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今度こそ捕まえてやる……
春平は高揚する気持ちを胸に秘め、そう誓った。
――神社のときは油断したのだ。
今度は罵詈雑言を浴びようが、暴漢よばわりされようが、冬樹と合流するまでのあいだ、どこかに監禁してでも捕まえておかねばならない。
捕まえて秋恵を安心させ、元に戻してから、人形をとっとと処分しなければならない。そして、いつもの日常に戻らねば……
浜辺と宿泊施設のような廃虚、沼地を横目に見ながら歩きつつそんなことを考えていると、看板が見えてきた。そこには『第二砲台跡』とあった。
春平は地図でその場所を確認し、SNSで冬樹へ、灯台に行くというメッセージを送って、すぐに第二砲台跡へと向かった。もしかすると、灯台からこちらへ移動しているのかもしれない、と考えたからだ。
遠目にも見えていたが、ハッキリと煉瓦造りの建物が現れた。所々 が崩落し、蔦が壁を這っている。状態としては、かなり損傷していると言えた。
要塞だというから仰々しい廃墟を想像していた春平は、廃虚というより遺跡と言えそうな、その景観を眺めていた。無論、崩れ掛けの建物を眺めているわけではなく、人がいるか、いないかを確認していただけである。
幸か不幸か、誰もいないから踵を返す。
もし、彼女があのような廃虚の、しかも崩落している場所に隠れていたら…… どうすれば良いのか。
春平は灯台方面への道すがら、不意に浮かんだこの不安が、頭から離れなかった。
狭くて急な悪路の坂道をしばらく上る。
じきに灯台が見えてきた。想像していたよりも小さい。
敷地内へ入って、灯台の周囲をぐるっと回ってみる。
灯台の、本来の入り口らしき場所に建っている石柱には『友ケ島灯台』と書いてあり、くだりの坂道を行くと、鉄門で封鎖されたトンネルがあった。
まさか、この中に居るなんてことは……
そう思った春平は、汗をぬぐいながら「さすがに無理やろ」と言いきかせるように呟いて、灯台へ戻り、周囲の探索を再開した。
木々が生い茂っているせいで、周辺の地形がよく分からない。それに蝉がうるさくて、気配を察知しにくい。
灯台だから見晴らしが良いに違いない、と思っていたが、それは淡路島などの遠景を望むときであって、近場を見下ろすには適さない場所だった。
落胆しながら灯台の裏手まで来ると、廃虚なのか遺跡なのか分からない、例の煉瓦造りの建物がひっそりと埋まっているのが見えた。埋まっていると言うよりも、埋めて隠してあると言うべきか。
「ホンマに日本か、ここは……」
春平が面倒くさそうにつぶやいて前を向くと、眼前に広がる、淡路島の青い影を見つめだした。
――今日も天気が良いのでしっかりと見える。むしろ天気が良すぎて、汗が止まらない。心無しか、蝉の鳴き声が増している気がする。
彼はポケットからペットボトルを取りだし、喉をうるおした。中の飲料水はすっかり、ぬるくなっている。
蓋を閉めて、額を前腕でぬぐってから、ポケットにペットボトルを突っ込んだ。
不意に人の声がしてくる。
坂道を上ってくる二人組みの男女が、茂みの中からひょっこりと現れたのを春平は見つけた。
「見落としてたかぁ……」
そう言って、彼は地図を広げた。
どうやら近くに広場があるらしい。名前を子午線広場と言うから、標準時線が通っている場所なのだろう。
とりあえず、廃虚内の探索は冬樹と合流してからでいいだろうと結論付けた彼は、子午線広場へと続く坂道と階段を下りていく。
「あっ……!」
ほとんど期待していなかったから、秋恵の背中を見つけた春平の喜びも、一入であった。
背後をこちらに見せている彼女は、広場の端にいて、淡路島方面を眺めている。
さすがの彼女も、立入禁止の廃虚へ立ちいるようなマネはしなかったようである。
