはいつもの穏やかな微笑を称えていた。

「急に脅かして悪かったです。早急に伝えたかったことなのでつい険悪になってしまいました」

 それでも千花がまだ不安気な表情をしていたため、邦彦は路地裏から大通りに出て話を続ける。

「今も言いましたが、あなたが単独行動に乗りでない限り機関は候補者を守る決まりがあります。そのために陛下の加護も受けたでしょう。半年前同様にあなたがこの世界を救おうとしているのであれば我々も味方をしますので、覚えておいてください」
「はい」

 邦彦が千花の緊張を解こうとしているのは理解できる。
 しかし、物騒な話を聞いた後の千花の心境は決して晴れやかというわけではなかった。

(人間の中にも、裏切り者はいるんだ)

 千花の脳裏に小さくではあるが、トロイメアに対しての疑心と警戒心が芽生えた。
 そのまま、2人はギルドへ向かった。
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