婚約破棄された貧乏令嬢は、今日こそモテたい!

ともり

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28. 10月29日 ボートハウス

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 化粧室から戻るわたしの足取りは決意に満ちている。
ジムはいい人だし、これからも家の事業で付き合いを続けていくつもりだ。気まずくなることはしたくない。ジムとわたしの間には穏やかな感情が流れている。だけど、わたしはヘンリーの力強くて熱のこもった瞳が恋しい。一度でいいから、あんな風に誰かに望まれてみたかった。自分自身の気持ちを知った今はわかる。誠実にわたしの気持ちを伝えないと、ジムに失礼だ。


 席に着くと、ジムに「浮かない顔だね」と言われた。

「考え事をしていたの」

「なんでも話してよ。俺じゃ役不足かな」

「そうじゃないの。大丈夫よ」と、つい答えてしまった。もう一度口を開きかけたが、ジムの言葉にわたしは先を続けることができなくなった。

「何でも話して欲しいけど、君は何も話さない。君は今以上に俺との関係を深めることに乗り気じゃなさそうだし、俺だってどうでもいいと思われている女性とは関係をすすめたくないよ。
さっきはああ言ったけど、ひょっとしたら俺たちは友達のままの方がうまくいくんじゃないかな」

ジムは不機嫌そうだ。声に棘が含まれている。無理もない。わたしが煮え切らない態度だったからいけないのだ。わたしはあまりに図星過ぎて、自分でも顔が赤くなったのがわかった。

「ごめんなさい、ジム。決して乗り気じゃないわけではなかったの。あなたは気さくで楽しい人だもの。一緒にいると心地いいわ。家が大変なときに手を差し伸べてくれて、感謝もしているの」

「へえ?」
ジムは腕を組んで聞いている。

「だけど、そうね。わたしたちには情熱が足りないわ。確かに穏やかな関係は魅力的だけど、情熱もほしいの。あなたに言わなくちゃって思ってた。でもタイミングを見つけられなくて。こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」

「けっこう君のこと、誘ったつもりだったんだけどなあ」
ジムは怒りとも諦めとも取れるようなため息をついた。

「嬉しかったわ。でも一緒に過ごすうちに友人として付き合う方がしっくりくると考えるようになったの。それから」
わたしは言葉につまってしまった。

「アリー。どうせなら、全部話しなよ。君って本音を隠しすぎてるよ」
ジムは苦笑いをして、先を促した。

「そのせいで、あなたにフラれたところよ。実を言うと、ペニーパークであなたを見かけたの」
わたしは冷たくなってしまった紅茶を飲み、からからに乾いた喉を潤した。
「かわいらしい人と仲睦ましそうに腕を組んで、散歩しているところを見たの」

ジムはばつの悪そうな顔をして、白状した。

「あの朝、君もペニーパークにいたんだね。アリーが思っているような、やましいことはいっさいないよ。
彼女はパーティーで一緒になったんだ。それで、いつものようにビジネスの情報交換と散歩をかねて、あの日ペニーパークを散歩していたら、たまたま再開したんだ。彼女も一人で来ていたから、たまたまエスコートを申し出た。本当に、ただそれだけだ」

たまたまエスコートしただけにしては二人とも楽しそうにしていた。それこそ、窓の外に見えるボートの男女みたいに幸せそうだった。わたしには感じない情熱を、ジムはその女性には感じられるんじゃないかな。

「あなたは誠実な人だもの。きっとそれだけだったんでしょうね」

ジムはさらに気まずそうな顔をした。
「ああ、そうだ。でも君の言う情熱の芽は少し感じたような気もする。だけど、彼女を愛してはいないし、連絡先も知らない。君との関係だけを考えてきたよ」

やっぱりだ。わたしたちは互いに相応しい相手ではなかったのだろう。

「ジム、ありがとう。あなたみたいに素敵な人をわたしが独占したらいけないのよ。彼女、かわいらしいわよね?」

ジムは降参したように頷き、それから言った。
「二度しか話したことがないけど、かんじのいい人だったよ。考えないようにしていたけど、あの日から彼女の笑顔が頭から離れないんだ」

わたしはヘンリーの顔がよぎった。ヘンリーが帰ってきてくれてよかった。そうじゃないと、この場で泣いていたかも。

「実は、死んだと思っていた婚約者が突然帰ってきたの。その人に結婚前夜に逃げられたのよ」

「なんだそれ、ひどい話だ。君、大丈夫なの?」
ジムが身を乗り出して、聞いてくる。

「大丈夫、心配しないで。人が変わったように優しくて、わたしに興味があるみたいなの。その、わたしのことを好きだって」

「ああ」とつぶやいて、ジムは苦々しい顔つきになった。

「俺はその男に負けたんだな。君となら穏やかに過ごしていけると思ったんだ。でも俺たち二人とも間違っていた。穏やかで心地いい関係は、時間をかけて育てていくものだ。そこに情熱がないと心が動かないんだ。俺たちは決定的にそれがなかった。だけど友情はこれからも続く。だろ?」

言い終わると、ジムは穏やかにほほ笑んだ。


 ボートハウスのレストランを出て、ジムと並んで歩く。

「それで、彼女のことはどうするの?」
わたしはジムに尋ねた。

「パーティーで彼女にまた会えたら、そのときにはっきりと情熱を伝えるよ。君はどうするの?」

「わからないわ。わたしに興味がなかったくせに、帰ってきた途端に人が変わったように興味を持った理由がわからない」

「アリー、君って本当に一人でくよくよ考えるんだね。今まで君の本音がわからなくて気を揉んでいたけど、やっと君と言う人がわかった気がするよ。
いいかい、アリー。これは友人としての助言だ。気になるなら直接聞くに越したことはない。一人で悩んだって答えはでないさ」

ジムはウィンクすると、そっとわたしの背中を叩いた。

「ありがとう、ジム」
わたしたちの友情ははじまったばかりだ。


***

 わたしは部屋のウィンドウシートに座って、日記を広げていた。すでに就寝時間は過ぎているが今夜は目が冴えてなかなか寝付けそうにない。

 わたしはヘンリーへの恋心を自覚し、その気持ちを持て余していた。会いたいくせに、会いたくないのだ。どんな顔して会えばいいのか、会ってどうしたらいいのか、何か言わなくてはいけないのか。そもそもどうやって会えばいいのか、また誘ってくれるのか。

 ヘンリーは自ら名声と財産を築いて帰ってきたのだ。わたしと結婚する必要なんてない。自分が好きだと思う人と結婚できる。それに、帰ってきてからまるで性格が変わってしまったように感じられる。以前のヘンリーのことだってほとんど知らないけど、明るく社交的になったし、瞳には生気を感じる。一年以上かけて色々と冒険して人生経験したにせよ、人はここまで変わるものだろうか。

 日記から頭を上げ、ウィンドウシートのクッションに突っ伏して途方にくれる。すると、窓に何かがあたるこつんという音が聞こえた。
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