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正座で向かいあう、人形と青年二人。
外から熊蝉の声や、青空からの光が容赦なく入ってくる。
布団が二枚しかれており、片方には皐月が横たわっていた。
少し日焼けしている春平と冬樹の額に汗が滲んでる。
春平がハンカチで汗を拭うと、冬樹が両腕を組んで人形を観察してから、
「春平君」
と、彼を見た。
「どうしよう?」
「どうと言われても……」
ハンカチを仕舞って項をかいた春平が、視線を人形へ戻した。
「なんでこうなってもたんか、見当も付きません……」
「しゃーない」冬樹が膝を打った。「もうちょい、昨日のこと思いだしてみよか」
「そうですね…… それがええと思います」
二人は昨日のことを順番に、丁寧に思い出した。
多少、漫才のようなやり取りもあったが、無事に思い出してからしばらくして、
「現実にこんなこと起こるなんて……」
と、春平が頭を強くかいて唐突に言った。
「ほっぺた、つねったろか?」
「い、いいです、遠慮しときます」
「今一番、大切なことはな」と言葉を切った冬樹が、続けた。「人形がどうのこうのやのうて、秋恵ちゃんが人形の中に入ってもてるって事実や。僕らはそれを目の前で見てるんやで?」
「そら、見れば分かりますよ。でも、どうすればええんです? 何をすれば秋恵ちゃんを元に戻せるんか、僕にはさっぱり……」
「とりあえず、このことは他言無用やな」
「ええ、それがベストやと思います」
「──秋恵ちゃん」
と、冬樹が人形に向かって言った。それを見た春平は、フッと、この状況を客観視した。
遠間から見ればかなりマズい光景に見えるが、人形が「は、はい」と受け答えするのを見れば、相手の印象も吹き飛んでしまうに違いないだろう。
「昨日」と冬樹。「春平君に人形、渡さんかったんか?」
「えっと…… それが……」
「実は」春平が気まずそうに言った。「昨日、夕飯前に取りに来たんですよ。でも、紙袋の取っ手が破れたと言うか、抜けてもたというか……
そんな感じでガラスケースを入れる袋を探してたんですが、ちょうど夕飯やから集合っていう部長からの連絡が来たんで、食べおわってから取りに行くってことになったんですけど……」
「忘れてもた、と」
「ええ、まぁ…… 面目ないです……」
「まぁ、それが原因でこうなった、なんてことあり得へんやろう。それよりも秋恵ちゃんに訊きたいことあんねん」
女形人形の秋恵が、その小さい首をかしげた。
「確か、壁に光が映りこんでて、気になったんで窓へ寄って…… そこから急に意識がのうなってもたんよな?」
「はい、そうなんです…… 皐月先輩が起きそうになかったんで、とにかく人形だけでもズラそうと思って…… それで、変に明るいから、堤防の方を見てたら……」
涙声で話す秋恵を気の毒そうに見つめる春平が、
「光ってなんですかね?」と、窓の方を見ながら言った。
「ちょっと見てみよか」
そう言って立ちあがった冬樹が、窓へ寄って外を眺めはじめた。
「ぶ、部長!」春平も立ちあがる。「危ないですって!」
「まぁ、実際に見てみやんと分からんさけ…… ここから堤防を見てたんよね? 秋恵ちゃん」
「はい……」
キョロキョロと見渡す冬樹の目が、急に細くなった。
「部長?」
「春平君」と、振りかえる冬樹。「ちょっと来て。あそこの堤防の上、見てみぃ」
春平が冬樹の指差す先を探しだした。そして「あっ」と驚く。
堤防の上には、人形が乗っていた。それから、人形の隣には鏡があるようで、それが日の光でチカッと輝いている。
「なんで、あんなところに……」
「あの人形、なんか持ってないか? 光っとると言うか……」
「え?」
春平が冬樹を一瞥してから、窓と睨めっこし始めた。
「僕にはちょっと分からないです……」
「秋恵ちゃん」冬樹が振り返る。「壁に映った光ってどんな形やったん?」
「多分…… 半円やったと思います」
冬樹が突然、部屋の出入り口へ向かって歩きだした。
「どうしたんです?」と春平。
「あの人形、回収してくるわ」
「ちょ、ちょっと部長!」
突然、携帯端末の着信音が鳴った。音の出所は冬樹のポケットだ。
「あ~、クソ。この忙しいときに……」
携帯端末の画面から春平へ視線を移した冬樹が、「すまん」と言ってきた。
「堤防の人形、回収してきて」
「えっ!?」と、自分の顔を指差す。「ぼ、僕がですか?」
「しゃーないやろ?」
そう言った冬樹が、携帯端末に耳を当てていた。その一連の素っ気なさが春平には理不尽に思えたから、不服そうな顔で冬樹を見ていた。
不意に秋恵の姿が視界に入ったので、そちらへ視点を合わせる。
彼女──と言っても人形の姿だが、それでも懇願の眼差しでこちらを見ているような、そんな雰囲気を充分に出していた。
哀れと罪悪のダブルパンチを受けた春平は、
「あ、安心せぇ秋恵ちゃん。すぐ元に戻しちゃるから」
と言って、部屋からそそくさ出ていった。
