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ギフト
角
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緑に囲まれたテラスのある小さな店。コーヒーのようなよい香りが店の外まで漂ってきている。
「ここは、早朝から営業してるんです。真面目ですよね」
「……別に早朝から開店してるから真面目ってわけじゃないと思うんだけど……」
「ここの飲み物や食べ物はみんなおいしいんですよ」
ミルゼは白く塗られた木製の扉を開けながら、笑顔で凜子に話しかける。凜子はとてもかわいい素敵なお店だなと思いながら、そこでうっかり褒めようものなら、ミルゼを調子づかせてしまうに違いないと考え、素直な感想は胸にしまっておくことにした。
「朝ごはんは食べました?」
「ちゃんと済ませたわよ」
「いらっしゃいませ」
ふわふわとしたキャラメル色の髪に、はしばみ色の大きな目をした若い男性店員が声をかける。歳はミルゼと同じくらいに見えた。
――あ!
凜子は絶句した。
――角! お店の人も角がある!
羊のような角のミルゼと違って、牛のような、上に向かってカーブしている角。爽やかなかわいい感じの顔立ちに、不釣り合いな鋭い角。
「おはようございます。今日は一日いい天気になりそうですね」
「おはようございます。ミルゼさん。珍しくチャーミングな方を連れてますね」
「とってもかわいらしい子でしょう? 素敵な相棒になりそうです」
――かわいらしい!? 素敵な相棒!?
凜子は赤面し、思わずミルゼを張り倒したくなった。が、ミルゼはすでに店の奥の窓際の席を目指して歩いており、残念ながら凜子の攻撃範囲から外れていた。
「私はしっかりごはんを食べてもいいですか?」
メニューを開きながらミルゼが尋ねる。メニューはさりげなく装飾が施され、まるで画集か絵本のような趣だった。
「勝手に食べれば?」
凜子は思わず悪態をつく。言葉にしてから、そういえばこいつは悪魔かもしれないんだったっけ、やばかったかな、と今さらながら不用意な発言を後悔する。
凜子はおそるおそるミルゼの表情をうかがう。ミルゼは食事を選ぶのに夢中のようだ。心なしか目を輝かせ、楽しそうに見える。
――なにそんなに夢中でメニューを見てるんだろう。大の大人の男なのに、なんだか子どもみたい――。
穏やかな日の光が差し込むテーブルで、一生懸命メニューと格闘しているミルゼを見て、なんとなく、凜子は自然に微笑んでいた。そしてうかつにも微笑んでしまった自分にちょっと戸惑う。
――べ、別にかわいいだなんて思ってないんだから!
自分の好みは、誠実で頼れる男らしい男性。女の人みたいな顔をして言動が子供っぽくて、そしてなにより得体の知れない、こんなわけのわからないようなやつじゃない! そもそも、こいつは私をさらってきてこき使おうとしてる悪いやつなんだから! そう凜子は心の中で自分に言い聞かせていた。
「凜子さんは、決まりました?」
「えっ!?」
不意にミルゼに問いかけられ、凜子はどぎまぎする――。輝く銀の瞳に見つめられていた。
「わ、私このメニューに書かれている文字だかなんだかわからない記号みたいなもの、まったく読めないんだけど!」
「ああ。そうでしたね。じゃあ私のおすすめを注文することにしましょう。甘いものはいかがですか?」
「べ、別になんでもいいけど……」
「じゃあ、おいしいお茶と軽めの甘いものでも頼みますか」
ミルゼは、牛の角を持つ店員にいろいろとオーダーする。そのやりとりを見て凜子は、どんだけ食べる気だ、そしていったいどこからが私の分なんだと疑問に思いつつ呆気にとられていた。
「……ねえ」
「はい。私の名前はミルゼです」
「…………」
にっこりと微笑むミルゼは、凜子に自分の名を呼ばせたいらしい。凜子はその要求を無視することにした。
「……なんで頭に角……」
凜子はハッとし、言いかけてやめた。ずっと疑問に思っていたが、それはもしかしたら触れてはいけないところなのかもしれない、そう思った。
――『それは悪魔だからだよ』、そうはっきり言われたら、どうしよう。童話「赤ずきんちゃん」の狼のように、豹変したらどうしよう。『それはお前を食べるためだよ』――。
「……草食系だからです」
「へっ!?」
思いがけない言葉に、椅子からずり落ちそうになった。
「どうして私の頭に角があるのか疑問なんですね」
「そうだけど……そ、草食系って!?」
「あなたがたの世界でも、草食動物は角があるでしょう? そんな感じです」
「な、なに言ってんの!?」
「今の店員さんも、私と同じ草食系です」
「いったいどういう……」
「ここでは三種類の人間がいます。雑食系、草食系、肉食系の三種類です」
「な、なにそれ!?」
「私やあの店員さんのように頭に角が生えているのが草食系の人間です。そして、頭の上部に獣のような耳がついている、もしくは頭の上部になにもついていないがお尻に尻尾がある、というのが肉食系の特徴です。頭の上部にもお尻にもなにもついていないのが雑食系になります。ほとんどの人が雑食系なので、凜子さんのようになにもついていない人が多いです。とてもわかりやすいですよね」
「はいーっ!?」
思わず叫んでしまった。
――草食系? 角が生えてる動物は草食系? そういえば、確かにそうだけど……。それに肉食系? 獣のような耳? 尻尾!?
