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銀のリボンを結んで
空と海
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凛子の瞳をまっすぐ見つめ、リールがゆっくりと口を開いた。大切な魔法の言葉を伝えようとするかのように。
「会わせたい人が、いるの」
「え……?」
「凛子に」
どきん。リールの言葉に凛子は胸が高鳴るのを感じた。
――まさか……! まさか……!
リールもディゼムも黙って微笑んだ。
木の陰から、すらりとした男性が現れた。
陽光に輝く、銀の髪。
「お久しぶりです。凛子さん」
変わらぬ美しい、銀色の眼差し。穏やかな、深く心に染みこんでいくような声。
「ミルゼ……!」
凛子は駆けだした。懐かしい笑顔に、焦がれ続けたその胸の中を目指し――。そして、今度こそしっかりとミルゼに抱きついた。
「ミルゼ!!」
――この優しい甘い香り……! ミルゼ! ほんとに、ほんとに、ミルゼなんだ……! 夢じゃ、ないんだ……!
「ミルゼ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい、私のせいで……」
「凛子さん! 凛子さんのせいなんかじゃありません! 謝るべきは私のほうです。凛子さんを恐ろしい目にあわせてしまって本当にすみませんでした」
凛子の頬に涙がとめどなく流れ落ちる。ずっと堪えてきた気持ちが涙となって溢れてくる。ぎゅうっとミルゼを抱きしめ続けた。
「泣かないでください。凛子さん。私はちゃんとここにいますよ」
笑顔で凛子の涙をそっと指で拭う。美しい、細い指。
ふっ、とディゼムが笑う。
「ずるいよなあ。俺はこんなじいさんなのに、ミルゼは若いまんまだもんなあ。圧倒的に俺が不利じゃん。これじゃあ凛子を取り合えないじゃないか」
どすっ。
ディゼムの腹にリールの肘鉄が入った。
「妻の前でなにふざけたこと言ってんの」
「えっ!? つ、妻!?」
凛子は驚き、思わず振り返った。
「そうなの。なんか知らないけど、結婚しちゃってたのよね。私たち」
「なんか知らないけどってなんだよ!?」
「五十年って、恐るべしよねえ」
「なに言ってんだ、あの後すぐ付き合いだしたじゃないか。それもリールから……」
どすっ。
またリールの肘鉄。
「男は余計な事言わない!」
なんだか似合いの夫婦だなあと、凛子はくすくす笑う。明るく賑やかな家庭なんだろうなあと想像し、凛子はあたたかい気持ちになった――本当に、よかった――そして、ミルゼの顔を改めて見ると――、
「あれっ!?」
「気がつきました?」
「ミルゼ、つ、角……!」
ミルゼの頭に角はなかった。
「今まであったものがないって、なんか変な感じですね」
ミルゼはそう言いながら清々しい笑顔だった。まるで長い呪縛から解放されたような――。
「あのキノコから開発された薬を使って、角からミルゼが復活したの。ミルゼの体が戻ったら、今まで妖精にかけられた魔法がほどけたみたいに、角は消えてしまったわ」
「薬の開発に五十年もかかってしまったんだ。学者が言うには、あと少しで薬が完成するかもしれないってのに、なかなか最後の決め手がわからなかったらしいんだ。でも、ある晩奇妙な夢を見て――。その夢がヒントになって、見事薬が完成したらしい。夢のおかげで薬が完成できたなんて、なんだか不思議な話だよな」
妖精王だ! と凛子は思った。妖精王や妖精さんの働きかけでミルゼが助かったんだ、そう凛子は確信した。
「私はもう魔力が使えなくなりましたが、なんでも食べられるようになりました。そして、海にも行けるようになったんですよ!」
「ミルゼ……! よかったね……! ほんとに、よかった!」
「どんな姿になろうと、どう変わろうとミルゼはミルゼなんだけど、あの巻き角がないと、少し寂しい気もするなあ」
ディゼムがしみじみと呟く。
「そうですね。複雑な思いはありますが、自分と共に歩んできた角ですからね。そのおかげで皆とつながることもできたわけですし――。今思うと、大切な自分の一部だったんだなあと――」
「ミルゼ、ちょっとかがんで」
「なんですか?」
