【小話集】

色酉ウトサ

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『恩返し』

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…チャ
ガチャ
ガチャガチャ
ガチャガチャガチャガチャ

(………ん?)

ピンポーン

(…だれだ、こんな朝早くから…)

ピンポーン
ピンポーン
ピンポピンポーン
ピーンポーン

「うるさいな…。は~い、どちら様ですか?」

カチャ
ガチャ
キィ…

ガンッ

「!」

「おう、おせえじゃねえか」

「え…? あ…の…、どちら様…ですか…?」

「恩返し、してやんよ」

 それは夏休みの初日の出来事だった。

 朝早くにうるさく鳴り響くチャイムの音で目を覚まし、玄関へ向かうと、そこには一人の男が立っていた。

 その男は、今どき珍しいリーゼントに学ラン姿と言う全身真っ黒な不良だった。

 不良は僕が戸惑っていることに気付くと、上目づかいにニヤリと笑い、ズカズカと家の中へと入り込んできた。

「あの、あなたは一体なんなんですか!? 勝手に入られたら困ります、警察呼びますよ!!」

「あぁん? 恩返しに来たって言ってんじゃねえか! 文句あんのかゴラァ!!」

ドスッ

「うわっ!………恩返し…? いや、だけど…」

「ああん?」

「…無い…です…」

「だったらグダグダ言ってねえで、だまって恩返しさせやがれ!!」

「は、はい…」

 不良の目力にそれ以上逆らうことは出来なかった。

「部屋がちらかりすぎだ、キレイにしとけボケ!!」

「す、すみません…」

「なんだ、まだ食えるのもあるじゃねえか!」

「食えるって、それ食べ残し…」

「あぁん? 食えねえとでも思ってんのか!!」

「ひぃぃ…、すみません…」

「あましてんならよこせ、オレたちがキレイに食ってやっからな!」

(オレ…たち…?)

「良いのか悪いのか、はっきりしろや!!」

ドスッ

「っ…ど、どうぞどうぞ!!」

 突然やって来た不良は、わが物顔で僕の家の中を見回りながら紙くずや雑誌などはゴミだと言ってごみ箱へ捨て、食べ残しや少し傷んだものは自分たちが食べると言って1ヶ所にまとめ始めた。

 見た目だけでもかなり怖いのに、一言ひとことが常にケンカ口調で、しまいにはリーゼントでどつき始める不良に僕は、逆らう事ができなかった。

「うしっ、だいたいこんなもんだな!」

「…キレイになった…」

「おめえが汚くしすぎなんだよ!!」

ドスッ

「…すみません…」

「じゃ、オレは帰るからな!」

「え、あ、はい…。 ありがとうございました…」

「んじゃあ、また明日来るからな」

バタン

「………………え?」

 出て行く直前の不良の言葉に、僕は意味が分からずに呟いていた。



 次の朝、日が昇るか昇らないかかのうちにやって来た不良に、僕はまた叩き起こされた。

ピンポーン

「ん~…」

ダンダンダン

「うわあ!? 何だ?」

「まだ起きてねえのか!!」

(あの声…)

