夜明けの輝き

田丸哲二

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父の認識

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 息子が帰省した二日目の夜。(父から見た風景。)

 04 : 00 a.m.
 父尚夫は目を覚ますパジャマのまま寝室を出て、いつものように玄関で長靴を履き、ゴム手袋をしてシャベルと洗面器を持つ。

 息子と妻がそれを尾行しているのは全く知らなかったが、最近、自分の考えに没頭し周りが見えなくなっているという自覚はあった。

 深夜、浅い眠りにつくと不思議な世界に入り込み、数百時間にも及ぶ風力と水の流れの方向と力学の計算に没頭し、自分が天才的な数学の教師であり、それを成し遂げるのが人生の使命だと思い込んだ。

 眠りから覚めても数式が頭の中を飛び交い、その答えを見つけようと薄暗い道を彷徨い続けた。

 そして昨夜ついにその答えにたどり着き、川の水の中に足を踏み入れたが、残念ながら発見する事はできなかった。

 しかし、今夜こそ見つけ出す自信があった。頭の中に『幸江』という名の美しい女性の姿が蘇り、何故かその表情には悲しみが満ち溢れている。

『彼女に笑顔を届けるんた』

 尚夫はそう心に誓い、新たなる人生を一緒にスタートすると計画を立てた。

 時間と記憶が交錯して入り乱れていたが、尚夫の頭の中には彼女との輝かしい未来が見えていたのだ。

 鉱山の跡地を歩いて目的地の土手に着くと、ハシゴを使って川原に降り、左右の方角を指差し確認してから川の水に入って行く。

 昨日よりも少し上流の位置に立ち、長靴よりも水位があるが、水を蹴散らして進み、計算位置の足元の砂利と水をシャベルで掬って洗面器に入れる。

 何度かその作業を繰り返し、洗面器を左右にふるいながらある物を探した。水飛沫が跳ねて、顔やパジャマを濡らしたが、尚夫は目を凝らして水の中に揺れる光る物を見つめた。

『発見したぞ。私の計算は正しかった』


 その表情は異常なくらい熱気がほとばしり、土手の上から身を乗り出して見張っていた息子と母は完全に父が狂ったと落胆した。
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