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 エリカはバーラントの本邸を離れ、市街地の中心に来ていた。

 彼女の行き先は、昨日の晩に向かった酒場である。そこの店長から、馴染み客であった男の情報を聞き出すのが目的だ。

 ――真相は、じきに分かるところまで来ている。

 エリカは直観でそう感じていた。
 調べるべきは一点。殺された男の素性すじょうと目的である。これさえ分かれば、必然的にバーラントが何をしていたかも分かるはずだ。


 曲がり角を折れた先にある、酒場の前までやって来る。

 ――扉が開かない。

「やっぱり、夜の時間じゃないと駄目か……」

 待っている時間が惜しいから、自宅がどこにあるのか調べるか、あるいは他の場所に行って、男のことを訊き込みするか……

「今日は来ないぞ」

 エリカが驚いて振り返った。
 少し離れたところに、初老の男性が立っている。坊主頭にひげをたくわえているから、強面こわもてに見えた。

「あの、ここのお店って何時くらいから始まるんですか?」
「しばらく無理だろうねぇ」
「えっ?」
「怪我をしてね、今は病院で大人しく寝ているようだよ。ある意味、運が良かったみたいだ」

 エリカの血の気が引いた。

「可哀想に、ベラベラと仕様も無いことをしゃべるから……」
「あなた……」と、エリカが半身はんみとなる。「店長の知り合いってワケじゃなさそうね……?」
「一応、知っている顔だよ。俺もここで飲んでいたからね。昨日の晩……」

 もはや、彼女の顔は凍り付いたと言っても良かった。
 反対に、男は一見すると温和とも取れるような表情で、エリカを見ている。

「しかし、まさか君みたいな娘がバーラントの知り合いだったとはねぇ…… 盲点もうてんだったよ」
「そういうからには、あなたもバーラントのお知り合いってことでいいのかしら?」
「直接、会ったことは無いけれど、彼のことはよ~く知ってる」

 そう言って、彼は懐に手を入れ、拳銃を取り出した。

「死体が増えると、騒ぎが大きくなるからイヤなんだがね」
「こんな真っ昼間から…… 誰かに気付かれるんじゃないの?」
「別に構わないんだよ。気付いた人間から順に死んでいくだけだからね」

 エリカが拳を握りこんだ。

「おやおや、結構な正義感じゃあないか。若いねぇ……」
「バーラントはどこにいるの?」
「我々も捜している最中なんだ。君は知っているのか?」
「――ここだと人が来るから、そっちの裏道にでも行きましょうか?」

「これはこれは」と、薄ら笑う男。「なんたる美徳! 我が国ではね、お嬢ちゃん。自己犠牲はもっとも素晴らしい美徳の一つなんだよ?」

 色々と言ってやりたいことはあるけれど、逆上して銃撃されてはたまらない。
 エリカは、男から視線を外さないよう、ゆっくりと細長い裏道へと入っていく。

 男は拳銃を持ったまま、裏道に入るエリカを追って歩く。
 二人が立ち止まると、エリカがゆっくりと振り返った。
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