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第2章 リースへ
その時が来る
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ギルドから出るとすぐに千花達は教会へと歩き出した。
時間を大幅にロスしてしまっているため謝罪しなければならない、と千花は思っていたが。
「別に1時間以内じゃなくても依頼は達成されます」
「え?」
どうやら千花の地図把握と依頼達成速度を確かめたくて1時間以内にしたらしい。
依頼は今日中に終わればいいようだ。
「それならもう少しコレッタさんと話してても良かったんだ」
「その話は初耳ですが?」
「あっ」
ついうっかり口が滑ってしまった。
千花が失言に気づいて顔色を悪くするが、邦彦は何かを諦めたように肩を竦める。
「リースで親睦を深めるのは構いませんが、全員が良い人とは限らないので気を付けてくださいね」
「それは地球も同じですね」
千花の返答に邦彦は目を丸くした後、口に手を当てて「ふふ」と小さく笑う。
「確かにそうですね」
そんな他愛もない話をしながら2人は教会に向かった。
教会への届け物はすぐに終わった。
司祭が丁度祈りを終えた後だったということもあるだろう。
「おや、クニヒコさん。こちらのお嬢さんは?」
司祭が聞くので、クニヒコは昨日同様友人の娘と答える。
千花もその通りに演じる。
「そうですか。1人で遠路はるばる王都へ。それは心細いでしょう」
「え、えへへ。でも自分で決めたことなので」
千花の取りつくろいに納得したように司祭は頷く。
「偉いお嬢さんだ。あなたのように意思の強い人間には、必ず巫女様のご加護があるでしょう」
そう言って司祭は祭壇に飾ってある大きな女神の像を見上げる。
千花もそれに続いて石像を見る。
「これが光の巫女……様なんですか」
「神のお姿は誰にもわかりません。しかし、一説によると慈悲深く、悪魔にさえも光の手を差し伸べた心優しい女神だったと記録されています」
「心優しい女神」
千花は繰り返し呟きながら光の巫女と思われる女神を見つめる。
その顔には慈悲深い微笑みが浮かび、両手は何かを祈るように握られている。
「私もなれるのかな」
「……なってください。あなたができうる限り、リースを守れるよう僕も助けますので」
千花の独り言にも聞こえる問いに、邦彦もまた小さく返した。
千花は手のひらを強く握りしめて心の中で意気込む。
(光の巫女様。どうか私に世界を救えるだけの力を貸してください)
千花の願いを聞いたかどうかはわからないが、石像はいつまでも微笑みを称えたままだった。
その夜。
千花は傷口を見るために包帯も絆創膏も外した。
止血はされているものの、やはりナイフで抉られた皮膚は赤黒く滲んでいる。
(よく耐えられたなあ)
火事場の馬鹿力とでも言うのか、あの時千花はただクリスを助けることだけに必死になっていた。
戻ってから手当てをしてもらった後の痛みは正直考えたくもない。
「そういえば」
クリスで思い出した。
確かクラウスにお礼と言って傷薬をもらったのだ。
使い方は先程邦彦に教えてもらった。
「えっと、傷口に薬を塗って乾かない内に絆創膏を貼る。一晩待って朝になったらもう一度塗る、と」
千花は薬を人差し指で掬う。
水のようにすぐ零れ落ちるのかと思ったら意外と粘り気があった。
千花は丁度いい分だけ掬うとそのままぱっくり斜めに割れた皮膚に直接塗った。
沁みるかと思いきやスース―するだけで特に痛みはない。
「これで絆創膏を貼って」
新しい大きめの絆創膏を持ってきて千花はそこに貼る。
ついでに腫れにも効くというので千花は頬にも塗って湿布を貼り直す。
「これで少しは良くなるのかな」
千花が半信半疑で薬をしまい、そのままやることもないのでベッドに入った。
横になると今日のできごとが蘇る。
正直あの時恐怖がなかったわけではない。
というより恐怖が1番強かった。
逃げ出していいなら即刻その場から逃げたかった。
それでも逃げなかったのは。
(光の巫女はきっと、助けられる命を見捨てない)
千花の心の中に、光の巫女の魂がわずかにでも宿っていたからだろう。
そんな物語のような思いを抱きながら、千花はゆっくり夢の世界へと落ちていく。
