魔術卿メディスの復讐譚~聖なる雌は快楽に堕つ~

ナイトメア・ルア

文字の大きさ
1 / 7

プロローグ:朽ちた玉座と白銀の祈り

しおりを挟む
北方大陸の頂に抱かれた聖都ウィンターヘヴン。その光景は、いつだって神々しいほどに白く、そして冷徹だった。空高くそびえる大聖堂の塔は、古代の魔術卿を打ち破った「戦乙女」を国祖として祀るこの聖王国こそが、世界の真実であると宣言していた。

そして、その聖なる光の守護者こそ、セレフィナ・ヴァイスである。

彼女は「白銀騎士団」の団長であり、その美しさから「白銀の聖女」とまで呼ばれていた。硬質なプラチナブロンドの髪は常に清潔に梳かれ、鍛え抜かれた肢体は、隙のない銀色の甲冑の下に隠されている。彼女の容貌は冷たいまでに整い、青い瞳には揺るぎない使命感が宿っている。それは、戦乙女の系譜を継ぐ者としての、途方もなく重い責務の影だった。

聖王国の騎士たちは皆、セレフィナの清廉さに絶対の信頼を置いていた。彼女の剣は邪悪を断ち、彼女の眼差しは不正を許さない。しかし、その鋼のような精神と肉体の奥底、甲冑とローブに覆われた秘められた場所に、一人の女としての温かい血と、まだ目覚めぬ炎が燻っていることを、誰一人として知る由はなかった。

その日、セレフィナは大聖堂の最も古い祈りの間、聖なる泉のほとりで黙祷を捧げていた。聖なる泉。これこそが聖王国の力の源であり、魔術卿クロノスを討伐した国祖の神聖な血が流れ込んでいるとされる、信仰の象徴だ。

だが、泉の水面は、いつにも増して濁り、微かな熱を帯びていた。

「団長、近頃、泉の神気が弱まっていると、神官たちが騒いでいます。また、北方の嘆きの森から、不吉な風が吹くようになったと……」 副団長が、不安を隠せない声で耳打ちする。

セレフィナは静かに瞼を開けた。その瞳に、一瞬、深い懸念の色が走る。 「気のせいよ。あるいは、長きにわたる平和が、人々の信仰を弱めているのでしょう。神気は信仰の強さの鏡。私たち騎士団が、より一層の精進をすれば、必ずや輝きを取り戻すわ」 彼女の言葉は毅然としていたが、手のひらに握られた甲冑越しの柄には、微かな汗が滲んでいた。聖なる泉の力は、ここ数年、確実に衰えている。聖王国の基礎が、徐々に、しかし確実に腐食しているかのように。

時を同じくして、聖都から遙か北、嘆きの森の奥深く。

黒曜の古城の最下層にある儀式の間は、数百年の眠りから覚めた、ねっとりとした湿度と魔力の匂いで満ちていた。壁を伝う黒い液体は、魔術卿クロノスの血脈に連なる者たちの憎悪と快楽の残滓であり、この空間全体を支配する甘美な毒のようだった。

その中心で、一人の女が悦びの極致に体を震わせていた。

彼女の名はリリス・エルガルド。数世紀にわたり、古城の奥で主の復活を待ち続けた、狂信的な忠誠心を持つ側近だ。彼女の肌は、古城の黒曜石と同じように滑らかで、その長い黒髪は、儀式によって発せられる魔力の光を不気味に反射している。

「ああ……メディス様……私の……私の永遠の王……」 リリスは恍惚の声を漏らしながら、血の契約が結ばれた主の棺の前で、自らの魔力を惜しみなく注ぎ込む。彼女の得意とする回復魔術は、数百年の時を経た肉体を瞬時に修復し、削除魔術は、復活の痕跡を完全に隠蔽していた。彼女の愛は、ただの忠誠では済まされない。それは、魂を灼くほどの愛憎と献身の狂気だった。

そして、棺が軋みを上げた。

中から現れたのは、メディス・クロノス。古代魔術王朝クロノスの最後の国王。その姿は、数百年前の討伐の際に受けた傷一つなく、王としての威厳と、魔術卿としての背徳的な魅力を兼ね備えていた。

彼の肌は蒼白く、まるで月の光を吸って生きているかのようだ。黒曜石のような瞳は、世界への深い憎悪と、それ以上に深い支配欲を映していた。彼が纏う古代魔術の波動は、リリスの肉体を刺激し、肌に触れるだけで、彼女の精神に抑えがたい快楽の波を送り込んだ。

「リリス。よくやった。数世紀の孤独、耐え難かっただろう」 メディスの声は、魔力そのものが響いているかのように低く、甘く、そして支配的だった。

「いいえ! 孤独など! メディス様を想うことこそ、私にとって極上の快楽でした! 私の全ては、貴方のための器、貴方のための道具です!」 リリスは、快楽と忠誠によって完全に支配された瞳を潤ませ、彼の足元にひざまずく。

メディスは、その指先でリリスの顎を掬い上げ、彼女の眼差しをじっと見つめた。 「その狂信的な愛、褒めて遣わす。リリスよ、私の復讐の炎を燃やすための準備は整ったか?」 「はい。聖王国は、古代魔術の知識を完全に失っています。彼らは、ただ聖なる泉の力に頼り、傲慢に平穏を享受しているに過ぎません」 リリスは報告する。

メディスは、忌まわしき「戦乙女」の系譜を継ぐ聖王国へと思いを馳せる。復讐の炎が、彼の胸の奥で、数世紀の時を超えて、より強く燃え盛るのを感じる。

「聖なる泉、か。あの一族の血が流れ込む、忌々しい聖域。リリス、奴らの信仰の核を、最初に叩き潰せ」 メディスは冷酷に命じた。 「奴らが崇める『聖』とは何か? それが、最も汚されるべき『快楽』と『支配』の魔術に無力であることを、世界中に知らしめる」

彼の脳裏には、早くも、その「聖」の象徴たる、美しく孤高な白銀の聖女の姿が焼き付いていた。

「まずは、その聖なる泉の水を汚し、奴らの心を乱す。そこからが始まりだ。あのセレフィナ・ヴァイスとやらを、私の支配下に置くための、な」

メディスが古代の魔力を込めた指を軽く振るうと、儀式の間に満ちていた魔力の一部が、嘆きの森を抜けて聖王国へと向かい始めた。それは、彼の「精神支配」と「快楽」の魔術の、最初の試練となる。

聖都ウィンターヘヴンで、聖なる泉の水が、微かな熱を帯び、奇妙な色に濁り始めた頃。

セレフィナ・ヴァイスは、まだその意味を知らないまま、自らの剣と、国祖の加護を信じ、北方大陸の暗闇に立ち向かう決意を固めていた。彼女は知る由もなかった。その暗闇の先に待つのは、剣では断ち切れない、甘く背徳的な快楽によって、彼女の清廉な精神と肉体が、根底から支配され、塗り替えられていく、避けられない運命だということを。

これは、崇高な「聖」と、深遠な「魔」の、魂を奪い合う、官能的な戦いの序曲である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...