「あ、ありえないんだけど……」
「性格も、草食系は温厚でおとなしく、肉食系は明るく活発な人が多いといわれています」
「そんな話、聞いたことないよ!」
角の生えた人間も見たことがない。頭の上部に耳がついている人も尻尾が生えている人も見たことがない。当然ながら聞いたことだってない。
「そんな……冗談……! そんなばかげた話……!」
「触ってみます?」
「引っ張ってもいいの?」
「どうぞ」
ミルゼの角をおそるおそる触る。ついでに、ちょっと引っ張ってみる。ちょっとやってみたかったので、つい強めに引っ張ってしまった。びくともしない。角の生え際も見てみる。さらさらとした絹のような銀の髪をかきわけてみる。とても自然で、人工的につけたとは思えなかった。
「嘘……」
「本当でしょう?」
本当に、角が生えているとしか思えない。
――草食系って……。
「悪魔じゃないんだ……」
凜子は茫然としながらも、少しほっとしていた。
「悪魔? そのほうがありえないと思いますが?」
ミルゼは柔和な笑みを浮かべた。凜子はなんだか頭がくらくらしてきた。
「……やっぱり羊男じゃん」
「まあそれはそうなんですけどね。でも、ミルゼと呼んでください」
「ここは、早朝から営業してるんです。真面目ですよね」
「……別に早朝から開店してるから真面目ってわけじゃないと思うんだけど……」
「ここの飲み物や食べ物はみんなおいしいんですよ」
ミルゼは白く塗られた木製の扉を開けながら、笑顔で凜子に話しかける。凜子はとてもかわいい素敵なお店だなと思いながら、そこでうっかり褒めようものなら、ミルゼを調子づかせてしまうに違いないと考え、素直な感想は胸にしまっておくことにした。
「朝ごはんは食べました?」
「ちゃんと済ませたわよ」
「いらっしゃいませ」
ふわふわとしたキャラメル色の髪に、はしばみ色の大きな目をした若い男性店員が声をかける。歳はミルゼと同じくらいに見えた。
――あ!
凜子は絶句した。
――角! お店の人も角がある!
羊のような角のミルゼと違って、牛のような、上に向かってカーブしている角。爽やかなかわいい感じの顔立ちに、不釣り合いな鋭い角。
「おはようございます。今日は一日いい天気になりそうですね」
「おはようございます。ミルゼさん。珍しくチャーミングな方を連れてますね」
「とってもかわいらしい子でしょう? 素敵な相棒になりそうです」
――かわいらしい!? 素敵な相棒!?
凜子は赤面し、思わずミルゼを張り倒したくなった。が、ミルゼはすでに店の奥の窓際の席を目指して歩いており、残念ながら凜子の攻撃範囲から外れていた。
「私はしっかりごはんを食べてもいいですか?」
メニューを開きながらミルゼが尋ねる。メニューはさりげなく装飾が施され、まるで画集か絵本のような趣だった。
「勝手に食べれば?」
凜子は思わず悪態をつく。言葉にしてから、そういえばこいつは悪魔かもしれないんだったっけ、やばかったかな、と今さらながら不用意な発言を後悔する。
凜子はおそるおそるミルゼの表情をうかがう。ミルゼは食事を選ぶのに夢中のようだ。心なしか目を輝かせ、楽しそうに見える。
――なにそんなに夢中でメニューを見てるんだろう。大の大人の男なのに、なんだか子どもみたい――。
穏やかな日の光が差し込むテーブルで、一生懸命メニューと格闘しているミルゼを見て、なんとなく、凜子は自然に微笑んでいた。そしてうかつにも微笑んでしまった自分にちょっと戸惑う。
――べ、別にかわいいだなんて思ってないんだから!
