彼女は、2.5次元に恋をする。

おか

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第1章

第7話 なんで体操着が二つあんの?

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 翌日、午前九時半すぎ。
 昨夜はあんな状態だったのに、小石の夢一つ見ないまま目が覚めた。

「だりー……」

 ぼんやりした視界で、リビングのテーブルを見る。その上には、目玉焼きにウインナー、プチトマトが載ったワンプレートの皿。何枚か減った食パンの袋も置いてある。

(パン焼こ……)

 袋から食パンを取り出した、そのとき――

「れーん!」
 別室から、母の声がした。

「なんで体操着が二つあんの?」

 ぽとり。パンをテーブルの上に落とす。

 昨日、学校にスマホを取りに行ったとき、母はパートに行っていた。俺が小石の体操着を着て帰ったときには帰宅していたが、その姿を見られる前に部屋着に着替えたので、あの人は何も知らない。

 母が事情を聞きに、こちらに来た。とりあえず、拾ったパンをトースターに入れる。

「……昨日、夕立すごかっただろ? あのとき学校に忘れ物を取りに行って、びしょびしょになったから、教室に残ってたヤツに体操着を借りたんだ」

 忘れ物がスマホだったことは言わない。知ったら怒りそうだ。
 そして『残ってたヤツ』が女子だったことは、絶対に言わない。

「あー、そういうこと? 今洗濯するとこだけど、Tシャツもズボンも確かにすごかった。
 れんって要領いいのに……忘れ物とか、たまーに抜けてるよね」

 自分とよく似たつくりの顔が、苦笑している。

「――今日、玲菜れなは?」

 昨日のことを詮索されまいと、話を変えた。

「出かけた。友達とS台に行くって。好きなブランドのバーゲンがやってるんだって」

 玲菜は中二の妹だ。S台はここの最寄り駅から、電車で片道一時間半くらいかかる。

「往復で三時間だろ? そこまでして、服買いに行く? 俺には理解できない」

 玲菜は中学生になってファッションに目覚め、休日に友達と出かけることも増えた。被服費も友達との交際費も、自分のお年玉や毎月の小遣いから捻出しているらしい。  
 ちなみに俺は高校生になった今でも、母に服を適当に購入してもらっている。激安衣料品店だろうが、よほど変でなければなんでもいい。

「三連休でしょ? 蓮は、なんか予定ないの?」

「ない」

「友達は?」

「一緒に休みを過ごすようなヤツは、いないな」

「相変わらず、か……」
 残念そうな、声と顔。

「いや別に、学校では人間関係、適当にやってるよ?
 ――まあ暇だし、高校生になったし、バイトするってのもアリかもな」

 母がやや真面目な顔に変わり、少し黙ってから言った。

「やりたいならいいけど、うちの家計なら心配しないでね? 私、遣り繰り上手だし、養育費はしっかりもらってるから。学資保険もあるし、進学も大丈夫」

 そう、うちの両親は三年前に離婚している。今はこのマンションで母、妹、俺の三人暮らしだ。

「だからお金のことは気にせず、青春を楽しんでね?
 あ、でも交際費とか、服もこだわるなら、玲菜みたいに自分で遣り繰りしてもらえると助かる。足りなかったら相談して?」

 俺が現在、自分の財布から出している費用といえば……ネット上で使うギフトカード代ぐらいだ。月五百円の、アメプラビデオという動画視聴サービスに使っている。

(朝飯食べたら、アメプラで何か観よう)



 朝食、洗顔、歯みがきを済ませ、自室に戻った。
 机からベッドに移動させた、ノートPCをつける。ベッドに肘枕で横になると、アメプラビデオのホーム画面を開いた。画面を下にスクロールさせていくと、見覚えのあるサムネイルが目に留まった。

『寺子屋名探偵』

 小学生のころは観ていたが、いつの間にか観なくなったアニメだ。ふと、小石の言葉を思い出す。

 ――『蓮君って、〝けん君〟にそっくりだから』

(よし、『剣君』こと『剣蔵けんぞう』がどんなキャラクターなのか、観てみるか)

 俺は『寺子屋名探偵』のサムネイルをクリックした。
 変遷した画面には『寺子屋名探偵 シーズン一』と表示されている。
 シーズンがいくつあるのか見てみると――なんと三十シーズンもあった。

(今年で三十年ってことだよな……)

 地上波で放送され続けているのは知っていたが、ここまでとは。いつだったか母が、『私が子供のころからやってる』と言っていたことを思い出した。
 どのシーズンを観れば――そういえば、剣蔵が登場したのは去年だと小石が言っていた。

(じゃあ、シーズン二十九だよな……?)

 シーズン二十九のエピソード一覧を見ると、すぐに『第一話 功刀くぬぎ剣蔵けんぞう登場の巻』とあった。わかりやすくて助かる。
 早速クリックし、視聴を開始した。
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