外から熊蝉の声や、青空からの光が容赦なく入ってくる。
布団が二枚しかれており、片方には皐月が横たわっていた。
少し日焼けしている春平と冬樹の額に汗が滲んでる。
春平がハンカチで汗を拭うと、冬樹が両腕を組んで人形を観察してから、
「春平君」
と、彼を見た。
「どうしよう?」
「どうと言われても……」
ハンカチを仕舞って項をかいた春平が、視線を人形へ戻した。
「なんでこうなってもたんか、見当も付きません……」
「しゃーない」冬樹が膝を打った。「もうちょい、昨日のこと思いだしてみよか」
「そうですね…… それがええと思います」
二人は昨日のことを順番に、丁寧に思い出した。
多少、漫才のようなやり取りもあったが、無事に思い出してからしばらくして、
「現実にこんなこと起こるなんて……」
と、春平が頭を強くかいて唐突に言った。
「ほっぺた、つねったろか?」
「い、いいです、遠慮しときます」
「今一番、大切なことはな」と言葉を切った冬樹が、続けた。「人形がどうのこうのやのうて、秋恵ちゃんが人形の中に入ってもてるって事実や。僕らはそれを目の前で見てるんやで?」
「そら、見れば分かりますよ。でも、どうすればええんです? 何をすれば秋恵ちゃんを元に戻せるんか、僕にはさっぱり……」
「とりあえず、このことは他言無用やな」
「ええ、それがベストやと思います」
「──秋恵ちゃん」
と、冬樹が人形に向かって言った。それを見た春平は、フッと、この状況を客観視した。
遠間から見ればかなりマズい光景に見えるが、人形が「は、はい」と受け答えするのを見れば、相手の印象も吹き飛んでしまうに違いないだろう。
「昨日」と冬樹。「春平君に人形、渡さんかったんか?」
「えっと…… それが……」
「実は」春平が気まずそうに言った。「昨日、夕飯前に取りに来たんですよ。でも、紙袋の取っ手が破れたと言うか、抜けてもたというか……
そんな感じでガラスケースを入れる袋を探してたんですが、ちょうど夕飯やから集合っていう部長からの連絡が来たんで、食べおわってから取りに行くってことになったんですけど……」
「忘れてもた、と」
「ええ、まぁ…… 面目ないです……」
「まぁ、それが原因でこうなった、なんてことあり得へんやろう。それよりも秋恵ちゃんに訊きたいことあんねん」
女形人形の秋恵が、その小さい首をかしげた。
「確か、壁に光が映りこんでて、気になったんで窓へ寄って…… そこから急に意識がのうなってもたんよな?」
「はい、そうなんです…… 皐月先輩が起きそうになかったんで、とにかく人形だけでもズラそうと思って…… それで、変に明るいから、堤防の方を見てたら……」
涙声で話す秋恵を気の毒そうに見つめる春平が、
「光ってなんですかね?」と、窓の方を見ながら言った。
「ちょっと見てみよか」
そう言って立ちあがった冬樹が、窓へ寄って外を眺めはじめた。
「ぶ、部長!」春平も立ちあがる。「危ないですって!」
「まぁ、実際に見てみやんと分からんさけ…… ここから堤防を見てたんよね? 秋恵ちゃん」
「はい……」
キョロキョロと見渡す冬樹の目が、急に細くなった。
「部長?」
「春平君」と、振りかえる冬樹。「ちょっと来て。あそこの堤防の上、見てみぃ」
春平が冬樹の指差す先を探しだした。そして「あっ」と驚く。
堤防の上には、人形が乗っていた。それから、人形の隣には鏡があるようで、それが日の光でチカッと輝いている。
「なんで、あんなところに……」
「あの人形、なんか持ってないか? 光っとると言うか……」
「え?」
春平が冬樹を一瞥してから、窓と睨めっこし始めた。
「僕にはちょっと分からないです……」
「秋恵ちゃん」冬樹が振り返る。「壁に映った光ってどんな形やったん?」
「多分…… 半円やったと思います」
冬樹が突然、部屋の出入り口へ向かって歩きだした。
「どうしたんです?」と春平。
「あの人形、回収してくるわ」
「ちょ、ちょっと部長!」
突然、携帯端末の着信音が鳴った。音の出所は冬樹のポケットだ。
「あ~、クソ。この忙しいときに……」
携帯端末の画面から春平へ視線を移した冬樹が、「すまん」と言ってきた。
「堤防の人形、回収してきて」
「えっ!?」と、自分の顔を指差す。「ぼ、僕がですか?」
「しゃーないやろ?」
そう言った冬樹が、携帯端末に耳を当てていた。その一連の素っ気なさが春平には理不尽に思えたから、不服そうな顔で冬樹を見ていた。
不意に秋恵の姿が視界に入ったので、そちらへ視点を合わせる。
彼女──と言っても人形の姿だが、それでも懇願の眼差しでこちらを見ているような、そんな雰囲気を充分に出していた。
哀れと罪悪のダブルパンチを受けた春平は、
「あ、安心せぇ秋恵ちゃん。すぐ元に戻しちゃるから」
と言って、部屋からそそくさ出ていった。
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