悪役令嬢が出す結論は「  」

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生きていけるのだから。

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欧州旅行でも見たことのない見事な王宮にある美しい庭の一角。
物語に出てくる王子様とはコレ。と言えるぐらい美麗な若い青年がスチル絵の様に私の前で静かに紅茶を飲んでいる。


チラリと盗み見ただけでも解る。
青年から大人になる前の中性的な男性は、庭園に咲き誇る花にも負けない美しさと気品を持っている。

気付いたら過労死。そこから婚約者にドアマットされ儚くなった令嬢の代わりに悪役令嬢として生まれ変わった私。

そして今日は、初めての顔合わせ。
元凶となるこの国の第二王子様は・・容姿、性格、素行。どこを探しても非の打ちどころのない王子様。
麗しい笑顔を控えめに向けて、綺麗な所作で私を庭の一角に招待してくれている。


王子様。ここに極まれり。

つい、こぼしたくなるため息を飲み込んで
私は砂糖を一つ目の前の紅茶に落とす。
溶けかけた砂糖を混ぜることなく、茜色の液体を湯気の様に揺らすのをじっと見つめる。

薄っすらと瑞々しい花々と紅茶の香り。落ち着いた麗しい男性の声。

遠いどこかで聞こえる、騎士たちの訓練の掛け声。

そのどれもが縁のなかった世界。



使用人や従者達は気を利かせて、離れた場所に控えている。
この美しい庭園とガセポはまるで物語のワンシーンの様に無機質だと思う。

噎せ返るような青酸っぱさもない。戸惑いも期待もないから怯えもない。

ただただ美しく整然と整えられた物語の一角。


王子様は美しく微笑みながら婚約者になるかもしれない私という女性に優しく話しかけてくれている。


曖昧に・・奥ゆかしく見えるよう微笑みながら、私はそれに静かに答える。

チラリチラリと横目に映る私の髪。前世の生前も長い髪であったが、今回は透き通るようなプラチナ色。
いつかの水族館で見た魚の背中のようだと口元だけで笑ってしまった。

それを肯定と取ったのか、王子様も綺麗な笑顔を見せて政治の情勢や他国の機敏について語りだしている。


試されているのだろう。きっと。


王子様の綺麗な微笑みを見つめ返して、目の奥が笑っていないのを確かめる。

そして私は恥ずかしがりながらも一生懸命だというようにゆっくりと誠実に回答をしていく。


ここで惚れてしまって無理な努力を重ねて少女は沈んだのだろう。

思い出すのは儚くなったこの身体の持ち主の最後の笑顔。

どうしたっていうのだろう。

時代のせいではないか。


ただ、それだけの感想だった。

身分制度のある時代。貴族の義務。女性の人権。

そんなものだけれど、そんなものが全てのこの時代。


斜め横に視線をずらして時折堪えきれずというようにチラリと目線を合わせて王子様に話しを合わせる。


裏切られてしまうのか、そうでないのか。
王子様を目の前にして気にするべきはそんな事なのだろう。

でも、今思い出されるのは昔のひと時・・。


仕事が終わって急いで身支度を整えて待ち合わせをした、当時付き合っていた彼。

お互いに会える時間を一瞬でも損ないたくないと、ひっそりとした郊外にあるホテルにぴったりと寄り添って入っていく。

映し出されるパネルの半数は色が消えているが、そんな事は関係ない。クスクス笑いあいながら部屋を選んで彼の腕につかまりながら上に向かうエレベーターへ足を向ける。

チープなホテルがまるで物語の宮殿にいる錯覚まで起きている若かった私達。
待ちきれないざわめきをお互いの目に写して見つめあいながら歩く。

ふと。
コツコツとヒールの音がした。
「〇〇〇号室に入ります。」
入口に駆け込んできた綺麗な女性が端的に受付に告げて、足早に同じエレベーターに乗る。

いくら若いと言え。それがどういう意味なのか・・それがわからない程、子供でもなかった私達。
