66 / 70
65
しおりを挟む
「秋恵……」
春平は気の抜けた顔で、燃えている三体の人形を見下ろしていた。
そこへ急に、光線系の強いライトが差し込んできた。四車線道路の脇に止めてある消防車からのようだ。
「シュンちゃ~ん……!!」
ハッと、春平が我に返った。
「春平クゥ~ン……!!」と、冬樹の叫び声も聞こえた。「もう大丈夫やァ~……!! 梯子そっち行くでェ~……!!」
遠目に冬樹と夏美の姿があった。
春平が二人の姿をぼんやり見ていると、不意に背後から、男の軽い悲鳴が聞こえてくる。
振りかえると、後ずさりしたタカシが「クソッ……!」と言っていた。
「まだいやがるぞッ!!」
タカシの様子がおかしい。
そもそも、タカシもサチコも白髪は無かったはずだ。
「こっちに来てるわよッ! どうするのッ?!」
「足下のヤツらを食い止めろ坊主ッ! 殺されるぞッ!!」
足下には何もいない。ネコも犬も、虫も人形もいない。
「何言うてるんや、お前ら……」
呟くように言ってすぐ、
「あぁ…… そうか」と納得した。納得してすぐに、彼のうちに憎悪が湧いてきた。
足下に有機物はいないけれど、ライトの光で輝く無機物――ガラス破片があった。彼はそれに目を留めていた。例の、殺しに来た人形が手放した物なのか、最初からあったのかは定かでは無い。
ガラスの破片を拾いあげた春平が、彼らに反射光が届くように角度を調節した。
「なんだ……!?」
タカシが眩しそうに言うと、
「まだ人形、見えるか?」と、春平が尋ねる。「見えとるんか?」
外野の騒音だけが流れた。
「これだけは教えといちゃるわ」と春平。「お前ら、あの鏡の光あびたんやろ?」
タカシの片眉が釣りあがる。
逆に、春平が笑みを浮かべていた。
嘲りと言うより、哀れみの色が濃い。諦観の笑みだった。そこにはもう、憎悪の色は無い。
「まぁ、お前らに同情する気はさらさら無いけどな」
「なんだ……」
タカシが春平に迫っていく。しかし、明らかに怯えていた。
「いったいなんだ……! なんだって言うんだッ!?」
「この世のモンが浴びたらアカン光や」
春平が素っ気なく、しかし低い声音でハッキリ言った。
「よう考えてみぃ。
動くはずの無い人形が、殺戮のためだけに動きまわるなんてあり得へんやろ? それをさせる光が体にええわけない。心にもな……!」
タカシの顔がさっきよりも青ざめていた。しかし、春平は喋るのをやめなかった。
「僕をつき落として、被害者面するつもりやったんやろ? せやけどな、僕の先輩や友達が来てるさけ、お前らがやったってすぐにバレるぞ? お前らが住之江で襲ってきたってことは言うてあるしな。
それに、僕を殺せたところでお前らはもう助かる道、無いんや。自分らでその道、塞いでしもうたんやさけ」
春平がガラスを伏せる。
タカシとサチコがまた悲鳴をあげて、後退っていた。
「こういうことや」
春平が言って、またガラスの反射光を浴びせた。
「人形を動かしたんはお前らやろ? その人形に襲われたんは夢ちゃうぞ? もう、夢も現実も分からんか?」
また沈黙が流れる。
「僕には何も見えてへん。感じもせぇへん…… せやけど、お前らだけには見えてるし、感じてる……」
タカシが固唾をのんでいた。
「これがどういう意味か、分かるか? あいつらはもう、お前らだけを見てんねん」
タカシは他にも何か言おうと口をパクパクしていたが、言葉が出てこない様子で、不意に頭を抱えたかと思うと、急にトボトボ歩きだした。
サチコはいつの間にか座りこんでいる。
春平が座りこんでいるサチコを見ていると、突然、
「もうお終いだ、何もかもッ!」
と、タカシの怒鳴り声がしたから、彼の方を見やった。
「お前がこんなことを考えたからだぞッ!」
「は? 私? 私独りのせいだって言うのッ!?」
サチコが立ちあがりつつ怒鳴った。
「だから言ったんだ!」とタカシ。「嫌な予感がするってな! 無駄に欲を出すからこうなるんだッ!」
「あんただって乗り気だったでしょッ!? なんであたしのせいみたいに言ってるわけッ!?」と、タカシを指差す。
「人形を盗めと言ったのはお前だぞ!」