翌日、手のひらと頬の傷が跡形もなく完治していることに驚愕することを彼女はまだ知らない。
千花もある程度トロイメアとの往来に慣れた。
傷もあっという間に治り、依頼の受注・達成も1人でできるようになったため魔法の訓練を進めること早1週間。
「弾丸」
「防壁!」
「刃」
「盾!」
千花はシモンが繰り出す攻撃に急いで地の防御魔法を展開する。
両手から繰り出される魔法はまだ未熟ではあるものの、簡単な攻撃なら防げる。
その様子を見学に来たアイリーンが感心したように手を叩いた。
「すごいわチカちゃん。シモン君についていけてるなんて」
驚くアイリーンの隣で邦彦も微笑みを称えながら櫃と頷く。
「つい先日まで土人形しか作れていなかったのが良い進歩です。元々やる気はあったのでそれも関係しているのでしょう」
シモンも手加減しているとは言え攻撃スピードは素人には辛いものがある。
普通の魔導士でもついていくのに精一杯な攻撃を千花は瞬時に判断して魔法を展開している。
既に15分はこの状態を維持しているだろう。
「シモンさんはまだまだ余裕がありますね。田上さんは息が上がっているようですが後5分は保つでしょう」
「クニヒコの体力作りにも意地でついてきてたし」
改善点はまだあるが、その成長は巫女候補としては申し分ない。
褒めるべきところだろう。
「ところでアイリーンさん。例の物は準備できたんですか」
「ばっちり。持ってきたわよ」
「では1度止めてもらいましょう」
邦彦は戦っている二人を止めるべく中央へ歩いていった。
呼び止められた千花達はすぐに魔法を繰り出す手を止めた。
シモンは張っていた気を一息吐いて体を休める。
一方の千花は肩で大きく何度も呼吸する。
「お疲れ様です田上さん。よくついてこれていると思いますよ」
「あ、ありがとう、ございます」
魔法は体力も使うため、汗も大量に出る。
千花はジャージの袖で額の汗を拭いながらお礼を言う。
「まあ、及第点だな」
千花に直接対峙していたシモンも水分補給をしながら答える。
あの一件以来千花の存在を認めているようだ。
「さて田上さん、訓練を終えたばかりのところで申し訳ないのですが、あなたに1つ新しい技術を学んでいただきたい」
「新しい?」
千花が聞き返すのと同時にアイリーンが用意したというものを持ってきた。
それは細長く、上が丸く曲がっている木の棒だった。
「?」
「じゃーん、チカちゃんの魔法杖です!」
「魔法杖?」
アイリーンが手渡してくるのを千花は首を傾げながら受け取る。
丸くなっている部分の真ん中にはオレンジ色の半透明な丸い石が埋め込まれている。
千花が疑問符を頭に浮かべながら魔法杖を眺めていると邦彦が解説してきた。
「この前武器については話しましたね。シモンさんのように魔力のコントロールが上手い人もいれば、武器を使って魔力を維持する人もいると」
「はい」
「田上さんは既に魔法を使えるだけの能力は持っています。ですが、武器を使うことで更に威力が増し、制御もしやすくなるとなれば使わない手はないというわけで」
「へえ」
千花の上達度によって武器の仕様を変えていたらしい。
千花は杖を両手で持ちながら角度を変えてみる。
「攻撃も防御もできるので杖がいいかと。使用方法はその魔石が埋め込まれている方を相手に向けて魔法を発動するだけです」
「魔石が埋め込まれている方を相手に」
千花は何を思ったのかオレンジ色の魔石がついている方を自分に向けた。
そこでぐっと手に力を込めると魔法陣が展開され、石のように固い小さな泥団子が千花の額めがけて飛んでいった。
額に攻撃を受けた千花が頭から後ろに倒れる前にシモンが腕で支える。
「相手にっつっただろうが! なんで自分に攻撃するんだよ」
「威力がどんなものか見たくて」
頭を正面に戻した千花の額は一部赤くなっている。
「チカちゃんってたまに命知らずなことをするわよね」
「たまにというよりここ数日しょっちゅうですね」
下手したら脳を貫いていたかもしれないことに気づいた千花が二度と自分に杖を向けないことを誓ったのはもう少し先のことだった。
そして数日経ち、学生にとっては嬉しい休みがやってきた。
ゴールデンウィークである。
「田上さん、お話があります」
「はい?」
談話室で邦彦に教えてもらいながら課題を終わらせていた千花は顔を上げた。