「早く開けやがれ!! さもねえと…」

「今! 今開けます!!」

カチャ
ガチャ
キィ

「おせえじゃねえか!!」

ドスッ

「うっ…すみません…」

 ドアを開けると、不良は前の日と同じように僕をどついて家の中へと入ってきた。

 はじめは機嫌が悪かった不良だったけれど、部屋の中がキレイなままだったことに喜んで、いきなり頭を撫でられた。

 まさか、不良に頭を撫でられるとは思わず、変な顔で不良を見つめてしまいまたどつかれてしまった。

「やれば出来るじゃねえか!!」

「あ、ありがとうございます…」

「礼はいらねえよ、恩返しだからな!! さ、今日はなにすっかな~」

「………あの…」

「ん~?」

「恩返しって…」

「………てめえは黙って、オレがした事を受け取ってればいいんだよ」

「す、すみません…」

 また不機嫌になった不良に、僕はそれ以上、聞く気にはなれなかった。

 この日、不良は僕の衣服を洗濯してくれた。

 洗濯を終えた後は前の日と同じようにさっさと帰ってしまい、僕は(明日もまた来るのだろうか?)と、不良が来ることを少しだけ楽しみにしていた。

 また来るかもしれないと思い早起きしていると、この日も朝早くに不良はやって来た。

 思った通りにやって来た不良は、1回のチャイムで出て来た僕に驚いていたけれど、困ったように笑うと、「やるじゃねえか」と言って家の中へと入って来た。

「う~ん、今日はやる事無さそうだな。 おめえはなんかして欲しいことねえか?」

「いえ、特には…」

「そっかあ? なら帰るわ」

「ええ~!? か、帰っちゃうんですか?」

「することねえからな!」

「あ…、だ、だったら、その…」

「何だよ?」

「え…と…」

「さっさと言え!!」

ドスッ

「す、すみません…。あ、あの、あなたの名前を教えて下さい!」

「はあ?」

「まだ、聞いてませんでしたよね…」

「オレの名前か、…クロ。クロだ」

「クロ…さん。クロさんですね!」

「お、おう…」

「クロさん、いつもありがとうございます」

「礼はいらねえっつってんだろ!!」

ドスッ

「い、いえ…、ただ言いたかっただけで…」

「そうかよ…」

 つつかれはしたものの、名前を知れたことやお礼を言えたことが嬉しくて、僕はそのことを伝えた。

 不良のクロさんは僕の言葉に頷くとまた、今日は帰ると言って出ていってしまった。

(帰ってしまった…。 あれ、でも、今日‘は’ってことは…)

 クロさんの言葉に、明日もまた来てくれることを確信した僕は、また明日も早起きしようと決めた。

 次の日も、前の日と同じように朝早くに目を覚ました僕は、クロさんがやって来るのを待っていた。
けれど、クロさんはやって来ることは無く、時間がたつにつれて僕の勘違いだったのかと考え始めた。

ドンッ

 その時、玄関のドアに何かがぶつかる音がして、少し怖さを感じながらもクロさんが来たのかもしれないと思い、ゆっくりと玄関へ向かった。

ガチャ
キィ

「クロさん…? て、え、カラス…?」

カァ

「何で、カラスが? しかも、怪我してる…?」

カ…ァ…

「ええっ!? 何でここで倒れるんだよ!!」

 ドアを開けるとそこにはカラスがいて、そのことに戸惑っている内にカラスはその場に倒れてしまった。
そのままにしておく訳にもいかず、僕は倒れたカラスをタオルにくるんで家の中へ。

 様子を見るために、タオルにくるんだままのカラスを段ボールの中に入れ、上だけ開けて状態を確かめる。

 見る限りだとカラスは弱っていて、このままだと危ない気がした。
けれど自分では何も出来ないため、鳥とは言え動物なんだからと、動物病院へと持ち込んだ。

 突然持ち込んだにも関わらず、嫌な顔もせずに先生はカラスをみてくれた。

 怪我をしてはいるが命に別状は無く、怪我が良くなれば大丈夫だと言って手当てと栄養剤を出してくれたのだ。

 怪我は、猫や犬などに襲われて出来たものだとも教えてくれた先生は帰りに、「何かあったら、また来なさい」と笑顔で言ってくれた。

 結局、その日はカラスの看病で1日が終わった。

 この日、クロさんが来ることはなかった。



 看病している内に眠ってしまった僕は、翌朝カラスの鳴き声で目を覚ました。

カァカァ

「…カラス…? どうしてうちの中で、カラスの鳴き声が…」

ドスッ

「痛っ!!」

「まだ寝てんのかよ。さっさと起きろ!」

「クロさん!? どこに…え」

「…目の前にいるだろ…」

「え? え? あれ? どうしてカラスがクロさんと同じしゃべり方を…、あっ、カラスがしゃべってる!?」

ドスッ

「うるせえよ!! …オレは、カラスなんだよ…」

「クロさんが…、カラス?」

「そう言ってんだろ! オレはおめえに売られた恩を、返しに来たんだよ」

「クロさんは人間ではなくカラスで、僕に恩返しに来た…? あれ? でも僕、カラスを助けた記憶はありませんよ?」

「おめえには無くても、オレにはあんだよ…」

「? …あ、そう言えば怪我は大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとな」

「いえ…」

 見た目はカラスでも、口調はクロさんだからか、少し違和感はあるものの僕はカラスがクロさんだと受け入れることが出来た。
そして、クロさんが無事であることに心底ホッとした。

