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しおりを挟む「お父様……」
アルメリアが部屋へ入るなり、言った。
アルバートも儀典官も驚きの表情で彼女を見ている。が、儀典官の後ろに立っていた部下の男も、驚いた顔をしていた。
もちろん、アルメリアは部下の存在なんて知らなかったから、落ち着くために間を作る。
「――アルメリア」
アルバートがようやく言った。
「ご心配を掛けてしまい、申し訳ありません。お父様……」
「そうか、やはり無事だったか……!」
「もちろんです。儚く上品なだけが王家ではありませんもの」
そう言って笑みを浮かべると、父親の傍へ寄って、彼と抱擁を交わす。
アルメリアはにじんだ目を閉じ、父親に顔を埋めて、左右にゆっくり首を振る。
「お父様」と、顔をあげたアルメリア。泣いてはいない。
「この手紙、廊下で使用人から預かったものです。後で必ず、お読み下さい」
「分かった、ありがとう」
「――必ず、後でお読み下さいね?」
アルバートが首をひねる。
「それから、ちょっとお話がありますの」
彼は腕の中にいる娘が、ほくそ笑みながら言うのを、不可思議に見下ろしていた。
娘の方は、父の腕の中から離れて儀典官を見やる。その佇まいは、悪に立ち向かう姫騎士そのものだった。
「アルメリア王女」と笑みをこぼす儀典官。「火災で生死不明とお伺いしておりましたが…… いや、奇跡の生還ですな。きっとバルバラントの聖女様のご加護が効いたのでしょう!」
「あなたにとっては」と切り捨てるアルメリア。「思ってもみなかった奇跡のようですね」
儀典官の眉がぴくりと動く。
彼女は儀典官の前まで歩み寄り、彼の目を貫くような視線で話し始めた。
「あなた、南の村へ向かうと言っていますけど、本当はツール渓谷へ行くのでは?」
儀典官は薄ら笑いを浮かべ、「王女、この時間に渓谷へ行っても、調査はできませんぞ?」
「調査ではなく、例の組織と合流するためでしょう? そこで落ち合う約束でもしているのでは?」
「いったい誰と合流するというのです?」
「全てが明るみに出るのは時間の問題です。――すでにあなたの後援会と、城にいる研究員の身柄を拘束するようにと伝えてあります。
それと、あなたの資産も当然、凍結されています。後は、拘束した人々に対し、本国の検察官が『ブリギン・グバク・ザフォル』の一員か否かを聴取し始めるでしょう」
「何を、言って……」
「バーラント様が、あなたの悪事を全て暴き立てております。今頃、国防省で証拠を提出し、一個師団を渓谷方面へ差し向けるはずです。
――組織の主要な構成員は全員、ギースという男性の作った名簿によって、割れています。国外の潜伏者が逮捕されるのも、時間の問題ですわ」
沈黙が流れる。
「もう無駄な抵抗はおやめなさい。今ならまだ、罪は償えます」
「クソッ!」
儀典官が突然、懐から銃を取り出して、アルメリアをつかんで引き寄せた。
アルバートが動く前に、アルメリアのこめかみに銃口が突きつけられる。
「動くなッ!!」
ピンと緊張の空気が張り詰める。
「お前は馬車を玄関へ着けておけ! 早くしろッ!」
部下の男性が、扉をあけて、走って出て行く。
「こんなにも生意気な女になったのは、あの侍女が影響しているんですよ、陛下……! 昔は素直で大人しい、聞き分けのいい娘だったのに!」
「お前がそんなことをしていたとはな……」
「それさえ見抜けないお前が無能なんだよ……! 王にふさわしいのはこの俺なのに……!」
「分かった、分かったから銃を下げるんだ」
「動くなよッ!!」
銃口が、ゴリっとアルメリアのこめかみを強く押し、彼女の首が横に曲がる。
「あんまり舐めた態度を取ると、お前から撃ち殺す……!!」
「お父様!」アルメリアが言った。「私は大丈夫ですから、犯人を刺激しないで!」
「うるさいぞ小娘ッ!」
儀典官の腕で首を絞められ、アルメリアが息を引きつった。
「もう充分に刺激してんだよッ! 探偵気取りにベラベラと喋って、近付いてくるなんてな……! 父親に似て無能なバカ女だぜッ!」
「――準備できましたッ!」
扉から、戻ってきた部下が言った。
「ここなら、裏口へ回る方が早いです! どうぞこちらへ!」
「来いッ!!」
ズルズルと、アルメリアが引きずられていく。
それを追おうとするアルバートに銃を向け、
「お前はそこにいろッ!!」と、銃の引き金に力を込める。
横目で銃を見ていたアルメリアが、もがいて銃身をブレさせた。
「こいつ……! 大人しくしろッ!!」
「お父様ッ! 手紙をッ!!」
「こっちに来いッ!!」
儀典官は部下と共に、アルメリアを連れ出してしまう。
アルバートが扉の方へ駆け寄ると、銃声がして、あけ放っていた扉に弾がめり込んでいた。
廊下から追うことはできないと考えたアルバートが、窓をあけて鎧戸を開き、そこから無理矢理に外へ出た。
裏口のある方へ出たときには、馬車がすでに走り出して、加速していた。
途中まで追うが、どんどん引き離されて、ついには馬車が見えなくなる。
アルバートは両手を膝につき、息を荒げながら、石畳の道を見つめた。
「陛下ッ!」
と叫んで、衛兵が走ってくる。
「ご無事ですか陛下ッ!!」
「私は問題ないッ! それよりも――」と言って、地面に落ちていた手紙が目に付いた。
満月の明かりのお陰で気付けたようなものだが、同時に、アルメリアが念を押していたことも思い出せた。
「陛下?」
「今すぐ屋敷に戻る。それから、娘がさらわれたことを外務官へ知らせるように。――急げ!」
「は、はい!」
衛兵が走って行った。
アルバートは手紙を拾いあげ、屋敷に戻るなり、明かりの側へ行って封筒をあけた。
――内容は、今すぐに儀典官の後援団体と研究者たちの身柄を拘束すること、必ずバーラントが大使館へやって来るから、話を聞くこと。そして、彼に協力して動いてほしいということ、このままでは内乱がまた起こるということが書かれてあった。
「まさか……」と呟くアルバート。
――エリカ共々、後で説教をしなければならない。
彼は、手紙を畳みながら思った。
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