休みに呑気になって勉学を怠らないようにと言ったはいいものの少し課題が多すぎることに不満を垂れていたのは昔のこと。
今となっては課題も残り1問となっていた。
「幸いなことに祝日は外出届を長く出しても良いことになっています。それを利用してあなたを休み中ずっと外出させることにしました」
「いつの間に。ていうかなんでそんなことを?」
千花の疑問に邦彦は神妙な面持ちで黙る。
何かに言い淀んでいるようにも見える。
千花が言葉にならない不安を感じると同時に邦彦は口を開いた。
「あなたは当初から随分体力も魔力も向上した。リースにも適応しつつある。今こそその時です」
「な、何が?」
「リースに蔓延る魔王を討伐する時です」
邦彦が静かに、力強く放った言葉に千花は反応が遅れた。
しかしそれも一瞬のこと。
邦彦の言葉に千花の心臓は大きく跳ね上がり、背筋を何かが這い寄るような感覚を覚える。
「リースに来た目的は忘れていませんよね」
「……忘れるわけないです。そのために魔法の訓練もしたんですから」
「酷なことを言いますが、ここまで来て『怖いから無理』はもう通用しません」
「ずっと前に覚悟してます」
「ここから先は命の奪い合いです」
「わかってますってば!」
歴代の候補者が折れてきたことを踏まえて邦彦は念を押しているのだろうが、現状を見ていない千花からすればくどいと感じる。
「全部覚悟してます。今見てる平和なトロイメアが世界の全てではないことも、悪魔や魔王がどれだけ強いのかも、今までみたいに軽傷じゃ済まないことも全部知ってます。正直逃げ出したい気持ちもあります。でも前に言ったでしょう。お母さんと約束したんです」
どれだけ怖くても、救える者は全て救ってくるって。
千花に恐怖がないわけではない。
今でもギルドの中で平穏に過ごしたい欲はある。
しかしそれではいつまで経っても他国の民は苦しむだけだ。
「連れて行ってください。私が救える人々の元へ。協力してくれようが独りになろうが死ぬまで巫女として生きていきます」
千花の揺るぎない瞳をしばらく黙って見つめていた邦彦は静かに瞼を閉じる。
「では、次の土曜日にリースに向かいます」
「はい」
邦彦の言葉に千花は力強く頷く。
そうして穏やかな日々は過ぎていき、悪魔が蔓延る世界へと、足を踏み入れるのであった。
時間を大幅にロスしてしまっているため謝罪しなければならない、と千花は思っていたが。
「別に1時間以内じゃなくても依頼は達成されます」
「え?」
どうやら千花の地図把握と依頼達成速度を確かめたくて1時間以内にしたらしい。
依頼は今日中に終わればいいようだ。
「それならもう少しコレッタさんと話してても良かったんだ」
「その話は初耳ですが?」
「あっ」
ついうっかり口が滑ってしまった。
千花が失言に気づいて顔色を悪くするが、邦彦は何かを諦めたように肩を竦める。
「リースで親睦を深めるのは構いませんが、全員が良い人とは限らないので気を付けてくださいね」
「それは地球も同じですね」
千花の返答に邦彦は目を丸くした後、口に手を当てて「ふふ」と小さく笑う。
「確かにそうですね」
そんな他愛もない話をしながら2人は教会に向かった。
教会への届け物はすぐに終わった。
司祭が丁度祈りを終えた後だったということもあるだろう。
「おや、クニヒコさん。こちらのお嬢さんは?」
司祭が聞くので、クニヒコは昨日同様友人の娘と答える。
千花もその通りに演じる。
「そうですか。1人で遠路はるばる王都へ。それは心細いでしょう」
「え、えへへ。でも自分で決めたことなので」
千花の取りつくろいに納得したように司祭は頷く。
「偉いお嬢さんだ。あなたのように意思の強い人間には、必ず巫女様のご加護があるでしょう」
そう言って司祭は祭壇に飾ってある大きな女神の像を見上げる。
千花もそれに続いて石像を見る。
「これが光の巫女……様なんですか」
「神のお姿は誰にもわかりません。しかし、一説によると慈悲深く、悪魔にさえも光の手を差し伸べた心優しい女神だったと記録されています」
「心優しい女神」
千花は繰り返し呟きながら光の巫女と思われる女神を見つめる。
その顔には慈悲深い微笑みが浮かび、両手は何かを祈るように握られている。
「私もなれるのかな」
「……なってください。あなたができうる限り、リースを守れるよう僕も助けますので」