 お礼をしてくれた後、しばらく黙っていたクロさんはゆっくりと僕の方へ顔を向けると、真剣な顔で今日は何かして欲しいことはないかと聞いてきた。

 いつもと違うクロさんの雰囲気に僕は少し戸惑ったけれど、クロさんが無事ならそれで良いと答えた。

「僕はずっとクロさんにお世話になりっぱなしで、何かお礼をしなきゃならないと思ってたんです…」

「…んなこと、考える必要ねえだろ。 オレが勝手に上がり込んだんだ…」

「…ええ。 だけど、お世話になったのは本当ですよ? だから今、クロさんが無事で本当に良かったと思ってます」

「………」

「クロさんがいなかったら、お礼出来ませんから…」

ドスッ

「うっ…、クロ、さん…、せめてどつく時は人間の時にお願いします…」

「…分かったよ。でもまあ、もう会うこともねえだろうがな」

「え…」

「おめえへの恩返しが出来るのは、今日までなんだよ。 だから最後に、何かして欲しいことを聞こうと思ったのによ…」

「…もう、会えない…?」

「いや、カラスの姿でなら会えないこともないぜ。 ただし、こうしてしゃべることは出来ねえがな…」

「そんな…」

「ほら、本当にいいのか? オレが出来ることなら何でもしてやるぜ!」

「………」

 クロさんがニッと笑ってる顔が頭をよぎり、僕の胸には寂しさが込み上げてきた。
言葉は浮かばず、して欲しいことも浮かばず、黙り込む僕とそれを見つめるクロさん。

 そうしている内にクロさんは小さくため息を吐いて、「最後だからな…」と呟いた。

 瞬間、クロさんはいつもと同じあの不良の姿になり、「早く言え」と告げた。

 何も浮かばないことに段々焦りを感じた僕は思わずうつ向き、次から次へと浮かんできた言葉を呟いていた。

「…どうして、今日までなんですか…」

「カラスの世界の決まりだ」

「…クロさん、また僕に恩を売られたって…」

「今回の恩とは別だからな」

「じゃあ、また来れるんじゃ…」

「1羽のカラスが人間の姿になれるのは1回だけだ」

「………」

「もうねえなら、オレは行くぞ」

「…分かりました。 だったら、最後に聞かせて下さい」

「おう」

「僕への恩って何なんですか?」

「ふっ、本当にちょっとしたことだぜ? おめえは、オレがなかなか割れずいたクルミを割ってくれたんだ」

「クルミを…割った…?」

「何度地面に叩きつけても、車にふませても割れなくて、それでもオレにはそれがその日やっと手に入れたメシだったんだ…」

「………」

「それをどこで見てたんだか、おめえは手に何か持って近づいて来て、オレが落としたクルミを取り上げたんだ。 オレはメシが取られると焦っておめえをどつきまくった」

「………あ、あの時…」

「オレの攻撃におめえは逃げねえし、オレも腹へって飛ぶ気力は無くなるしで散々だった。 オレが飛ぶのを止めて近くにおりた時、おめえは何しても割れなかったクルミをあっさり割って、中身をオレによこした。 …あん時は本当に助かったぜ」

「そんなこと…」

「さ、話したぜ。 他にはねえか?」

「…また、カラスの君とは会えるんだよね?」

「ま、オレもあちこち飛び回ってるから、いつもは会えねえがな。たまになら顔見せてやるよ!」

「ありがとう…」

「結局、恩返しらしい恩返しは出来なかったな」

「いえ…、十分、してくれましたよ…」

「そうか? なら、来たかいはあったな。 じゃあな」

ガチャ
バタン

 楽しそうに笑ったクロさんに、もう引きとめることは出来ないのだと諦めた。



 その後、町中でカラスを見掛ける度にクロさんかどうかを確かめるのが日課になった。

 特に目印がある訳でも無いから全く分からないけれど…。

「クロさんには、僕だって分かるんだろうけど…」

「クロ、今日は何してるんだ?」

カァ

「…え?」

 天気が良いからと散歩に出て、公園のベンチでくつろいでいる時に聞こえた声と鳴き声に、思わず声の主を探した。

 声がした先に居たのはクロさんが怪我した時にお世話になった獣医の先生で、先生の見ている先には真っ黒いカラスが1羽、木の上に止まっていた。

 何だか嬉しくなった僕はベンチから離れると、真っ直ぐに先生と真っ黒いカラスのいる方へ歩き出したのだった。



終わり
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