つかまっている腕に縋り付き。すっと彼に寄り添い私達は無言になる。

呼ばれた部屋で仕事を勤めに行く女性。ただそれだけ。

肩まで伸びた綺麗な黒髪に派手さも無く整えられた清純な身なり。
小さく目礼をして私たちの目の前に入り、階数のボタンを押して背筋を伸ばしてすっと立つ。


別に、哀れみなどない。そこまで失礼な思考は持ち合わせていない。
別に、蔑みなど無い。そこまで無礼で無知な女に育てられた覚えもない。

ただ、そこにはそこはかとなく突き刺さった気持ちがあっただけ。

彼女は仕事をしている。

それだけなのだ。

でも、その場にそぐわない綺麗な背中が私を現実に戻した。
何物も何も言えない。そんな背中だった。


結局、私たちは何事も無かった様にその日を仲良く過ごした。

ただ、彼とはその後何年かして別れた。

彼の顔はもう今更あまり覚えていない。
されて嬉しかったこと、されて嫌だったことは今でも指折りながら饒舌に話せるのに。

それでも。
あの時のあの背中は鮮明に覚えている。

言葉にできない心臓の動きも。



あれから・・何度か人生の岐路に立たされている。

その何度かの数度に彼女の背中を思い出すことがある。

あの背中の何が私を惹きつけるのだろう。それはいまだにわからない。


こんな趣のある繊細で煌びやかなお城のお庭でさえも・・。



そこまで思い出して、ふと目の前の王子様の顔を見る。

無言になっていた私を怒るでもなく待っていた。

「気が乗りませんか・・?」
困った様に笑って王子様は私に問う。

私は目を瞑ってもう一度、
西洋風だったホテルの淡い蛍光灯に照らされたエレベーターの中を瞼の裏で思い出す。

「申し訳ございません。」
私は、礼を尽くすように良いと言われるまでその場で頭を下げた。








あれから、私は王子様とはただの臣下、同級生・・しいていうならお見合いをした顔見知り・・として過ごした。

彼はそのうち、私と同程度の家格のご令嬢と婚約をして、物語の様に新しい女性に愛を見出し結婚した。

混乱も喧噪も起きていたが、私は静観していた。



「貴女には先見の明があったのかしらね。」
今世の母がほっとした様に私に笑いかけた。

私は諦めて儚くなってしまった少女に手を伸ばすよう、澄み渡った空に手をかざした。

「別にそうではないです。ただ、どのようになっても私は生きよう。そう思っているだけです。」
あの時の少女が笑顔で手を繋いでくれた錯覚が見えた。

今の私は真面目で実直で家族思いな文官の旦那様がいる。

今のところは本当に幸せだ。でも人生だから何が起こるのかわからない。

けれど、別にそれはそれで構わないと思う。

やれる範囲で勉強も社交も仕事もしてきた。
そして、家族や昔からの馬が合う友達や仕事仲間、知り合いと持ちつ持たれつ時にけんかもしながら生きてきた。

その中の誰かが困れば助けられる範囲で助け合うのだと思う。

私かもしれないし、彼、彼女かもしれない。その時になってみないとわからないが・・。

タイミングも性格も。合う時も合わない時も・・。

そこは前世とあまり変わらない。内容が違うだけで、結局のとこ歩んできた道に続きがあるのだから。


「もし。私が旦那様に捨てられたら、見たことのない商品を生み出したり、聞いたことのない音楽を生み出す世の中のびっくり人間になるかもしれないですよ。」
私が笑いながらそう言うと、母は「貴女ならやりそうだわ。仕方のない愛しい子」と言って久しぶりに頭を撫でて笑ってくれた。


そんな日がくるかもしれない。


その時もきっと私はあの綺麗な背中を忘れないのだろう。



たった少しのきっかけ。それでも大切な事は忘れない。

そう思い直して、今生を終えた時に笑いかけれるよう儚くなった彼女へのお土産話をまた一つ胸にしまった。


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