凛子はするりと銀のリボンをほどいた。それから、ミルゼの髪の両脇を少々すくい上げ、それぞれくるりとねじり、髪で小さなおだんごを二つ作って仕上げに銀のリボンで結んだ。
「おっ! 巻き角っぽい! ミルゼらしくなった!」
「なんですかもうー。これじゃ女の子みたいじゃないですかー!」
ミルゼは頬を赤くし、ちょっと口をとがらせた。
「思った通り、似合うね」
「ええ。とてもよく似合ってるわよ」
「ミルゼ、綺麗な顔してるからなあ。男にしとくのもったいないぞ」
皆、勝手なことを言う。
「さて、後は若い人たちに任せて、老兵どもはこの場を去るといたしますか」
ディゼムが笑う。
「えっ?」
リールが胸元からカードを取り出す。あの、炎の鳥が現れた。
「この子を預けておくわ。帰りたくなったら、この子に話しかけて。すぐに帰れるようにするから」
「凛子。俺らがいつ、くたばってしまっても大丈夫だぞ。俺らの孫の中の一人がギフトを受けた者なんだ。こっちとあっちの行き来は、孫ちゃんがやってくれるから」
「そんな、縁起でもない!」
「じゃあ凛子。また後でね」
「リール、ディゼム……! 本当にありがとうございました!」
リールとディゼムは笑いながら大きく手を振って、さっさとどこかに行ってしまった。お孫さんまでいるんだ――、凛子は改めて五十年の歳月に驚く。
――リールとディゼムったら……。二人っきりにしなくても――。
そう思いつつ、凛子は緊張と嬉しさで頬を染めた。
「五十年……」
ミルゼが呟いた。その歳月の重みをかみしめるように――。
「え……?」
「リールもディゼムも私にはなにも言いませんが――。大変な五十年だったと周りから聞いています。私を助けるために、薬の研究開発の資金集めや、優秀な学者を探し、呼び寄せるためにずいぶん無茶をしたらしいです。今では立派なお子さんも、かわいいお孫さんもいますが、私のためにかなりの苦労を――」
「ミルゼ!」
凛子はミルゼを力いっぱい抱きしめてあげた。
「リールもディゼムも、そうしたいからそうしたの! どうしても、そうしたかったの! だから、ミルゼは自分を責めちゃだめ! 自分のせいで、なんて思わないで! ミルゼが明るく元気でいることが、なにより二人への恩返しになるんだから!」
これは、リールが私にプレゼントしてくれた言葉だ、と凛子は思った。リールからプレゼントされた銀のリボンをミルゼに結んであげたように、長いときを越えてリールの言葉をミルゼに贈った――凛子の真心を添えて――。
「凛子さん……。ありがとう」
「ミルゼ……帰ってきてくれて本当にありがとう」
――妖精王さん、本当にありがとうございます――。
天を仰ぎ、凛子は感謝の祈りを捧げた。
「あ! そうだ! ミルゼ! 私、やりたいことと将来の進路、見つけたの!」
「凛子さん、よかったですね! やりたいことってなんですか?」
「えーと……」
――ミルゼの肖像画を描きたいんだ――。
「今は、秘密」
「なんですか、それ! 教えてくれないんですか?」
「それは完成したら――、教えるね。進路のほうはね、私、お薬に関する仕事に就きたいと思ってるんだ」
「それは素晴らしいですね!」
「ミルゼは今、なにかやりたいこととかあるの?」
「たった今やりたいこと、というのはあります」
「たった今? それはなに?」
「海を見に行きたいです」
「海……」
「もう消えたりなんかしないから大丈夫ですよ」
「海を見たいの?」
「はい。凛子さんと一緒に」
波打ち際を二頭のギルウが走る。銀の髪の青年と、黒髪の少女をそれぞれ乗せて。
「やっぱり気持ちいいですね!」
「うん!」
凛子は、すぐにでも海を描いてみたくなった。
――リールやディゼムにも海を見せてあげたい、私の絵で上手く伝えられるかわからないけど――。
それと、ミルゼの絵も描き上げようと思った。絵が出来上がったらミルゼにプレゼントしよう――銀のリボンを結んで――。
――一生懸命描いても、いい絵が描けないかもしれない……。ミルゼは喜んでくれるかな――。
空も海もどこまでも青く輝く。
潮騒が、大丈夫だよ、そう答えてくれた気がした。
「会わせたい人が、いるの」
「え……?」
「凛子に」
どきん。リールの言葉に凛子は胸が高鳴るのを感じた。
――まさか……! まさか……!