千花の独り言にも聞こえる問いに、邦彦もまた小さく返した。
千花は手のひらを強く握りしめて心の中で意気込む。
(光の巫女様。どうか私に世界を救えるだけの力を貸してください)
千花の願いを聞いたかどうかはわからないが、石像はいつまでも微笑みを称えたままだった。
その夜。
千花は傷口を見るために包帯も絆創膏も外した。
止血はされているものの、やはりナイフで抉られた皮膚は赤黒く滲んでいる。
(よく耐えられたなあ)
火事場の馬鹿力とでも言うのか、あの時千花はただクリスを助けることだけに必死になっていた。
戻ってから手当てをしてもらった後の痛みは正直考えたくもない。
「そういえば」
クリスで思い出した。
確かクラウスにお礼と言って傷薬をもらったのだ。
使い方は先程邦彦に教えてもらった。
「えっと、傷口に薬を塗って乾かない内に絆創膏を貼る。一晩待って朝になったらもう一度塗る、と」
千花は薬を人差し指で掬う。
水のようにすぐ零れ落ちるのかと思ったら意外と粘り気があった。
千花は丁度いい分だけ掬うとそのままぱっくり斜めに割れた皮膚に直接塗った。
沁みるかと思いきやスース―するだけで特に痛みはない。
「これで絆創膏を貼って」
新しい大きめの絆創膏を持ってきて千花はそこに貼る。
ついでに腫れにも効くというので千花は頬にも塗って湿布を貼り直す。
「これで少しは良くなるのかな」
千花が半信半疑で薬をしまい、そのままやることもないのでベッドに入った。
横になると今日のできごとが蘇る。
正直あの時恐怖がなかったわけではない。
というより恐怖が1番強かった。
逃げ出していいなら即刻その場から逃げたかった。
それでも逃げなかったのは。
(光の巫女はきっと、助けられる命を見捨てない)
千花の心の中に、光の巫女の魂がわずかにでも宿っていたからだろう。
そんな物語のような思いを抱きながら、千花はゆっくり夢の世界へと落ちていく。
翌日、手のひらと頬の傷が跡形もなく完治していることに驚愕することを彼女はまだ知らない。
千花もある程度トロイメアとの往来に慣れた。
傷もあっという間に治り、依頼の受注・達成も1人でできるようになったため魔法の訓練を進めること早1週間。
「弾丸」
「防壁!」
「刃」
「盾!」
千花はシモンが繰り出す攻撃に急いで地の防御魔法を展開する。
両手から繰り出される魔法はまだ未熟ではあるものの、簡単な攻撃なら防げる。
その様子を見学に来たアイリーンが感心したように手を叩いた。
「すごいわチカちゃん。シモン君についていけてるなんて」
驚くアイリーンの隣で邦彦も微笑みを称えながら櫃と頷く。
「つい先日まで土人形しか作れていなかったのが良い進歩です。元々やる気はあったのでそれも関係しているのでしょう」
シモンも手加減しているとは言え攻撃スピードは素人には辛いものがある。
普通の魔導士でもついていくのに精一杯な攻撃を千花は瞬時に判断して魔法を展開している。
既に15分はこの状態を維持しているだろう。
「シモンさんはまだまだ余裕がありますね。田上さんは息が上がっているようですが後5分は保つでしょう」
「クニヒコの体力作りにも意地でついてきてたし」
改善点はまだあるが、その成長は巫女候補としては申し分ない。
褒めるべきところだろう。
「ところでアイリーンさん。例の物は準備できたんですか」
「ばっちり。持ってきたわよ」
「では1度止めてもらいましょう」
邦彦は戦っている二人を止めるべく中央へ歩いていった。
呼び止められた千花達はすぐに魔法を繰り出す手を止めた。
シモンは張っていた気を一息吐いて体を休める。
一方の千花は肩で大きく何度も呼吸する。
「お疲れ様です田上さん。よくついてこれていると思いますよ」
「あ、ありがとう、ございます」
魔法は体力も使うため、汗も大量に出る。
千花はジャージの袖で額の汗を拭いながらお礼を言う。
「まあ、及第点だな」
千花に直接対峙していたシモンも水分補給をしながら答える。
あの一件以来千花の存在を認めているようだ。
「さて田上さん、訓練を終えたばかりのところで申し訳ないのですが、あなたに1つ新しい技術を学んでいただきたい」
「新しい?」
千花が聞き返すのと同時にアイリーンが用意したというものを持ってきた。
それは細長く、上が丸く曲がっている木の棒だった。
「?」
「じゃーん、チカちゃんの魔法杖です!」