「元々、私たちの物なんだから返してもらっただけよッ! あんたもそれで納得したじゃない!」
「納得したさッ! 最初のヤツを売り払うってところまではなッ!」
「嘘つくなクソ男ッ! 人形を動かして売るって言ったときの顔、忘れてないわよッ!? 嬉しそうにしてたクセにッ!」
「お前がそう見てたってだけの話だろうがッ!」
「そもそも、あんたが全部わるいのよッ! これは高く売れるとか言ってフリマで買ったりするからッ! あれが全ての元凶じゃないッ!」
「金になるんじゃないかって言って、お前から持ちかけてきたんだろッ!」
「もうええわッ!!」
春平が割って入る。
「責任転嫁の合戦は独房でやってろッ!!」
「ちょっと……!」サチコが、春平の行動を見て言った。
彼は持っていたガラスを高々と振りあげている。
「アンタ、何する気よ……!?」
「おい、バカッ! やめろッ!!」
タカシが叫ぶも、春平はガラスを地面へ叩きつけた。当然、音を立てて粉々に割れる。
二人はしばらく割れたガラス片を見ていたらしかったが、春平を見るや否や、急に叫んで、腰を抜かした。
「なんだ、コイツら……!」
タカシがそう言うと、サチコがいきなり立ちあがって逃げ出した。
「ま、待てサチコッ!!」
彼女は制止を振り切って走り、屋上の縁へ行くと、そこからぶら下がった。
外野からどよめきが聞こえてくる。
彼女の手が離れると、悲鳴が起こって、その悲鳴がすぐさま消えた。
一方のタカシは、立ちあがると走って屋上の縁に向かい、そこから勢いよく飛んで、闇夜の底へと吸い込まれていった。
何かが凹む音と、ガラスがひび割れる音が聞こえてくる。そしてタカシの叫び声が、遠間から薄らと聞こえて、どんどん遠退いていった。
やがて、たくさんの足音が聞こえてくる。
春平が振り返ると、数人の消防団の姿があった。どうやらようやく、梯子で屋上に登ってこられたらしい。
「白玉楼中の人と化す……」
遠くに見える朱色の車両や、消防団員が着ている赤橙色の防火服を見ながら、春平が無意識に呟いていた。
春平は気の抜けた顔で、燃えている三体の人形を見下ろしていた。
そこへ急に、光線系の強いライトが差し込んできた。四車線道路の脇に止めてある消防車からのようだ。
「シュンちゃ~ん……!!」
ハッと、春平が我に返った。
「春平クゥ~ン……!!」と、冬樹の叫び声も聞こえた。「もう大丈夫やァ~……!! 梯子そっち行くでェ~……!!」
遠目に冬樹と夏美の姿があった。
春平が二人の姿をぼんやり見ていると、不意に背後から、男の軽い悲鳴が聞こえてくる。
振りかえると、後ずさりしたタカシが「クソッ……!」と言っていた。
「まだいやがるぞッ!!」
タカシの様子がおかしい。
そもそも、タカシもサチコも白髪は無かったはずだ。
「こっちに来てるわよッ! どうするのッ?!」
「足下のヤツらを食い止めろ坊主ッ! 殺されるぞッ!!」
足下には何もいない。ネコも犬も、虫も人形もいない。
「何言うてるんや、お前ら……」
呟くように言ってすぐ、
「あぁ…… そうか」と納得した。納得してすぐに、彼のうちに憎悪が湧いてきた。
足下に有機物はいないけれど、ライトの光で輝く無機物――ガラス破片があった。彼はそれに目を留めていた。例の、殺しに来た人形が手放した物なのか、最初からあったのかは定かでは無い。
ガラスの破片を拾いあげた春平が、彼らに反射光が届くように角度を調節した。
「なんだ……!?」
タカシが眩しそうに言うと、
「まだ人形、見えるか?」と、春平が尋ねる。「見えとるんか?」
外野の騒音だけが流れた。
「これだけは教えといちゃるわ」と春平。「お前ら、あの鏡の光あびたんやろ?」
タカシの片眉が釣りあがる。
逆に、春平が笑みを浮かべていた。
嘲りと言うより、哀れみの色が濃い。諦観の笑みだった。そこにはもう、憎悪の色は無い。
「まぁ、お前らに同情する気はさらさら無いけどな」
「なんだ……」
タカシが春平に迫っていく。しかし、明らかに怯えていた。
「いったいなんだ……! なんだって言うんだッ!?」
「この世のモンが浴びたらアカン光や」
春平が素っ気なく、しかし低い声音でハッキリ言った。