あとはバレないように近付いて──……
「あっ」
「ゲッ!」
思わず声をあげてしまった。
彼女は彼女で、振りかえった先に春平がいたせいか、珍しく動揺し、たじろいでいる。
「鬼ごっこは終わりやッ!」
とにかく先手を打とうと、春平がすぐに言った。
「シュンちゃんって、意外としつこいんだね」
「しつこくさせてるんは一〇〇%、お前が原因やぞ」
「そっとしておいてよ」
「アカン。秋恵の体を返してもらうまではな」
「シュンちゃん、マユちゃんからその子に乗りかえたの?」
「それ、わざと言うてるんか?」
「だって、こんなところまで追いかけてくるんだもん」
「お前が家に帰ろうと、間違って船に乗ったさけな。迎えに行かな一生、帰れやんようになってまうわ」
彼女が黙りこんだ。それを見た春平は気を良くした。
「お前がよう知っとるんはマユちゃんの部屋か、おばあちゃんの部屋くらいやもんな」
「それ、分かってて言ってるんでしょ?」
「さっきのお返しや。とにかく、ここは危ない島なんや」
「シュンちゃんにとっては…… でしょ?」
「せやからこそ、お前が乗っ取ってる体にとっても危ない場所やねん。あくまでもその体は秋恵のであって、お前の本体は人形やろ」
「…………」
「もうええやろ? 秋恵ちゃんがどれだけ不安な気持ちで──」
「私、戻らないから」
春平の眉根が寄った。
「戻らんのやったら、どないするつもりや? ここは無人島やぞ?」
「シュンちゃんが居なくなったら、船に乗ってかえる」
「一緒に帰っても同じやろ」
「全然。『体返せ、返せ』って、うるさくないから」
「なんでそうまでして秋恵ちゃんの体にこだわるん? 何か恨みでもあるんか?」
「シュンちゃんに言っても分からないと思う」
「言ってくれやんと分かるか分からんかさえ、判断できんやろ」
「私、戻らないから」
「同じこと──」
彼女が走りだした。
「あっ! クソッ!!」
慌てて春平が追いかけた。
春平は高揚する気持ちを胸に秘め、そう誓った。
――神社のときは油断したのだ。
今度は罵詈雑言を浴びようが、暴漢よばわりされようが、冬樹と合流するまでのあいだ、どこかに監禁してでも捕まえておかねばならない。
捕まえて秋恵を安心させ、元に戻してから、人形をとっとと処分しなければならない。そして、いつもの日常に戻らねば……
浜辺と宿泊施設のような廃虚、沼地を横目に見ながら歩きつつそんなことを考えていると、看板が見えてきた。そこには『第二砲台跡』とあった。
春平は地図でその場所を確認し、SNSで冬樹へ、灯台に行くというメッセージを送って、すぐに第二砲台跡へと向かった。もしかすると、灯台からこちらへ移動しているのかもしれない、と考えたからだ。
遠目にも見えていたが、ハッキリと煉瓦造りの建物が現れた。所々 が崩落し、蔦が壁を這っている。状態としては、かなり損傷していると言えた。
要塞だというから仰々しい廃墟を想像していた春平は、廃虚というより遺跡と言えそうな、その景観を眺めていた。無論、崩れ掛けの建物を眺めているわけではなく、人がいるか、いないかを確認していただけである。
幸か不幸か、誰もいないから踵を返す。
もし、彼女があのような廃虚の、しかも崩落している場所に隠れていたら…… どうすれば良いのか。
春平は灯台方面への道すがら、不意に浮かんだこの不安が、頭から離れなかった。
狭くて急な悪路の坂道をしばらく上る。
じきに灯台が見えてきた。想像していたよりも小さい。
敷地内へ入って、灯台の周囲をぐるっと回ってみる。
灯台の、本来の入り口らしき場所に建っている石柱には『友ケ島灯台』と書いてあり、くだりの坂道を行くと、鉄門で封鎖されたトンネルがあった。
まさか、この中に居るなんてことは……
そう思った春平は、汗をぬぐいながら「さすがに無理やろ」と言いきかせるように呟いて、灯台へ戻り、周囲の探索を再開した。