自分の好みは、誠実で頼れる男らしい男性。女の人みたいな顔をして言動が子供っぽくて、そしてなにより得体の知れない、こんなわけのわからないようなやつじゃない! そもそも、こいつは私をさらってきてこき使おうとしてる悪いやつなんだから! そう凜子は心の中で自分に言い聞かせていた。
「凜子さんは、決まりました?」
「えっ!?」
不意にミルゼに問いかけられ、凜子はどぎまぎする――。輝く銀の瞳に見つめられていた。
「わ、私このメニューに書かれている文字だかなんだかわからない記号みたいなもの、まったく読めないんだけど!」
「ああ。そうでしたね。じゃあ私のおすすめを注文することにしましょう。甘いものはいかがですか?」
「べ、別になんでもいいけど……」
「じゃあ、おいしいお茶と軽めの甘いものでも頼みますか」
ミルゼは、牛の角を持つ店員にいろいろとオーダーする。そのやりとりを見て凜子は、どんだけ食べる気だ、そしていったいどこからが私の分なんだと疑問に思いつつ呆気にとられていた。
「……ねえ」
「はい。私の名前はミルゼです」
「…………」
にっこりと微笑むミルゼは、凜子に自分の名を呼ばせたいらしい。凜子はその要求を無視することにした。
「……なんで頭に角……」
凜子はハッとし、言いかけてやめた。ずっと疑問に思っていたが、それはもしかしたら触れてはいけないところなのかもしれない、そう思った。
――『それは悪魔だからだよ』、そうはっきり言われたら、どうしよう。童話「赤ずきんちゃん」の狼のように、豹変したらどうしよう。『それはお前を食べるためだよ』――。
「……草食系だからです」
「へっ!?」
思いがけない言葉に、椅子からずり落ちそうになった。
「どうして私の頭に角があるのか疑問なんですね」
「そうだけど……そ、草食系って!?」
「あなたがたの世界でも、草食動物は角があるでしょう? そんな感じです」
「な、なに言ってんの!?」
「今の店員さんも、私と同じ草食系です」
「いったいどういう……」
「ここでは三種類の人間がいます。雑食系、草食系、肉食系の三種類です」
「な、なにそれ!?」
「私やあの店員さんのように頭に角が生えているのが草食系の人間です。そして、頭の上部に獣のような耳がついている、もしくは頭の上部になにもついていないがお尻に尻尾がある、というのが肉食系の特徴です。頭の上部にもお尻にもなにもついていないのが雑食系になります。ほとんどの人が雑食系なので、凜子さんのようになにもついていない人が多いです。とてもわかりやすいですよね」
「はいーっ!?」
思わず叫んでしまった。
――草食系? 角が生えてる動物は草食系? そういえば、確かにそうだけど……。それに肉食系? 獣のような耳? 尻尾!?
「あ、ありえないんだけど……」
「性格も、草食系は温厚でおとなしく、肉食系は明るく活発な人が多いといわれています」
「そんな話、聞いたことないよ!」
角の生えた人間も見たことがない。頭の上部に耳がついている人も尻尾が生えている人も見たことがない。当然ながら聞いたことだってない。
「そんな……冗談……! そんなばかげた話……!」
「触ってみます?」
「引っ張ってもいいの?」
「どうぞ」
ミルゼの角をおそるおそる触る。ついでに、ちょっと引っ張ってみる。ちょっとやってみたかったので、つい強めに引っ張ってしまった。びくともしない。角の生え際も見てみる。さらさらとした絹のような銀の髪をかきわけてみる。とても自然で、人工的につけたとは思えなかった。
「嘘……」
「本当でしょう?」
本当に、角が生えているとしか思えない。
――草食系って……。
「悪魔じゃないんだ……」
凜子は茫然としながらも、少しほっとしていた。
「悪魔? そのほうがありえないと思いますが?」
ミルゼは柔和な笑みを浮かべた。凜子はなんだか頭がくらくらしてきた。
「……やっぱり羊男じゃん」
「まあそれはそうなんですけどね。でも、ミルゼと呼んでください」
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