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30. 10月30日 冬の離宮
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わたしは一人で辻馬車に乗って駅まで向かう。本当はメイドを連れてないといけないし、令嬢が相乗りの辻馬車なんて乗ってはいけない。だけど、わたしは貧乏令嬢。これも仕方がない。自分で自分のトランクを運ぶ。
寄宿学校でルームメイトだったカミラがこの光景を見たら卒倒しそうだ。彼女は自らの手で絶対に荷物を運ばない。
列車に乗り込み、窓際の席に座った。霧がかかった灰色の空から、澄んだ青色の空がどこまでも広がっていく。眼下には緑色の草木から顔をのぞかせる実りのオレンジ色が鮮やかだ。羊がのんびり草をはんでいる。のどかな田舎の風景だ。
気持ちが高揚してくる。いいことが起こりそうな、わくわくしたあのかんじ。わたしは窓を少しだけ開けて、新鮮な空気を味わった。
冬の離宮が見える。広大な土地に建つ、白と青のロマンチックなお城だ。ベッドルームは二十六部屋もあり、王族がリラックスしたいときや、大切なお客様をおもてなしするときに使われる。
お城の正面には芝生がどこまでも広がり、裏手には豊かな自然がそびえる。
部屋に荷物を運んでもらうと、薄いクリーム色の壁紙の応接室に通された。暖炉の上には巨大な絵画が飾られている。よく見ると、王家のファミリーツリーが描かれている。枝の先端にはヒューバート王子が書かれていて、絵の中の王子と目が合うと、ウィンクされた。うーん、さすが社交界きってのプレイボーイだ。
宮殿のメイドたちが荷物にアイロンをかけた状態で完璧にクローゼットにかけておいてくれる間、わたしたちは社交を楽しむ。控えめに言って、冬の離宮は最高だ。
「やあ、アリー。来てくれて嬉しいよ」
ヘンリーに声をかけられた。会えて心から嬉しいと言わんばかりの声色だ。
「素敵な宮殿ね。誘ってくれてよかったわ。ヘンリーはここにずいぶんとなじんでいるのね」
ヘンリーはすでに糊のきいたシャツの上にツイードという恰好に着替えていて、なかなか新鮮だ。いつものスーツ姿は洗練されたかっこよさだけど、今日はもっと野性的で男らしい印象だ。冒険家らしいとさえ言えるかもしれない。どんな格好でも似合うなんてどういうことなんだろう?
「アリーは今日もきれいだね」
ヘンリーは挨拶しながらわたしの耳元でささやいた。
流行遅れの野暮ったい服を来たわたしをほめるなんて、ヘンリーは社交辞令が上手だ。今日のわたしは田舎の住人みたいな恰好なのに。町を歩けば一瞬で溶け込めるだろう。
不思議に思っているとヘンリーが続けた。
「アリーの雰囲気に合っているし、何を着たってかわいいよ」
わたしはたまらなく恥ずかしくなって、磨き上げられた床を見つめた。なけなしの平常心をかき集めて、ようやく「ありがとう」とつぶやいた。
「アリー?なぜあなたがここにいるの?」
声がした方向を振り向くと、そこに立っていたのは寄宿学校時代のルームメイトの一人、カミラだった。
信じられないという表情がカミラの顔にありありと浮かんでいる。鮮やかなオレンジ色に染められたドレスと同じオレンジ色の縁取りがされているグリーンのジャケットを合わせ、しかも帽子にはオレンジの果実のモチーフがさりげなく飾られている。上から下まで気合が入っている。
「まあ、カミラ!こんなところで会えるとは思ってなかったわ。春に誘ってくれた以来ね」
「ええ、わたくしもここで会うとは想像していなかったわ」
カミラはそう言うと、声をひそめて続けた。
「どうしてここに来られたの?ここは限られた人しか招待されないのよ」
顔をしかめてつぶやいている。
「あらゆる手段を使ってやっと招待状を手に入れたっていうのに」
「たまたま招待されたのよ」
どうやら今のカミラは友好的なモードではないらしい。
ふと顔を上げたカミラは、わたしの隣にいるヘンリーをうっとりとした表情で見つめたと思ったら、今度は目をせわしなく左右に動かし、ヘンリーとわたしを交互に観察している。わたしはため息をつきそうになるのをこらえて一歩前に出た。
「カミラ、こちらはヘンリー。ヘンリー、彼女はカミラ。わたしの寄宿学校時代のルームメイトなの」
ヘンリーがわたしの腰に手を回した。ヘンリーに流し目を送っていたカミラは目を見開き、わたしもカミラに負けずに驚いたが、動揺を悟られまいとじっとしていた。カミラからは悔しそうな歯ぎしりが聞こえた気がした。
すでに到着しているゲストは、王子と似た雰囲気のハンサムと華やかな美人ばかりだった。アスリエル王国中の美男美女を集めたんじゃないかと思うくらい、それはもう圧巻だった。見ている分には目の保養になるけれど、わたしはただ肩身が狭い。なんでこんなところにいるんだろう?