木々が生い茂っているせいで、周辺の地形がよく分からない。それに蝉がうるさくて、気配を察知しにくい。
灯台だから見晴らしが良いに違いない、と思っていたが、それは淡路島などの遠景を望むときであって、近場を見下ろすには適さない場所だった。
落胆しながら灯台の裏手まで来ると、廃虚なのか遺跡なのか分からない、例の煉瓦造りの建物がひっそりと埋まっているのが見えた。埋まっていると言うよりも、埋めて隠してあると言うべきか。
「ホンマに日本か、ここは……」
春平が面倒くさそうにつぶやいて前を向くと、眼前に広がる、淡路島の青い影を見つめだした。
――今日も天気が良いのでしっかりと見える。むしろ天気が良すぎて、汗が止まらない。心無しか、蝉の鳴き声が増している気がする。
彼はポケットからペットボトルを取りだし、喉をうるおした。中の飲料水はすっかり、ぬるくなっている。
蓋を閉めて、額を前腕でぬぐってから、ポケットにペットボトルを突っ込んだ。
不意に人の声がしてくる。
坂道を上ってくる二人組みの男女が、茂みの中からひょっこりと現れたのを春平は見つけた。
「見落としてたかぁ……」
そう言って、彼は地図を広げた。
どうやら近くに広場があるらしい。名前を子午線広場と言うから、標準時線が通っている場所なのだろう。
とりあえず、廃虚内の探索は冬樹と合流してからでいいだろうと結論付けた彼は、子午線広場へと続く坂道と階段を下りていく。
「あっ……!」
ほとんど期待していなかったから、秋恵の背中を見つけた春平の喜びも、一入であった。
背後をこちらに見せている彼女は、広場の端にいて、淡路島方面を眺めている。
さすがの彼女も、立入禁止の廃虚へ立ちいるようなマネはしなかったようである。
あとはバレないように近付いて──……
「あっ」
「ゲッ!」
思わず声をあげてしまった。
彼女は彼女で、振りかえった先に春平がいたせいか、珍しく動揺し、たじろいでいる。
「鬼ごっこは終わりやッ!」
とにかく先手を打とうと、春平がすぐに言った。
「シュンちゃんって、意外としつこいんだね」
「しつこくさせてるんは一〇〇%、お前が原因やぞ」
「そっとしておいてよ」
「アカン。秋恵の体を返してもらうまではな」
「シュンちゃん、マユちゃんからその子に乗りかえたの?」
「それ、わざと言うてるんか?」
「だって、こんなところまで追いかけてくるんだもん」
「お前が家に帰ろうと、間違って船に乗ったさけな。迎えに行かな一生、帰れやんようになってまうわ」
彼女が黙りこんだ。それを見た春平は気を良くした。
「お前がよう知っとるんはマユちゃんの部屋か、おばあちゃんの部屋くらいやもんな」
「それ、分かってて言ってるんでしょ?」
「さっきのお返しや。とにかく、ここは危ない島なんや」
「シュンちゃんにとっては…… でしょ?」
「せやからこそ、お前が乗っ取ってる体にとっても危ない場所やねん。あくまでもその体は秋恵のであって、お前の本体は人形やろ」
「…………」
「もうええやろ? 秋恵ちゃんがどれだけ不安な気持ちで──」
「私、戻らないから」
春平の眉根が寄った。
「戻らんのやったら、どないするつもりや? ここは無人島やぞ?」
「シュンちゃんが居なくなったら、船に乗ってかえる」
「一緒に帰っても同じやろ」
「全然。『体返せ、返せ』って、うるさくないから」
「なんでそうまでして秋恵ちゃんの体にこだわるん? 何か恨みでもあるんか?」
「シュンちゃんに言っても分からないと思う」
「言ってくれやんと分かるか分からんかさえ、判断できんやろ」
「私、戻らないから」
「同じこと──」
彼女が走りだした。
「あっ! クソッ!!」
慌てて春平が追いかけた。
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