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(とにかく、これで調べるべきことがハッキリした)
(今度は何を?)

(殺されたっていう男のことよ。――十日くらい前に亡くなったのよね? 確か)

(ライール捜査官が言うには、十四日前だそうです。そこに、なぜかエリカさんのハンカチが落ちていたとかで……)

(ハンカチ一つで関係者扱いとはね)
(全くです……! 不愉快きわまりません……!)

 アルメリアが珍しく怒っていた。が、エリカはアルメリアの右手首に目を奪われていた。

(――右手がどうかしましたか?)と、時計を見るように手首を見やるアルメリア。
(その革腕輪……)
(あっ、そうでした)

 アルメリアが、そそくさと革腕輪を取り外し、それをエリカへ差し出した。

(どうぞ。化粧台に置いてあったのが、落ちていましたよ?)

 エリカは黙り込んだ。それで、アルメリアが不思議に思って、(どうしました?)と言った。
(それ……)と言って、革腕輪に手を伸ばした。伸ばしただけで、触れることはなかった。

(エリカさん?)
(えっと…… 悪いけど持っててくれない?)
(私が、ですか?)
(うん。あなたが持っててくれた方がいいかなって)
(でも、これはバーラント様がエリカさんに送った物で……)

(色々な場所に行くから、ちょっと邪魔になるときがあって外してたの。――持ってるのが面倒なら、鞄にでも入れておいて)

(じゃあ…… 預かっておきます)
(うん、お願いね)とエリカが微笑んだ。続けて、
(それで、事件のことなんだけど)と言った。

(あたし、その男がどういう人間だったのか、調べてみようと思うの。そいつがきっと、昨日いってた酒場の常連客だったのかもしれないし)

(あの、エリカさん)

 今度はエリカが首をかしげる。

(私、思ったのですが…… もう国へ帰りませんか?)
(えっ?)
(エリカさんが命を狙われたのは、事実なんですよね?)
(…………)

(私はバーラント様を今でも信じています。すぐにお会いして、真実をおきしたいです。だけど…… そのためにエリカさんが危険な目にあっては、バーラント様も不本意だと思うのです)

 エリカが『バーラント』という言葉に、なにやら不機嫌な反応を示した。そして、

(でも、せっかくここまで来たのよ?)と返す。
「あなたが死んでしまったら、私はどうすればいいのですか?」

 少し、語気を強めてアルメリアが言った。
 彼女は相変わらず不安気で、悲しそうな目をしている。

「私は…… あなたには死んでほしくありません。家族の一人だと思っているからです。大切な姉なんです。そんな人を、私の婚約ごときで死なせてしまったら…… 私は……」

 突然、エリカがアルメリアの両肩をつかんだ。
 ビックリしたアルメリアが、体を震わせて、エリカを見つめた。
 彼女は力強くつかんでいた。けれど、元気付けるためのモノでは無く、怒っているような力の入れ方だった。

「ここで引き下がったら、あなた一生、後悔することになるわよ……? 絶対にそうなるから……!」
「でも……!」

「そもそも、あんなヤツを好きになったのが悪いのよ! 何が教えられないよ、何が愛してるよ……! こんなに心配かけさせて、こんなにも辛い思いをさせて!
 本当だったら、陛下や王妃の代わりにあたしから、お前なんかと婚約させるわけにいかないって言いたいくらいなんだから……!!」

「エリカさん……?」

 アルメリアの肩から、エリカの両手がズルりと落ちた。
 エリカはうつむいている。
 アルメリア本人は、動揺した顔でエリカを見ている。

「本当のこと言うとね、あいつが殺したんだと思ってるの」
「えっ……?」

 時間だけが静かに流れていった。
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