ありがたいことに昼食のわたしの席はヘンリーの隣だった。ヘンリーも眉目秀麗だけど、気取ったところがないから一緒にいるとリラックスできる。ヘンリーを見ていると、自然と落ち着いていられるから不思議だ。
ヒューバート王子は向いに座るハンサムな男性に向かって話しかけている。
「冬の離宮の近くには川があってね、冬は完全に氷が貼ってスケートリンクになるんだよ。社交シーズンの前だから幸運にもリゾート地といえど今はわれわれしかいない」
「まあ!王子、素敵ですわ」
王子の隣に座るブロンド美女が話に割って入る。きっと王子とスケートをしている自分の姿でも想像してるんじゃないかな。ブロンド美女の頬が薔薇色に染まっているもの。
王子たちがスケートで盛り上がっている中、ヘンリーとわたしは他の遊びについて話していた。
「この時期はピクニックなんて最高だよね。そうだ。紅葉の中でボートに乗れるそうだよ」
ヘンリーが教えてくれる。
「とてもきれいでしょうね」
わたしはうっとりと、その光景を想像してみる。
「乗ってみたい?」
ヘンリーの目がきらきらと輝いている。
ペニーパークで、ボート乗りをする男女にずっと憧れていた。わたし、ついにボートに乗れるの?
「ええ、そうね。楽しそうだわ」
「そこの二人、ボート遊びをするつもり?」
ヒューバート王子がわたしたちの会話に乗ってきた。子どもみたいに、王子も目がきらきらしている。
「はい。紅葉の葉が舞う中をボートで進むんです」
ヘンリーが答える。
「昼食が終わったら、みんなでボート遊びといこう。明日はピクニックがいいな。この時期の屋外はたまらなく気持ちがいいんだ。
警告しておくが、アスリエル王家の豪華ピクニックを体験したら、他のピクニックでは満足できなくなるぜ」
ゲストたちはみんなその気になっている。いつだってはちゃめちゃな王子といると、話題には欠かさないし、絶対に楽しいことがわかっているのだ。
寄宿学校でルームメイトだったカミラがこの光景を見たら卒倒しそうだ。彼女は自らの手で絶対に荷物を運ばない。
列車に乗り込み、窓際の席に座った。霧がかかった灰色の空から、澄んだ青色の空がどこまでも広がっていく。眼下には緑色の草木から顔をのぞかせる実りのオレンジ色が鮮やかだ。羊がのんびり草をはんでいる。のどかな田舎の風景だ。
気持ちが高揚してくる。いいことが起こりそうな、わくわくしたあのかんじ。わたしは窓を少しだけ開けて、新鮮な空気を味わった。
冬の離宮が見える。広大な土地に建つ、白と青のロマンチックなお城だ。ベッドルームは二十六部屋もあり、王族がリラックスしたいときや、大切なお客様をおもてなしするときに使われる。
お城の正面には芝生がどこまでも広がり、裏手には豊かな自然がそびえる。
部屋に荷物を運んでもらうと、薄いクリーム色の壁紙の応接室に通された。暖炉の上には巨大な絵画が飾られている。よく見ると、王家のファミリーツリーが描かれている。枝の先端にはヒューバート王子が書かれていて、絵の中の王子と目が合うと、ウィンクされた。うーん、さすが社交界きってのプレイボーイだ。
宮殿のメイドたちが荷物にアイロンをかけた状態で完璧にクローゼットにかけておいてくれる間、わたしたちは社交を楽しむ。控えめに言って、冬の離宮は最高だ。
「やあ、アリー。来てくれて嬉しいよ」
ヘンリーに声をかけられた。会えて心から嬉しいと言わんばかりの声色だ。
「素敵な宮殿ね。誘ってくれてよかったわ。ヘンリーはここにずいぶんとなじんでいるのね」
ヘンリーはすでに糊のきいたシャツの上にツイードという恰好に着替えていて、なかなか新鮮だ。いつものスーツ姿は洗練されたかっこよさだけど、今日はもっと野性的で男らしい印象だ。冒険家らしいとさえ言えるかもしれない。どんな格好でも似合うなんてどういうことなんだろう?
