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1章辺鄙な領にて

37話不思議体験

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 「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、寒いぃ、はぁっ」

 あまりの冷たさに目蓋を開け目覚めると、枯れた大木が真上に1本あって、視界を覆う。 
 なぜか、その上から桃色の花びら舞ってきた。一枚、二枚、三枚、四枚、と乱舞し、懐かしい甘い匂い鼻腔をくすぐる。
 掌で取ってみると、可愛いらしい、桃色の、桃の形をした一枚の花びら。

「桜? でも、桜ってこんな感じだっけ、五角形していたような」

 声が聞こえてきた。
 モンモよ咲け、モンモよ咲け、モンモよ咲け、モンモよ咲けと。
 何だこの声。魔眼サポートの声ではないよな。子供の声だ。
 とにかく、真上にある木の枝の方から聞こえてくる。
 木の枝を見渡し、凝らすが誰もいない。
 あっ、シウス様が起きた、シウス様が起きた、シウス様が起きた、シウス様が起きた。
 俺の名を呼んでいる……。
 さあ、シウス様もモンモの種を撒いて、花を咲かそう。そうだ、花を咲かそう、そうだ、花を咲かそう。
 な、何だこの声は……ちょっと、怖くなってきた。
 そして、ひょっいと何かが降ってきた。
 赤い三日月の帽子、農奴のような、みすぼらしい服、もんぺのすぼん、白い仮面を被った、小さな人形。これはストラノが大事にしていた謎の白仮面の男。

「いや、違います。私は990代目花咲爺さんです。100年前に花咲爺さんという精霊になりました。元々私は小人族の魔物でしたが、先代の花咲爺さんが死ぬ間際に、花咲爺さんの役目を託され、神が棲む天上に招かれ、そこで精霊異種還りが起こり、こうして、花咲爺さんという精霊になったのです。性別はありません」

「え……花咲爺さんって……精霊なのか。それより、何で花咲爺さんはストラノの人形になっていたんだ?」

「魔王の手下共に私は何も話すことや動くことの出来ない、花を咲かすことの出来ない人形にされてしまったのです」

「へえ……大変だったんだな。それで、何でここに、こうして俺と話すことや動くことができるんだ?」

「全てシウス様のお陰なのです」

【990代目花咲爺さん】
ランク 不明
レベル 50
状態  SSS
解説 花を咲かせることが好き
HP200  魔力150

「俺は何も……」

「シウス様がストラノ様と遊んでいた時、シウス様が私に触れた際に、無意識なのでしょうが、品質操作のスキルが発動して、私は×だった品質がランクSSSになってこうして蘇ることができました」

「そ、そうなの……か? でも、この品質操作スキルは品質を向上させるだけで、死者復活できるような類のスキルは無いはずなんだが」

「聞いた話では物がランクがSSSになれば、覚醒限界突破という異常行動を起こし、意思を持つと言われています。ですが、正確には物にはそれぞれ意思が存在します。表に現れない、覚醒しないだけであって。物の意思は人間のような意思がある物いれば、無感動で、無意志に近い意思の物、その物は世界の一生を記憶、監視するなどの稀有な意思のある物がいます。あっ、向こう側に花があります。さあ、綺麗な花を咲かせましょう」

「い、いや、急になんだ」

 訳の分からないまま、花咲爺さんとやらがテクテクの後を追った。視界はいつの間にか空にどんよりとした雲が帯び、霧が立ち込め、地面には茶土や黒く腐った落ち葉がビュービューと吹き荒れる冷たい風によって舞い踊る。
 いったい俺はどこにいるんだろうか。なぜか分からないが、向こうの方角に見えるはずの景色や、あのでっかい、俺の家である城が見えない。霧が立ち込めて、あるいは俺がおかしくなって視界不良を起こしてるのか、とにかく向こうの丘には建物や実った果樹園畑や城は一切なく、草原生えるただの小高い丘なのだ。
 冷たい風によるごぉぉぉぉぉぉぉという爆轟によって、寒気と孤独の恐怖に苛まれる。
 はぁ、はぁ、はぁ、膝と腰、関節が痛い。