リールもディゼムも黙って微笑んだ。
木の陰から、すらりとした男性が現れた。
陽光に輝く、銀の髪。
「お久しぶりです。凛子さん」
変わらぬ美しい、銀色の眼差し。穏やかな、深く心に染みこんでいくような声。
「ミルゼ……!」
凛子は駆けだした。懐かしい笑顔に、焦がれ続けたその胸の中を目指し――。そして、今度こそしっかりとミルゼに抱きついた。
「ミルゼ!!」
――この優しい甘い香り……! ミルゼ! ほんとに、ほんとに、ミルゼなんだ……! 夢じゃ、ないんだ……!
「ミルゼ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい、私のせいで……」
「凛子さん! 凛子さんのせいなんかじゃありません! 謝るべきは私のほうです。凛子さんを恐ろしい目にあわせてしまって本当にすみませんでした」
凛子の頬に涙がとめどなく流れ落ちる。ずっと堪えてきた気持ちが涙となって溢れてくる。ぎゅうっとミルゼを抱きしめ続けた。
「泣かないでください。凛子さん。私はちゃんとここにいますよ」
笑顔で凛子の涙をそっと指で拭う。美しい、細い指。
ふっ、とディゼムが笑う。
「ずるいよなあ。俺はこんなじいさんなのに、ミルゼは若いまんまだもんなあ。圧倒的に俺が不利じゃん。これじゃあ凛子を取り合えないじゃないか」
どすっ。
ディゼムの腹にリールの肘鉄が入った。
「妻の前でなにふざけたこと言ってんの」
「えっ!? つ、妻!?」
凛子は驚き、思わず振り返った。
「そうなの。なんか知らないけど、結婚しちゃってたのよね。私たち」
「なんか知らないけどってなんだよ!?」
「五十年って、恐るべしよねえ」
「なに言ってんだ、あの後すぐ付き合いだしたじゃないか。それもリールから……」
どすっ。
またリールの肘鉄。
「男は余計な事言わない!」
なんだか似合いの夫婦だなあと、凛子はくすくす笑う。明るく賑やかな家庭なんだろうなあと想像し、凛子はあたたかい気持ちになった――本当に、よかった――そして、ミルゼの顔を改めて見ると――、
「あれっ!?」
「気がつきました?」
「ミルゼ、つ、角……!」
ミルゼの頭に角はなかった。
「今まであったものがないって、なんか変な感じですね」
ミルゼはそう言いながら清々しい笑顔だった。まるで長い呪縛から解放されたような――。
「あのキノコから開発された薬を使って、角からミルゼが復活したの。ミルゼの体が戻ったら、今まで妖精にかけられた魔法がほどけたみたいに、角は消えてしまったわ」
「薬の開発に五十年もかかってしまったんだ。学者が言うには、あと少しで薬が完成するかもしれないってのに、なかなか最後の決め手がわからなかったらしいんだ。でも、ある晩奇妙な夢を見て――。その夢がヒントになって、見事薬が完成したらしい。夢のおかげで薬が完成できたなんて、なんだか不思議な話だよな」
妖精王だ! と凛子は思った。妖精王や妖精さんの働きかけでミルゼが助かったんだ、そう凛子は確信した。
「私はもう魔力が使えなくなりましたが、なんでも食べられるようになりました。そして、海にも行けるようになったんですよ!」
「ミルゼ……! よかったね……! ほんとに、よかった!」
「どんな姿になろうと、どう変わろうとミルゼはミルゼなんだけど、あの巻き角がないと、少し寂しい気もするなあ」
ディゼムがしみじみと呟く。
「そうですね。複雑な思いはありますが、自分と共に歩んできた角ですからね。そのおかげで皆とつながることもできたわけですし――。今思うと、大切な自分の一部だったんだなあと――」
「ミルゼ、ちょっとかがんで」
「なんですか?」
凛子はするりと銀のリボンをほどいた。それから、ミルゼの髪の両脇を少々すくい上げ、それぞれくるりとねじり、髪で小さなおだんごを二つ作って仕上げに銀のリボンで結んだ。
「おっ! 巻き角っぽい! ミルゼらしくなった!」
「なんですかもうー。これじゃ女の子みたいじゃないですかー!」
