First Love.

時任志葵

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目覚

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分からないフリを、気付かないフリをしていただけで、天音の気持ちはもうずっとそうだったのだろう。自然に出てきたのであろう彼の言葉の意味が分からないほど、子供ではない。それはきっと天音も同じで、彼もまた、もう子供ではないのだ。

幼いころから一緒にいたから、敬愛を恋だと勘違いしているだとか、澪が突然いなくなったことによる執着だとか言いたいことは色々ある。

でも、今からこの議論をすると時間がかかる。散々避けてきた話題だけれど、逃げずにちゃんと話すと決めたのだから、その時に決着をつけよう。

「……ほら、これ。オーバーサイズだから天音でも着れると思う。早く着替えて準備して行こう」
「うん…ありがとう、澪。助かる」

とにかく天音が着られそうなものをクローゼットからぽんぽん取り出し、昨日着ていた服は洗濯機に突っ込んだ。

「昨日の服は洗っとく。とりあえず今日はおれの服で我慢して」
「我慢って言うか、むしろご褒美……」
「は?」
「んん、なんでもない…ありがとう、澪。洗濯も…また、この家に取りに来ていいってことだよね?」
「……いや、そんなこと言ってないけど。現場に持って行く、し…」
「"いらない疑いを生むな"でしょ?澪が僕の服を洗濯して持ってきたら、どうしてかなって疑われちゃうよ」

揚げ足を取るようにそう言って笑う天音。先程自分の言った言葉が綺麗に跳ね返ってきて、澪はグッと唇を噛んだ。確かに澪が天音の服を現場に持って行ったら『いらない疑いを生む』だろう。澪が返事をしかねていると、頭上から小さい笑い声が降ってきた。

「ふ…、考えすぎ。そんなに嫌なんだ?」
「そういうわけじゃなくて……」
「僕と再会してから、澪は困った顔ばっかりだね…」

悲しそうな顔をする天音の腕を引こうとした時、澪のスマホが静かな部屋に鳴り響く。着信はマネージャーからで、迎えの連絡だろう。

「……とにかく、今度ちゃんと話し合おう。服はその時に返すから」
「…うん、分かった」

まだ頭が混乱しているし、こんな状態で仕事が出来るのか分からないが、とにかく今は仕事に行くしかない。仕事の間は天音のことを考えなくていいと思ったが、今日は昨日に引き続き天音との撮影シーンがある。三角関係の話なのだから、主要キャスト同士の場面が多いのは仕方ないのだけれど。

「現場でこの話はするなよ?」
「うん」
「本当に分かってんの?お前のために言ってんだけど」
「分かってるよ、澪の気持ちは」

何だか、どこかふわふわしていて掴めない天音の態度にため息をついて、二人はようやく家を出た。


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