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第1章 都市
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『Yutaさん
おはようございます。
お返事ありがとうございます!
ぜひぜひ、こちらこそよろしくお願いいたします(=゚ω゚)ノ
一緒に貴重な思い出をつくりましょう!
早速なのですが、個別でやり取り出来るようにメアドを添付しておきますね。
こちらの方で込み入ったお話が出来ればなと思います。』
と、その下にメールアドレスが書かれてあった。
いきなり深く踏み込もうとするErikaに改めて警戒心を抱いてしまったが、
行を少し余分に空けたところに、追伸が添えられていた。
『P.S.
あの、自分でこんなスレッド立てておいてあれですが、
怪しいなって思ったら全然ぶっちゃけてくださいね(笑)
変な意味で書いたわけじゃないですが、期待させちゃってたらごめんなさい。
断ってもらって大丈夫ですから。』
どうやらErikaの言う旅とは、本当に純粋な一般的な意味での「旅」のようだ。
勇太は奥底からホッとした。それと同時に、気づけば一人の女性と二人きりの時間を過ごすことへの不安と緊張感が強くなった。
勇太は心臓をバクバクさせながらも、指定されたアドレスを入れて返事を打った。念のため、匿名用に適当に作って長らく放置していたアドレスを使った。
Erikaとはその日のうちに、何回かメールでのやり取りを行った。お互いの個人情報を出せる範囲で交換し、再三の「カラダ目的ではない」という説明に、勇太の猜疑心も段々と消えていった。
不思議な感覚だったが、一人の女性とドライブ旅に出かけることになった。
Erikaはやはり女性で、年齢は勇太より3つ上の22歳らしい。都会に住んでおり、勇太の暮らすアパートのある場所から1時間ちょっとの範囲だと察しがついた。大学を卒業したものの就活をしなかったらしく、今回の計画を実行するようになったらしい。
数回のやり取りであっという間に日取りと集合場所が決まっていき、勇太は期待を寄せる半面で不安感も募る。
本当に自分で良かったのだろうか。
ただ、Erikaの車に乗りながら旅に出かけることが確定したことは、勇太にとって不安を飼い殺す大きな理由になった。やり取りの中で愛車を何度か「ボロい」「ヤバい」と自虐していたErikaに、何も期待せずに終われるわけがなかった。きっと、かつて従姉妹が乗っていたような車に近い。その興奮は抑えきれなかった。そして、季節は夏。写真の様子からして、人前で足を出すことにはどこか自信がありそうだ。
それから1週間ほどが過ぎ、”非日常の旅”へと出かける日はあっという間に訪れた。7月も折り返し地点を迎え、灼熱の日差しが容赦なく街に突き刺す。
昨夜から交感神経が活発に動き、眠りが浅いままだった。早朝に目を覚ましてから洗顔とシャワーを手早く済まし、アパートの周辺を散歩したり久々に見るニュース番組で気を紛らしたりして時間を潰していた。
そして数時間すごした頃、勇太は昨晩準備した持ち物の最終確認をした。大きめの黒いリュックサックに衣類やアメニティなどがぎっしり詰め込んである。持ってくるものは特に指定されなかったが、さすがに日帰りで終わるとは思えない。ホテルに宿泊しないのであれば車内で過ごすことになりそうだが、必要になりそうな道具だけは保険として持っていた方が良さそうな気がした。
財布には5万円。なけなしの貯金をはたいて、Erikaとの旅に備えた。スマートフォンの電源を満タンにし、充電用バッテリーをリュックの中にしまう。
無地の白シャツに黒の短いチノパンと靴下を身に纏った姿をチェックし、部屋の戸締りをする。
玄関でスニーカーを履き、リュックを背負って扉を開けた。夏の生温かい風が吹き付け、身体に残ったクーラーの冷気を徐々に溶かしていく。
