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第二章:囚われの冒険者
第二十五話:砕かれる心
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第二十五話:砕かれる心
石造りの牢獄は、湿った空気に満ちていた。鉄格子の向こうでは、焚き火の赤に照らされた盗賊たちが酒を酌み交わし、粗野な笑い声を響かせている。
その一角、鉄格子の中で、ミーナは膝を抱えて座り込んでいた。
縄で擦れた手首は赤く腫れ、冷たい石床が体温を容赦なく奪っていく。
「おい、新入りの冒険者はこっちだな?」
牢の扉が軋む音と共に開き、数人の男たちがなだれ込んでくる。酒と汗の臭気が一気に押し寄せ、ミーナは思わず後ずさった。
「やめて……! 来ないで……!」
震える声。だがその必死の抵抗も、荒々しい腕にあっけなく掴まれる。髪を乱暴に引き、背を壁に叩きつけられる衝撃が走った。
「頭が言ってただろ? 壊すな、楽しめってな」
男たちの下卑た笑い声が重なる。鎧も武器も持たぬ今の自分が、ただの獲物に過ぎないことを、ミーナは嫌というほど思い知らされていた。
――冒険者として、剣を握っていたはずなのに。
――仲間と肩を並べていたはずなのに。
衣服が荒々しく引き裂かれる音が、絶望を深く刻む。露わになった肌に無遠慮な手が伸び、心の奥底まで侵されていくような感覚に、全身が震えた。
「ひっ……いやぁぁっ……!」
悲鳴を上げても、誰も助けには来ない。格子の外からは、宴のどよめきが響くだけだ。
「ほら、冒険者様が泣いてやがるぜ」
「まだ折れるなよ。もっと楽しませてもらうんだからな」
嘲笑と共に浴びせられる視線が、何よりも苦しかった。
ミーナはこれまで、旅の中で魔物とも刃を交えた。
しかしそれはあくまで「戦い」であって、こうして人の手で嬲られることなど想像すらしていなかった。
拷問や辱めに耐える術など、彼女の心には備わっていない。
――折れちゃいけない。私には、まだ……。
必死に心を支えようとする。だが、次々と押し寄せる辱めに、誇りは砕かれ、意識は白く塗り潰されていく。
冒険者として積み重ねてきた自尊心が、経験したことのない屈辱の重みで容赦なく圧し潰されていった。
涙で滲む視界の中、ミーナはただ心の奥底で一人の名を呼んだ。
(ライラ……ッ、ライラぁ……!)
その微かな希望だけを最後に、彼女の意識は闇に呑まれていった――。
************
夜更けの宿場町。木造の宿屋の一室で、ライラは荷を整えていた。
淡い桃色の髪を高く結ったツインテールが、少女らしい活発さを際立たせている。
顔立ちはまだあどけなさを残すが、その瞳には年齢以上の強さと決意が宿っていた。
旅の中で鍛えられた細身の体つきはしなやかで、革鎧に包まれた姿は冒険者らしい凛々しさを漂わせている。
それでも仕草や声の端々に、少女らしい柔らかさと未熟さが残っていた。
彼女は若いながらも、剣の腕と真っ直ぐな心で仲間に信頼される存在だった。
明日は遠征に出る予定で、明かりを落とし休もうとしていたその時――。
「た、たいへんだ! 聞いたか、北の村が……!」
廊下から駆け込んできた旅人の声が、耳を打った。
宿の一階、酒場のような広間に人々が集まり、ざわめきが広がっていく。
ライラは慌てて階段を下り、声の主へ詰め寄った。
「北の村って……山間の小村のこと? 一体、何があったの!」
「襲われたんだ! 夜半に盗賊団が押し寄せて……火の手が上がって……! 逃げてきた者が息も絶え絶えにそう話してた……!」
空気が凍りついた。
ライラの胸を突き刺したのは、ただ一つの名。
「……ミーナ……っ!」
声は掠れ、唇は震えていた。
ほんの数日前、ミーナは「久しぶりに実家に顔を出すんだ」って、あの笑顔を見せていた。
まさか――その村が狙われるなんて。
「ねぇ……誰か! ミーナを見た人はいないの? 無事なの?!」
縋るように尋ねる。だが返ってくるのは沈黙と、視線を逸らす仕草。
その反応だけで、胸の奥が冷たく締め付けられた。
「……っ!」
小さな拳を固く握りしめる。爪が掌に食い込み、血が滲むのも構わずに。
心を満たすのは、激しい怒りと、不安で張り裂けそうな焦燥。
でも、諦められるわけがなかった。
ミーナは、きっとまだどこかで助けを待ってる。
だって、あの子は――絶望の中でも、必ず希望を信じる子だから。
「……みんな、聞いて!」
ライラは振り返り、同じ宿に泊まっていた仲間たちへ声を張り上げた。
大盾を背負った重装戦士の青年、弓を携えた狩人、治癒術師の少女――数名の顔が一斉にこちらを見る。
「ミーナの村が襲われたの! きっと……きっと囚われてる。だから、助けに行かなきゃ……! お願い、力を貸して!」
沈黙のあと、仲間たちは頷いた。
迷いはなかった。彼らにとってもミーナは大切な仲間であり、共に笑い合った友なのだ。
「よし……じゃあ、急ごう!」
決意の炎が、ライラの瞳に宿った。