「アリーは今日もきれいだね」
ヘンリーは挨拶しながらわたしの耳元でささやいた。
流行遅れの野暮ったい服を来たわたしをほめるなんて、ヘンリーは社交辞令が上手だ。今日のわたしは田舎の住人みたいな恰好なのに。町を歩けば一瞬で溶け込めるだろう。
不思議に思っているとヘンリーが続けた。
「アリーの雰囲気に合っているし、何を着たってかわいいよ」
わたしはたまらなく恥ずかしくなって、磨き上げられた床を見つめた。なけなしの平常心をかき集めて、ようやく「ありがとう」とつぶやいた。
「アリー?なぜあなたがここにいるの?」
声がした方向を振り向くと、そこに立っていたのは寄宿学校時代のルームメイトの一人、カミラだった。
信じられないという表情がカミラの顔にありありと浮かんでいる。鮮やかなオレンジ色に染められたドレスと同じオレンジ色の縁取りがされているグリーンのジャケットを合わせ、しかも帽子にはオレンジの果実のモチーフがさりげなく飾られている。上から下まで気合が入っている。
「まあ、カミラ!こんなところで会えるとは思ってなかったわ。春に誘ってくれた以来ね」
「ええ、わたくしもここで会うとは想像していなかったわ」
カミラはそう言うと、声をひそめて続けた。
「どうしてここに来られたの?ここは限られた人しか招待されないのよ」
顔をしかめてつぶやいている。
「あらゆる手段を使ってやっと招待状を手に入れたっていうのに」
「たまたま招待されたのよ」
どうやら今のカミラは友好的なモードではないらしい。
ふと顔を上げたカミラは、わたしの隣にいるヘンリーをうっとりとした表情で見つめたと思ったら、今度は目をせわしなく左右に動かし、ヘンリーとわたしを交互に観察している。わたしはため息をつきそうになるのをこらえて一歩前に出た。
「カミラ、こちらはヘンリー。ヘンリー、彼女はカミラ。わたしの寄宿学校時代のルームメイトなの」
ヘンリーがわたしの腰に手を回した。ヘンリーに流し目を送っていたカミラは目を見開き、わたしもカミラに負けずに驚いたが、動揺を悟られまいとじっとしていた。カミラからは悔しそうな歯ぎしりが聞こえた気がした。
すでに到着しているゲストは、王子と似た雰囲気のハンサムと華やかな美人ばかりだった。アスリエル王国中の美男美女を集めたんじゃないかと思うくらい、それはもう圧巻だった。見ている分には目の保養になるけれど、わたしはただ肩身が狭い。なんでこんなところにいるんだろう?
ありがたいことに昼食のわたしの席はヘンリーの隣だった。ヘンリーも眉目秀麗だけど、気取ったところがないから一緒にいるとリラックスできる。ヘンリーを見ていると、自然と落ち着いていられるから不思議だ。
ヒューバート王子は向いに座るハンサムな男性に向かって話しかけている。
「冬の離宮の近くには川があってね、冬は完全に氷が貼ってスケートリンクになるんだよ。社交シーズンの前だから幸運にもリゾート地といえど今はわれわれしかいない」
「まあ!王子、素敵ですわ」
王子の隣に座るブロンド美女が話に割って入る。きっと王子とスケートをしている自分の姿でも想像してるんじゃないかな。ブロンド美女の頬が薔薇色に染まっているもの。
王子たちがスケートで盛り上がっている中、ヘンリーとわたしは他の遊びについて話していた。
「この時期はピクニックなんて最高だよね。そうだ。紅葉の中でボートに乗れるそうだよ」
ヘンリーが教えてくれる。
「とてもきれいでしょうね」
わたしはうっとりと、その光景を想像してみる。
「乗ってみたい?」
ヘンリーの目がきらきらと輝いている。
ペニーパークで、ボート乗りをする男女にずっと憧れていた。わたし、ついにボートに乗れるの?
「ええ、そうね。楽しそうだわ」
「そこの二人、ボート遊びをするつもり?」
ヒューバート王子がわたしたちの会話に乗ってきた。子どもみたいに、王子も目がきらきらしている。
「はい。紅葉の葉が舞う中をボートで進むんです」
ヘンリーが答える。
「昼食が終わったら、みんなでボート遊びといこう。明日はピクニックがいいな。この時期の屋外はたまらなく気持ちがいいんだ。
警告しておくが、アスリエル王家の豪華ピクニックを体験したら、他のピクニックでは満足できなくなるぜ」
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