玄関扉のカギを閉め、施錠されたことを確認し、勇太はアパートの錆び付いた階段を降りた。
最寄駅から電車を乗り継ぎ、1時間程かけて勇太は指定された駅に到着した。Erikaに指定された駅は、都心から少しだけ西側に離れた場所。駅ビルやショッピングセンターが隣接し、歩道の下にはタクシーが列をなして待機する。噴き出す汗を拭いながら人々が三々五々に歩き、雲一つない晴天の下には広場や歩道に植えられた新緑の木々が映えていた。
ICカードをかざして改札を出て、駅前の広場へと続く階段を下っていく。Erikaとは、広場の中央に埋められた1本の大木の下で待ち合わせをすることになっていた。
大木の木陰に入り、ペットボトルに入った緑茶を喉に流し込むと、片手をかざしながら目の前の設置時計を見上げた。指定された時刻まで、残り5分だった。
あと少しで、Erikaはこの場所にやってくる。そう意識し出した途端、脈が速くなっていった。
そもそもお互い顔を知らない。本名も分からない。わずかに、メールでお互いの経歴をかいつまんで共有しただけだ。スレッドに載せられた写真を見た限り、Erikaはスタイルが良く品があり、精神的にも成熟した女性なのだろうと思えた。それは同時に、対極にある自分に劣等感を植え付けた。低い身長に、汗ばんだ肌と固い髪。安く買い済ませた服を着て、無力感を抱えた虚ろな眼差し。
そんな青年を見て、Erikaはどう思うだろうか。ガッカリするのではないだろうか。
刻一刻と迫る時間が、勇太の心臓を圧迫していった。期待と不安が忙しく入り乱れ、呼吸が早くなる。本当に自分で良いのか。本当に上手くいくのか。嫌われたりしないだろうか。
時計の針が長針を一つ進めた。勇太は覚悟した。定刻だ。Erikaはここに現れる。どんな顔なのか、どんな恰好なのかも知らない。ただ、この大木に向かって歩いてくる女性がきっと彼女だ。
勇太は深呼吸した。生ぬるい空気が狭い喉を通り過ぎていく。
設置時計の針が定刻を差して数十秒経った頃だった。駅と真逆の方面から、一人の女性が姿を現した。
おはようございます。
お返事ありがとうございます!
ぜひぜひ、こちらこそよろしくお願いいたします(=゚ω゚)ノ
一緒に貴重な思い出をつくりましょう!
早速なのですが、個別でやり取り出来るようにメアドを添付しておきますね。
こちらの方で込み入ったお話が出来ればなと思います。』
と、その下にメールアドレスが書かれてあった。
いきなり深く踏み込もうとするErikaに改めて警戒心を抱いてしまったが、
行を少し余分に空けたところに、追伸が添えられていた。
『P.S.
あの、自分でこんなスレッド立てておいてあれですが、
怪しいなって思ったら全然ぶっちゃけてくださいね(笑)
変な意味で書いたわけじゃないですが、期待させちゃってたらごめんなさい。
断ってもらって大丈夫ですから。』
どうやらErikaの言う旅とは、本当に純粋な一般的な意味での「旅」のようだ。
勇太は奥底からホッとした。それと同時に、気づけば一人の女性と二人きりの時間を過ごすことへの不安と緊張感が強くなった。
勇太は心臓をバクバクさせながらも、指定されたアドレスを入れて返事を打った。念のため、匿名用に適当に作って長らく放置していたアドレスを使った。
Erikaとはその日のうちに、何回かメールでのやり取りを行った。お互いの個人情報を出せる範囲で交換し、再三の「カラダ目的ではない」という説明に、勇太の猜疑心も段々と消えていった。
不思議な感覚だったが、一人の女性とドライブ旅に出かけることになった。
Erikaはやはり女性で、年齢は勇太より3つ上の22歳らしい。都会に住んでおり、勇太の暮らすアパートのある場所から1時間ちょっとの範囲だと察しがついた。大学を卒業したものの就活をしなかったらしく、今回の計画を実行するようになったらしい。
数回のやり取りであっという間に日取りと集合場所が決まっていき、勇太は期待を寄せる半面で不安感も募る。
