妖護屋

雛倉弥生

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紅蓮の鬼

え、この俳句はマジで笑える。てか、よく見たらただの惚気じゃん。何なの、鬼の副長なのに、逆に気味悪いね

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一方その頃、伊吹は土方と話を続けていた。

「…あれはたかが倒れたくらいで騒ぐほどの

ものじゃない。そうでしょ、土方さん」

先程とは打って変わって冷静に話す。

何か察していたようだ。鋭いところもある。

土方は瞳を凝らす。

「気づいていたのか」

「当たり前です。依頼人が俺に伝えて来た

んですから。……俺達はそれには抗えなくて

皮肉にも慣れてしまっている病……あの人は

結核ですよね」

冷めた目で土方を見つめた。見つめられた

彼は一切表情を変えない。無表情を保って

いるようだ。

「あれは治しようのない病。だからといい、

俺が会いに来てはいけないとでも?」

「総司が、彼奴が望んだことだ」

伊吹は目線を下に向けた。その目は揺れて

いた。結局あの時と同じ自分に。

「どうして……俺に教えてくれなかった……

あの時と同じように仲間外れってこと

ですか」

諦めはついている。何も話さず、教えて

くれない。それは信用、信頼していない

のと同じことだ。だから、この場には自分は

必要無い。勝手に結論付けて立ち上がった。

「話はまだ……」

「……後は俺抜きで」

感情の篭っていない声だったと感じた。

だが、既に自分の心は冷え切っている。

吹雪になっても変わらない。極寒だ。土方の

声も無視して部屋を出た。あとは異様な程に

寂しい光景が続く。驚き程に人がいない。

皆、町へと出かけたのだろう。恐らく

彼等は……沖田が倒れたということ以外何も

知らない。ましてや、病に患われたという

ことも。伊吹は怒りや悲しみ……その他の

感情を抑える為にきつく拳を握り締めた。

手の平から血が垂れ、床に落ちる。

後で包帯を巻いた方がいいだろう。

「……俺が死ねば良かったのにな」

ぽつりと溢した言葉は誰も拾ってくれる訳が

なく虚しく風に拾われ、消えていった。


「お前、こんな所で何やってんの?」

顔を上げると目の前に黒色の髪を一つに

結った青年、藤堂が立っていた。

「あ、あんたこそ何その手に持ってるやつ」

動揺して声が震えていたが、藤堂の手に一冊

の本がある事に気付いた。厚さは薄いが、

使い古されたもののようだ。

「……三悪に擦りつけられてな。」

三悪とは、沖田、永倉、原田だろう。

あの三人は、良く馬鹿をする。伊吹も時折、

いや、殆ど混ざっているが。

「成程、彼奴等ならやりそうですね。

……擦り付けられたその本は誰のなんです

か?」

すると、藤堂は苦い表情を浮かべた。

言いたくは無いようだが、僅かに言い淀んだ

後、口から出した。

「実はな……土方さんの物なんだ」

「……は?」

伊吹の心境を察するように藤堂は息を

吐いた。

「沖田が勝手に奪って来たらしいんだ。

……これ、あの人の最大の弱点で俳句集

らしいんだ」

伊吹は床に手をつき、声を出して笑った。

「ま、本気っすか!? ぷっ、ははははは!

あ、あの鬼が俳句! ふはははは!!」

笑いの経穴が浅いのか、未だに笑い続けて

いる。先程の空気はどこいった。

「笑わないで。絶対怒られるから」

藤堂が咎めるが伊吹には聞こえていない。

床を叩き、腹を抱えている。床に転げ、

足をばたばたと動かしている。

「ふはははは、ははは!! わ、笑いが……

と、止まらない、ははは!」

藤堂は額に手を当てた。

「伊吹、もうそろそろそのくらいにしろ。

お前の命が危うい」

「へ?」

後ろを指されながら真剣な声で伝えられ、

恐る恐る振り向くと鬼の気を纏った土方が

仁王立ちで伊吹を見下ろしていた。

「え、あ……」

汗が頬を伝う。命の危機を感じ取った。

が、遅かった。

「伊吹諸共覚悟して死にやがれ!!」

それから数時間伊吹らは土方との地獄の

鬼ごっこで半年分の生気を削ったという。
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