「ここです、さあ綺麗な花を咲かせましょう」

 花咲爺さんが止まったところは、枯れ葉の地面の真ん中に土に埋もれた楕円形の石があった。古代文字が細かく掘ってあるが、汚く、消えていてよく読めない。汚い石の前には綺麗な1本の黄金の大輪を咲かせる向日葵が咲いていた。キラキラと輝く黄金の大輪を1本の細い茎で必死に、健気に支えている。だが、それは、虚像だった。禍々しい闇の花だった。ふいにた、す、け、てと女の子の声がした。

「誰だ?」

 風と共に微かにた、す、け、てと何度も聞こえる。途中から助けての後には花咲爺さんが仮面から覗かせる死んだような両瞳で、ヒマワリを咲かせよ、ヒマワリを咲かせよ、ヒマワリを咲かせよ、ヒマワリを咲かせよと脅しのように訴える。

「ど、どうしたんだ?」

 え、こんな向日葵の花なんだ。
 俺は吸い寄せられるように闇の花を触ると、一瞬、途轍もない禍々しい思いが貫き、いつの間にか目の前に、向日葵の花の闇はどんどん大きくなっていた。闇の禍々しい、影のような、人間の形をした騒めきが、立っていた。こ、これが向日葵だというのか……。俺はあまりの恐ろしさに口を開け、震えた。その黒い人間は腰を屈め、俺を抱っこし、くるりとさせ、顔を合わせた。黒い人間に両眼のみが出現した。その瞳の奥は向日葵の形をしていた。そして、彼女に俺の目を塞がれ、そこから俺の記憶は無くなった。

       *



 再び目覚めると、そこは赤い木の枝があって、その枝の上に一匹のホククロロウがホククロロロっと叫んでいた。いたたたた、頭いた。さっきの何だったんだ。あの小さい花咲爺さんもいないし。はぁ、腹へったし、動きたくない。
 人を呼んできてくれないかとダメ元で目の前にいるホククロロウに頼んでみたが、銀眼で一瞬見はしたが、嘲笑うかのように、顔一回転させ、両眼を左右非対称にさせ、ホククロロウと嘴を高速で動かし、そして、羽を大きく羽ばたかせ飛んでいった。
 やっぱり駄目か。あっ、あそこの太い枝の先に透明なエメラルドで、スライムのようにぷるるるるんとしたものがぶら下がっている。木の実?
 
【梨スライム】
レベル   10
ランク  E
品質   C
解説 食べられる美味しい果実。食感はゼリー。愛好者ではかなり評価が高く、高く売れる
効能 魔カリウムが豊富

魔カリウム 神経や筋肉活動を高める

値段 千貨~十万貨

 グゥゥゥゥゥと俺はお腹が鳴った、お腹空いた。今すぐ梨スライムを獲得しよう。
 何とかハイハイして近づき、木にしがみつけるところまで登った。
 木の穴の使い、ロッククライミングのように登る。よいしょっ、よいしょっ、よいしょっと順調に、木にしがみついて登っていく。よいしょっ、よいしょっ、よいしょっと、あれ、割と余裕で行けるな、これぐらいの身体能力があるなら歩けて良さそうなんだが。
 そして、たった数分で、梨スライムが実る枝に到着し、先端にぶら下がる、美味なる果実を求めて、枝に沿ってハイハイしていく。
 下を見ると、丁度二階ぐらいの高さになる。赤ん坊だから落ちたら酷い眼に遭うだろうなと気をつけながら、やっと先端に到着し、実る梨スライムにうーんと手を伸ばすが、やはり、赤ちゃんの短い腕と小ちゃっな手では届く訳がなかった。

「はぁ、はぁ、何かないかな? あっ、この枝なら何とかなるかも」

 今度はやや長い枝で、梨スライムに挑んだ。さっきよりも、届く距離にあって、枝の先端が梨スライムに掠る、掠る、掠る、あと、少しぃぃぃぃ、梨スライムが揺れ、葉っぱも揺れる。だが、指が限界に来て、うっかり枝を落としてしまった。

「あーもう少しだったのに。枝がもっと伸びれば……そうだ、スキルで形状を変えるとか出来ないのかな、品質向上できるのは分かってるけど」

【すぐ折れる枝】
レベル   1
ランク  F
品質   F
効能 ただの、折れやすい枝

 現在、主シウス様は形状改良スキルを持っていませんので、形状改良はできません。何としてでも形状改良をしたいならば、創造力の能力値を一定程度高め、日常生活動作(作る・結合)において、木の枝と木の枝を結合させることができます

 
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