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始動
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しおりを挟む「撮影始めます!まずはシーン1、陽人と光が出会うシーンから」
正直、付き合いの長い千秋との演技に不安はない。もちろん今まで恋人同士の役はした事がないけど、不安よりも信頼の方が大きいのだ。
キスシーンもあるが、千秋風に言うと『何とかなる!』だろう。ただ、天音とは同じように出来るかどうかは分からない。
天音の所属するグループは、メンバー同士の距離が近いという噂を聞いた事がある。スキンシップが凄いだとか、肩や腕をよく組むとか。だから天音は、男同士の距離が近い演技はお手のものかもしれない。
それこそ例の冠番組の企画なのか、昨夜寝付けずにSNSを見ている時に流れてきた画像は、天音がメンバーにキスされているものだった。キスと言っても、頬にされている画像だったけれど。多分、罰ゲームか何かだろう。澪も新人の頃に出されたバラエティ番組で同じような事をされた覚えがある。
でもその画像を見た時、澪は思わずスマホを閉じたのだ。何だか、見ていられなかったから。
「次、シーン10陽人と航、教室のシーン!」
教室のセットの中。
澪が窓際の一番後ろの席に座って、ぼーっとグラウンドを眺めている所に幼馴染役の天音が目の前の席に座ってくる。サッカー部のエースである片想いの人・光の事を教室から眺めている場面だ。
「"……何か用?"」
ちらり、天音を盗み見る。天音もグラウンドを眺めていて、その横顔が絵画のように綺麗だなと思わず見惚れていると、天音がゆっくり澪に顔を向ける。
偽物だが太陽の光が色素の薄い瞳に吸い込まれ、キラキラと光っていて目が離せなくなった。
「"……好きなの?"」
きらり、水分量の多い瞳が煌めく。髪の毛がふわっと風になびいて、前髪の隙間からこちらをじっと見つめている天音と目が合う。台本の指示通り澪はふいっと顔を逸らし、またグラウンドを見つめた。
「"誰を?"」
「"アイツ……"」
「"アイツって誰"」
「"……九重光"」
比較的大人しいクールキャラの羽澄航は、短い単語ばかりで話を進めるようなキャラクターだ。普段、ステージ上で歌っている彼は甘い声なのに、今は役に入っているのか声はやや重低音。
離れた頃は声変わり直後だったから、ちゃんとこんなに低い声を聞いたのは初めてだ。
何だか、やたらと心地いい声だな。
ボーカルレッスンとか、そういうのをちゃんとしてるからなのかな。
何となく、天音はドラマや映画より演劇やミュージカルの方が声が通っていいような気がする。なんて、どうでもいい分析。
「"好きな訳ないじゃん、あんな奴…"」
「"陽人って、嘘つくのが下手だよね"」
「"は?喧嘩売って……"」
一瞬、時が止まったような気がした。
天音の周りの空気だけが違って、その空気に飲み込まれそうな澪もまた、息を飲んでしまう。
特別な事は何もしていないのに、じっとこちらを見つめている天音の顔に射抜かれてしまった。
「"……俺にしたらいいのに"」
そう言って握られた小指は、やたらと熱かった。
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