本当に自分で良かったのだろうか。
ただ、Erikaの車に乗りながら旅に出かけることが確定したことは、勇太にとって不安を飼い殺す大きな理由になった。やり取りの中で愛車を何度か「ボロい」「ヤバい」と自虐していたErikaに、何も期待せずに終われるわけがなかった。きっと、かつて従姉妹が乗っていたような車に近い。その興奮は抑えきれなかった。そして、季節は夏。写真の様子からして、人前で足を出すことにはどこか自信がありそうだ。
それから1週間ほどが過ぎ、”非日常の旅”へと出かける日はあっという間に訪れた。7月も折り返し地点を迎え、灼熱の日差しが容赦なく街に突き刺す。
昨夜から交感神経が活発に動き、眠りが浅いままだった。早朝に目を覚ましてから洗顔とシャワーを手早く済まし、アパートの周辺を散歩したり久々に見るニュース番組で気を紛らしたりして時間を潰していた。
そして数時間すごした頃、勇太は昨晩準備した持ち物の最終確認をした。大きめの黒いリュックサックに衣類やアメニティなどがぎっしり詰め込んである。持ってくるものは特に指定されなかったが、さすがに日帰りで終わるとは思えない。ホテルに宿泊しないのであれば車内で過ごすことになりそうだが、必要になりそうな道具だけは保険として持っていた方が良さそうな気がした。
財布には5万円。なけなしの貯金をはたいて、Erikaとの旅に備えた。スマートフォンの電源を満タンにし、充電用バッテリーをリュックの中にしまう。
無地の白シャツに黒の短いチノパンと靴下を身に纏った姿をチェックし、部屋の戸締りをする。
玄関でスニーカーを履き、リュックを背負って扉を開けた。夏の生温かい風が吹き付け、身体に残ったクーラーの冷気を徐々に溶かしていく。
玄関扉のカギを閉め、施錠されたことを確認し、勇太はアパートの錆び付いた階段を降りた。
最寄駅から電車を乗り継ぎ、1時間程かけて勇太は指定された駅に到着した。Erikaに指定された駅は、都心から少しだけ西側に離れた場所。駅ビルやショッピングセンターが隣接し、歩道の下にはタクシーが列をなして待機する。噴き出す汗を拭いながら人々が三々五々に歩き、雲一つない晴天の下には広場や歩道に植えられた新緑の木々が映えていた。
ICカードをかざして改札を出て、駅前の広場へと続く階段を下っていく。Erikaとは、広場の中央に埋められた1本の大木の下で待ち合わせをすることになっていた。
大木の木陰に入り、ペットボトルに入った緑茶を喉に流し込むと、片手をかざしながら目の前の設置時計を見上げた。指定された時刻まで、残り5分だった。
あと少しで、Erikaはこの場所にやってくる。そう意識し出した途端、脈が速くなっていった。
そもそもお互い顔を知らない。本名も分からない。わずかに、メールでお互いの経歴をかいつまんで共有しただけだ。スレッドに載せられた写真を見た限り、Erikaはスタイルが良く品があり、精神的にも成熟した女性なのだろうと思えた。それは同時に、対極にある自分に劣等感を植え付けた。低い身長に、汗ばんだ肌と固い髪。安く買い済ませた服を着て、無力感を抱えた虚ろな眼差し。
そんな青年を見て、Erikaはどう思うだろうか。ガッカリするのではないだろうか。
刻一刻と迫る時間が、勇太の心臓を圧迫していった。期待と不安が忙しく入り乱れ、呼吸が早くなる。本当に自分で良いのか。本当に上手くいくのか。嫌われたりしないだろうか。
時計の針が長針を一つ進めた。勇太は覚悟した。定刻だ。Erikaはここに現れる。どんな顔なのか、どんな恰好なのかも知らない。ただ、この大木に向かって歩いてくる女性がきっと彼女だ。
勇太は深呼吸した。生ぬるい空気が狭い喉を通り過ぎていく。
設置時計の針が定刻を差して数十秒経った頃だった。駅と真逆の方面から、一人の女性が姿を現した。
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