宿場町のざわめきを背に、まだあどけなさを残す少女は仲間たちと共に剣を握りしめ、夜の街道へと駆け出す。
――その先に待つのが、地獄であることも知らぬままに。
石造りの牢獄は、湿った空気に満ちていた。鉄格子の向こうでは、焚き火の赤に照らされた盗賊たちが酒を酌み交わし、粗野な笑い声を響かせている。
その一角、鉄格子の中で、ミーナは膝を抱えて座り込んでいた。
縄で擦れた手首は赤く腫れ、冷たい石床が体温を容赦なく奪っていく。
「おい、新入りの冒険者はこっちだな?」
牢の扉が軋む音と共に開き、数人の男たちがなだれ込んでくる。酒と汗の臭気が一気に押し寄せ、ミーナは思わず後ずさった。
「やめて……! 来ないで……!」
震える声。だがその必死の抵抗も、荒々しい腕にあっけなく掴まれる。髪を乱暴に引き、背を壁に叩きつけられる衝撃が走った。
「頭が言ってただろ? 壊すな、楽しめってな」
男たちの下卑た笑い声が重なる。鎧も武器も持たぬ今の自分が、ただの獲物に過ぎないことを、ミーナは嫌というほど思い知らされていた。
――冒険者として、剣を握っていたはずなのに。
――仲間と肩を並べていたはずなのに。
衣服が荒々しく引き裂かれる音が、絶望を深く刻む。露わになった肌に無遠慮な手が伸び、心の奥底まで侵されていくような感覚に、全身が震えた。
「ひっ……いやぁぁっ……!」
悲鳴を上げても、誰も助けには来ない。格子の外からは、宴のどよめきが響くだけだ。
「ほら、冒険者様が泣いてやがるぜ」
「まだ折れるなよ。もっと楽しませてもらうんだからな」
嘲笑と共に浴びせられる視線が、何よりも苦しかった。
ミーナはこれまで、旅の中で魔物とも刃を交えた。
しかしそれはあくまで「戦い」であって、こうして人の手で嬲られることなど想像すらしていなかった。
拷問や辱めに耐える術など、彼女の心には備わっていない。
――折れちゃいけない。私には、まだ……。
必死に心を支えようとする。だが、次々と押し寄せる辱めに、誇りは砕かれ、意識は白く塗り潰されていく。
冒険者として積み重ねてきた自尊心が、経験したことのない屈辱の重みで容赦なく圧し潰されていった。
涙で滲む視界の中、ミーナはただ心の奥底で一人の名を呼んだ。
(ライラ……ッ、ライラぁ……!)
その微かな希望だけを最後に、彼女の意識は闇に呑まれていった――。
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夜更けの宿場町。木造の宿屋の一室で、ライラは荷を整えていた。
淡い桃色の髪を高く結ったツインテールが、少女らしい活発さを際立たせている。
顔立ちはまだあどけなさを残すが、その瞳には年齢以上の強さと決意が宿っていた。
旅の中で鍛えられた細身の体つきはしなやかで、革鎧に包まれた姿は冒険者らしい凛々しさを漂わせている。
それでも仕草や声の端々に、少女らしい柔らかさと未熟さが残っていた。
彼女は若いながらも、剣の腕と真っ直ぐな心で仲間に信頼される存在だった。
明日は遠征に出る予定で、明かりを落とし休もうとしていたその時――。
「た、たいへんだ! 聞いたか、北の村が……!」
廊下から駆け込んできた旅人の声が、耳を打った。
宿の一階、酒場のような広間に人々が集まり、ざわめきが広がっていく。
ライラは慌てて階段を下り、声の主へ詰め寄った。
「北の村って……山間の小村のこと? 一体、何があったの!」
「襲われたんだ! 夜半に盗賊団が押し寄せて……火の手が上がって……! 逃げてきた者が息も絶え絶えにそう話してた……!」
空気が凍りついた。
ライラの胸を突き刺したのは、ただ一つの名。
「……ミーナ……っ!」
声は掠れ、唇は震えていた。
ほんの数日前、ミーナは「久しぶりに実家に顔を出すんだ」って、あの笑顔を見せていた。
まさか――その村が狙われるなんて。
「ねぇ……誰か! ミーナを見た人はいないの? 無事なの?!」
縋るように尋ねる。だが返ってくるのは沈黙と、視線を逸らす仕草。
その反応だけで、胸の奥が冷たく締め付けられた。
「……っ!」
小さな拳を固く握りしめる。爪が掌に食い込み、血が滲むのも構わずに。
心を満たすのは、激しい怒りと、不安で張り裂けそうな焦燥。
でも、諦められるわけがなかった。
ミーナは、きっとまだどこかで助けを待ってる。
だって、あの子は――絶望の中でも、必ず希望を信じる子だから。
「……みんな、聞いて!」
ライラは振り返り、同じ宿に泊まっていた仲間たちへ声を張り上げた。
大盾を背負った重装戦士の青年、弓を携えた狩人、治癒術師の少女――数名の顔が一斉にこちらを見る。
「ミーナの村が襲われたの! きっと……きっと囚われてる。だから、助けに行かなきゃ……! お願い、力を貸して!」
沈黙のあと、仲間たちは頷いた。
迷いはなかった。彼らにとってもミーナは大切な仲間であり、共に笑い合った友なのだ。
「よし……じゃあ、急ごう!」
決意の炎が、ライラの瞳に宿った。
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