秘密の騎士の妃

真糖飴

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王は騎士と出会い、騎士は王と出会う。

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 真面目な顔をした太子に引き留められて、内心焦りと苛立ちが込み上げてくる。言いたいことがあるならさっさとしてほしい。


「さっき近所で銀行強盗があったらしいんだ。犯人は捕まってない」

「銀行……強盗……」


 ――あと、三十分。


「マジかよ皇太子! それどこ情報!?」

「ネットだよ。さっきニュースで流れてきた……ほら」

「うわっマジだ、こっわ……タクシー使おうかな」

「やめとけやめとけ。最近はタクシー強盗だって多いし」

「それは客が運転手に強盗するんだろ。運転手が客に強盗なんて聞いたことねーよ」


 タクシー内には運転手の名前が書かれたカードがあるから、警察に通報されれば逃げ道はない。本人は高確率で刑務所行き。タクシー会社は信用問題に関わり迷惑極まりない。


「で、どうする?」

「別に一人でも大丈夫だよ……」


 急げば家まで三十分もかからないし。


「車なら確実だろ。どうせ近所だし、変に遠慮しないで乗っていけばいい」

「え!? 皇太子ん家のリムジンに!?」

「俺たちも乗せてくれ! 皇グループの自家用車!」

「学生五人くらい余裕だろ!?」


 ピヨピヨうるさい友人達に、ワナワナ震えていた幼馴染みはついにキレた。


「分かったから外野はちょっと黙れ!!」


 皇太子様のご命令に三人とも大人しくなる。一般庶民が人生に一度乗れるか乗れないかのリムジン車がかかっているのだ。心は正座状態だろう。



「……太子の気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺はいい。小さなことだとしても、皇家にはこれ以上お世話になりたくない」

「別に父さんも母さんも気にして――」

「分かってる。だから嫌なんだ。おじ様もおば様も凄く良い人だから、迷惑をかけたくない。向こうが何とも思っていなくても、俺が嫌だ」


 個人的な心の問題だ。二人が許してくれても自分が許せない。過去を過去として無かったことには出来ない。誰にも頼らず生きて、自己満足に安心したいだけ。


「心配しなくたって、本当に大丈夫だよ。強盗に遭遇するなんてそうそう運が悪くない限りないと思うし、急いで帰るから」

 そんな心配そうな顔はしないでほしい。こっちが惨めな気持ちになる。拳を握りしめて必死に笑顔を作っていることに、太子は気付いてくれないんだ。


「……分かった。何かあったら直ぐに連絡しろ。五百円玉とか百円玉……テレホンカードはあるか?」

「あるよそのくらい!」


 間違えた、五百円玉はない。でも百円玉と十円玉があれば問題ないだろう。ここで正直に言い直せば、この男は五百円を数枚握らせてくる。


「騎咲―、本当にいいのかー? 皇のリムジンだぞー」

「いいよ。お前らで広々楽しんでこい」


 子供の頃、嫌という程乗ったから別に珍しくもなんともない。


「ツレないね~。んじゃ、また明日なお妃サマー」

「強盗には気をつけろよー」

「ああ、また明日」



◇◇◇◇◇



「あ、そうだ生活費」


 今月の分が振り込まれている筈。

 先月の生活費は昨日殆ど使い切り、小銭が数百円あるくらい。冷蔵庫の中はいつものごとく空っぽ状態だ。忘れたら明日の朝までご飯はない。


「十四時になったら、近所のコンビニにでも行くか」


 銀行はまだちょっと怖いし。遅めの昼食を買いについでに――


 ――ぐーぎゅるる……。


 既に今、お腹が悲鳴をあげている。


「……家まで近いし、十三時には間に合うよな」


 なんて、馬鹿なことを考えて真っ直ぐ家に帰らず、コンビニに寄った自分を殴りたい。









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