「魔法杖?」
アイリーンが手渡してくるのを千花は首を傾げながら受け取る。
丸くなっている部分の真ん中にはオレンジ色の半透明な丸い石が埋め込まれている。
千花が疑問符を頭に浮かべながら魔法杖を眺めていると邦彦が解説してきた。
「この前武器については話しましたね。シモンさんのように魔力のコントロールが上手い人もいれば、武器を使って魔力を維持する人もいると」
「はい」
「田上さんは既に魔法を使えるだけの能力は持っています。ですが、武器を使うことで更に威力が増し、制御もしやすくなるとなれば使わない手はないというわけで」
「へえ」
千花の上達度によって武器の仕様を変えていたらしい。
千花は杖を両手で持ちながら角度を変えてみる。
「攻撃も防御もできるので杖がいいかと。使用方法はその魔石が埋め込まれている方を相手に向けて魔法を発動するだけです」
「魔石が埋め込まれている方を相手に」
千花は何を思ったのかオレンジ色の魔石がついている方を自分に向けた。
そこでぐっと手に力を込めると魔法陣が展開され、石のように固い小さな泥団子が千花の額めがけて飛んでいった。
額に攻撃を受けた千花が頭から後ろに倒れる前にシモンが腕で支える。
「相手にっつっただろうが! なんで自分に攻撃するんだよ」
「威力がどんなものか見たくて」
頭を正面に戻した千花の額は一部赤くなっている。
「チカちゃんってたまに命知らずなことをするわよね」
「たまにというよりここ数日しょっちゅうですね」
下手したら脳を貫いていたかもしれないことに気づいた千花が二度と自分に杖を向けないことを誓ったのはもう少し先のことだった。
そして数日経ち、学生にとっては嬉しい休みがやってきた。
ゴールデンウィークである。
「田上さん、お話があります」
「はい?」
談話室で邦彦に教えてもらいながら課題を終わらせていた千花は顔を上げた。
休みに呑気になって勉学を怠らないようにと言ったはいいものの少し課題が多すぎることに不満を垂れていたのは昔のこと。
今となっては課題も残り1問となっていた。
「幸いなことに祝日は外出届を長く出しても良いことになっています。それを利用してあなたを休み中ずっと外出させることにしました」
「いつの間に。ていうかなんでそんなことを?」
千花の疑問に邦彦は神妙な面持ちで黙る。
何かに言い淀んでいるようにも見える。
千花が言葉にならない不安を感じると同時に邦彦は口を開いた。
「あなたは当初から随分体力も魔力も向上した。リースにも適応しつつある。今こそその時です」
「な、何が?」
「リースに蔓延る魔王を討伐する時です」
邦彦が静かに、力強く放った言葉に千花は反応が遅れた。
しかしそれも一瞬のこと。
邦彦の言葉に千花の心臓は大きく跳ね上がり、背筋を何かが這い寄るような感覚を覚える。
「リースに来た目的は忘れていませんよね」
「……忘れるわけないです。そのために魔法の訓練もしたんですから」
「酷なことを言いますが、ここまで来て『怖いから無理』はもう通用しません」
「ずっと前に覚悟してます」
「ここから先は命の奪い合いです」
「わかってますってば!」
歴代の候補者が折れてきたことを踏まえて邦彦は念を押しているのだろうが、現状を見ていない千花からすればくどいと感じる。
「全部覚悟してます。今見てる平和なトロイメアが世界の全てではないことも、悪魔や魔王がどれだけ強いのかも、今までみたいに軽傷じゃ済まないことも全部知ってます。正直逃げ出したい気持ちもあります。でも前に言ったでしょう。お母さんと約束したんです」
どれだけ怖くても、救える者は全て救ってくるって。
千花に恐怖がないわけではない。
今でもギルドの中で平穏に過ごしたい欲はある。
しかしそれではいつまで経っても他国の民は苦しむだけだ。
「連れて行ってください。私が救える人々の元へ。協力してくれようが独りになろうが死ぬまで巫女として生きていきます」
千花の揺るぎない瞳をしばらく黙って見つめていた邦彦は静かに瞼を閉じる。
「では、次の土曜日にリースに向かいます」
「はい」
邦彦の言葉に千花は力強く頷く。
そうして穏やかな日々は過ぎていき、悪魔が蔓延る世界へと、足を踏み入れるのであった。
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