ミルゼは頬を赤くし、ちょっと口をとがらせた。
「思った通り、似合うね」
「ええ。とてもよく似合ってるわよ」
「ミルゼ、綺麗な顔してるからなあ。男にしとくのもったいないぞ」
皆、勝手なことを言う。
「さて、後は若い人たちに任せて、老兵どもはこの場を去るといたしますか」
ディゼムが笑う。
「えっ?」
リールが胸元からカードを取り出す。あの、炎の鳥が現れた。
「この子を預けておくわ。帰りたくなったら、この子に話しかけて。すぐに帰れるようにするから」
「凛子。俺らがいつ、くたばってしまっても大丈夫だぞ。俺らの孫の中の一人がギフトを受けた者なんだ。こっちとあっちの行き来は、孫ちゃんがやってくれるから」
「そんな、縁起でもない!」
「じゃあ凛子。また後でね」
「リール、ディゼム……! 本当にありがとうございました!」
リールとディゼムは笑いながら大きく手を振って、さっさとどこかに行ってしまった。お孫さんまでいるんだ――、凛子は改めて五十年の歳月に驚く。
――リールとディゼムったら……。二人っきりにしなくても――。
そう思いつつ、凛子は緊張と嬉しさで頬を染めた。
「五十年……」
ミルゼが呟いた。その歳月の重みをかみしめるように――。
「え……?」
「リールもディゼムも私にはなにも言いませんが――。大変な五十年だったと周りから聞いています。私を助けるために、薬の研究開発の資金集めや、優秀な学者を探し、呼び寄せるためにずいぶん無茶をしたらしいです。今では立派なお子さんも、かわいいお孫さんもいますが、私のためにかなりの苦労を――」
「ミルゼ!」
凛子はミルゼを力いっぱい抱きしめてあげた。
「リールもディゼムも、そうしたいからそうしたの! どうしても、そうしたかったの! だから、ミルゼは自分を責めちゃだめ! 自分のせいで、なんて思わないで! ミルゼが明るく元気でいることが、なにより二人への恩返しになるんだから!」
これは、リールが私にプレゼントしてくれた言葉だ、と凛子は思った。リールからプレゼントされた銀のリボンをミルゼに結んであげたように、長いときを越えてリールの言葉をミルゼに贈った――凛子の真心を添えて――。
「凛子さん……。ありがとう」
「ミルゼ……帰ってきてくれて本当にありがとう」
――妖精王さん、本当にありがとうございます――。
天を仰ぎ、凛子は感謝の祈りを捧げた。
「あ! そうだ! ミルゼ! 私、やりたいことと将来の進路、見つけたの!」
「凛子さん、よかったですね! やりたいことってなんですか?」
「えーと……」
――ミルゼの肖像画を描きたいんだ――。
「今は、秘密」
「なんですか、それ! 教えてくれないんですか?」
「それは完成したら――、教えるね。進路のほうはね、私、お薬に関する仕事に就きたいと思ってるんだ」
「それは素晴らしいですね!」
「ミルゼは今、なにかやりたいこととかあるの?」
「たった今やりたいこと、というのはあります」
「たった今? それはなに?」
「海を見に行きたいです」
「海……」
「もう消えたりなんかしないから大丈夫ですよ」
「海を見たいの?」
「はい。凛子さんと一緒に」
波打ち際を二頭のギルウが走る。銀の髪の青年と、黒髪の少女をそれぞれ乗せて。
「やっぱり気持ちいいですね!」
「うん!」
凛子は、すぐにでも海を描いてみたくなった。
――リールやディゼムにも海を見せてあげたい、私の絵で上手く伝えられるかわからないけど――。
それと、ミルゼの絵も描き上げようと思った。絵が出来上がったらミルゼにプレゼントしよう――銀のリボンを結んで――。
――一生懸命描いても、いい絵が描けないかもしれない……。ミルゼは喜んでくれるかな――。
空も海もどこまでも青く輝く。
潮騒が、大丈夫だよ、そう答えてくれた気がした。
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