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「秋恵……」

 春平は気の抜けた顔で、燃えている三体の人形を見下ろしていた。
 そこへ急に、光線系の強いライトが差し込んできた。四車線道路の脇に止めてある消防車からのようだ。

「シュンちゃ~ん……!!」

 ハッと、春平が我に返った。

「春平クゥ~ン……!!」と、冬樹の叫び声も聞こえた。「もう大丈夫やァ~……!! 梯子はしごそっち行くでェ~……!!」

 遠目に冬樹と夏美の姿があった。
 春平が二人の姿をぼんやり見ていると、不意に背後から、男の軽い悲鳴が聞こえてくる。

 振りかえると、後ずさりしたタカシが「クソッ……!」と言っていた。

「まだいやがるぞッ!!」

 タカシの様子がおかしい。
 そもそも、タカシもサチコも白髪しらがは無かったはずだ。

「こっちに来てるわよッ! どうするのッ?!」
「足下のヤツらを食い止めろ坊主ぼうずッ! 殺されるぞッ!!」

 足下には何もいない。ネコも犬も、虫も人形もいない。

「何言うてるんや、お前ら……」

 つぶやくように言ってすぐ、

「あぁ…… そうか」と納得した。納得してすぐに、彼のうちに憎悪ぞうおが湧いてきた。

 足下に有機物はいないけれど、ライトの光で輝く無機物――ガラス破片があった。彼はそれに目をめていた。例の、殺しに来た人形が手放した物なのか、最初からあったのかは定かでは無い。

 ガラスの破片を拾いあげた春平が、彼らに反射光が届くように角度を調節した。

「なんだ……!?」

 タカシがまぶしそうに言うと、

「まだ人形、見えるか?」と、春平が尋ねる。「見えとるんか?」

 外野の騒音だけが流れた。

「これだけは教えといちゃるわ」と春平。「お前ら、あの鏡の光あびたんやろ?」

 タカシの片眉が釣りあがる。
 逆に、春平が笑みを浮かべていた。
 あざけりと言うより、哀れみの色が濃い。諦観ていかんの笑みだった。そこにはもう、憎悪ぞうおの色は無い。

「まぁ、お前らに同情する気はさらさら無いけどな」
「なんだ……」

 タカシが春平に迫っていく。しかし、明らかに怯えていた。

「いったいなんだ……! なんだって言うんだッ!?」
「この世のモンが浴びたらアカン光や」

 春平が素っ気なく、しかし低い声音こわねでハッキリ言った。

「よう考えてみぃ。
 動くはずの無い人形が、さつりくのためだけに動きまわるなんてあり得へんやろ? それをさせる光が体にええわけない。心にもな……!」

 タカシの顔がさっきよりも青ざめていた。しかし、春平はしゃべるのをやめなかった。

「僕をつき落として、被害者づらするつもりやったんやろ? せやけどな、僕の先輩や友達が来てるさけ、お前らがやったってすぐにバレるぞ? お前らが住之江で襲ってきたってことは言うてあるしな。
 それに、僕を殺せたところでお前らはもう助かる道、無いんや。自分らでその道、塞いでしもうたんやさけ」

 春平がガラスを伏せる。
 タカシとサチコがまた悲鳴をあげて、後退あとずさっていた。

「こういうことや」

 春平が言って、またガラスの反射光を浴びせた。

「人形を動かしたんはお前らやろ? その人形に襲われたんは夢ちゃうぞ? もう、夢も現実も分からんか?」

 また沈黙が流れる。

「僕にはなんも見えてへん。感じもせぇへん…… せやけど、お前らだけには見えてるし、感じてる……」

 タカシが固唾からずをのんでいた。

「これがどういう意味か、分かるか? あいつらはもう、見てんねん」

 タカシは他にも何か言おうと口をパクパクしていたが、言葉が出てこない様子で、不意に頭を抱えたかと思うと、急にトボトボ歩きだした。

 サチコはいつの間にか座りこんでいる。
 春平が座りこんでいるサチコを見ていると、突然、

「もうおしまいだ、何もかもッ!」

 と、タカシの怒鳴り声がしたから、彼の方を見やった。

「お前がこんなことを考えたからだぞッ!」
「は? 私? 私独りのせいだって言うのッ!?」

 サチコが立ちあがりつつ怒鳴った。

「だから言ったんだ!」とタカシ。「嫌な予感がするってな! 無駄に欲を出すからこうなるんだッ!」
「あんただって乗り気だったでしょッ!? なんであたしのせいみたいに言ってるわけッ!?」と、タカシを指差す。

「人形を盗めと言ったのはお前だぞ!」
「元々、私たちの物なんだから返してもらっただけよッ! あんたもそれで納得したじゃない!」
「納得したさッ! 最初のヤツを売り払うってところまではなッ!」

うそつくなクソ男ッ! 人形を動かして売るって言ったときの顔、忘れてないわよッ!? うれしそうにしてたクセにッ!」
「お前がそう見てたってだけの話だろうがッ!」

「そもそも、あんたが全部わるいのよッ! これは高く売れるとか言ってフリマで買ったりするからッ! あれが全ての元凶じゃないッ!」
「金になるんじゃないかって言って、お前から持ちかけてきたんだろッ!」

「もうええわッ!!」

 春平が割って入る。

「責任転嫁てんかの合戦は独房でやってろッ!!」
「ちょっと……!」サチコが、春平の行動を見て言った。

 彼は持っていたガラスを高々と振りあげている。

「アンタ、何する気よ……!?」
「おい、バカッ! やめろッ!!」

 タカシが叫ぶも、春平はガラスを地面へ叩きつけた。当然、音を立てて粉々に割れる。
 二人はしばらく割れたガラス片を見ていたらしかったが、春平を見るや否や、急に叫んで、腰を抜かした。

「なんだ、コイツら……!」

 タカシがそう言うと、サチコがいきなり立ちあがって逃げ出した。

「ま、待てサチコッ!!」

 彼女は制止を振り切って走り、屋上のふちへ行くと、そこからぶら下がった。
 外野からどよめきが聞こえてくる。
 彼女の手が離れると、悲鳴が起こって、その悲鳴がすぐさま消えた。

 一方のタカシは、立ちあがると走って屋上のふちに向かい、そこから勢いよく飛んで、闇夜の底へと吸い込まれていった。
 何かがへこむ音と、ガラスがひび割れる音が聞こえてくる。そしてタカシの叫び声が、遠間から薄らと聞こえて、どんどん遠退とおのいていった。

 やがて、たくさんの足音が聞こえてくる。

 春平が振り返ると、数人の消防団の姿があった。どうやらようやく、梯子はしごで屋上に登ってこられたらしい。

はくぎょくろうちゅうの人と化す……」

 遠くに見えるしゅ色の車両や、消防団員が着ている赤だいだい色の防火服を見ながら、春平が無意識につぶやいていた。
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