「よう考えてみぃ。
動くはずの無い人形が、殺戮のためだけに動きまわるなんてあり得へんやろ? それをさせる光が体にええわけない。心にもな……!」
タカシの顔がさっきよりも青ざめていた。しかし、春平は喋るのをやめなかった。
「僕をつき落として、被害者面するつもりやったんやろ? せやけどな、僕の先輩や友達が来てるさけ、お前らがやったってすぐにバレるぞ? お前らが住之江で襲ってきたってことは言うてあるしな。
それに、僕を殺せたところでお前らはもう助かる道、無いんや。自分らでその道、塞いでしもうたんやさけ」
春平がガラスを伏せる。
タカシとサチコがまた悲鳴をあげて、後退っていた。
「こういうことや」
春平が言って、またガラスの反射光を浴びせた。
「人形を動かしたんはお前らやろ? その人形に襲われたんは夢ちゃうぞ? もう、夢も現実も分からんか?」
また沈黙が流れる。
「僕には何も見えてへん。感じもせぇへん…… せやけど、お前らだけには見えてるし、感じてる……」
タカシが固唾をのんでいた。
「これがどういう意味か、分かるか? あいつらはもう、お前らだけを見てんねん」
タカシは他にも何か言おうと口をパクパクしていたが、言葉が出てこない様子で、不意に頭を抱えたかと思うと、急にトボトボ歩きだした。
サチコはいつの間にか座りこんでいる。
春平が座りこんでいるサチコを見ていると、突然、
「もうお終いだ、何もかもッ!」
と、タカシの怒鳴り声がしたから、彼の方を見やった。
「お前がこんなことを考えたからだぞッ!」
「は? 私? 私独りのせいだって言うのッ!?」
サチコが立ちあがりつつ怒鳴った。
「だから言ったんだ!」とタカシ。「嫌な予感がするってな! 無駄に欲を出すからこうなるんだッ!」
「あんただって乗り気だったでしょッ!? なんであたしのせいみたいに言ってるわけッ!?」と、タカシを指差す。
「人形を盗めと言ったのはお前だぞ!」
「元々、私たちの物なんだから返してもらっただけよッ! あんたもそれで納得したじゃない!」
「納得したさッ! 最初のヤツを売り払うってところまではなッ!」
「嘘つくなクソ男ッ! 人形を動かして売るって言ったときの顔、忘れてないわよッ!? 嬉しそうにしてたクセにッ!」
「お前がそう見てたってだけの話だろうがッ!」
「そもそも、あんたが全部わるいのよッ! これは高く売れるとか言ってフリマで買ったりするからッ! あれが全ての元凶じゃないッ!」
「金になるんじゃないかって言って、お前から持ちかけてきたんだろッ!」
「もうええわッ!!」
春平が割って入る。
「責任転嫁の合戦は独房でやってろッ!!」
「ちょっと……!」サチコが、春平の行動を見て言った。
彼は持っていたガラスを高々と振りあげている。
「アンタ、何する気よ……!?」
「おい、バカッ! やめろッ!!」
タカシが叫ぶも、春平はガラスを地面へ叩きつけた。当然、音を立てて粉々に割れる。
二人はしばらく割れたガラス片を見ていたらしかったが、春平を見るや否や、急に叫んで、腰を抜かした。
「なんだ、コイツら……!」
タカシがそう言うと、サチコがいきなり立ちあがって逃げ出した。
「ま、待てサチコッ!!」
彼女は制止を振り切って走り、屋上の縁へ行くと、そこからぶら下がった。
外野からどよめきが聞こえてくる。
彼女の手が離れると、悲鳴が起こって、その悲鳴がすぐさま消えた。
一方のタカシは、立ちあがると走って屋上の縁に向かい、そこから勢いよく飛んで、闇夜の底へと吸い込まれていった。
何かが凹む音と、ガラスがひび割れる音が聞こえてくる。そしてタカシの叫び声が、遠間から薄らと聞こえて、どんどん遠退いていった。
やがて、たくさんの足音が聞こえてくる。
春平が振り返ると、数人の消防団の姿があった。どうやらようやく、梯子で屋上に登ってこられたらしい。
「白玉楼中の人と化す……」
遠くに見える朱色の車両や、消防団員が着ている赤橙色の防火服を見ながら、春平が無意識に呟いていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる