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18 失礼な来客-1
ところが、ピクニック前日、迷惑なお客様が現れた。
「突然の訪問、失礼いたします、公爵様。実は、我が領地と貴領地との境界線について、いくつか確認したい点がございまして。また、来月予定されている豊穣の祭典の共催についても、ご相談させていただければと存じます。お時間をいただけますでしょうか」
先触れもなく訪問してきたのはドーハティ伯爵夫妻。キーリー公爵領の東側に位置し、隣り合わせであるため物理的な距離としてはごく近い隣人といえる。
伯爵は痩せていて神経質そうな男性だった。どこか見下しているような視線を私に向けていた。夫人はというと、明るい金髪を高く結い上げ、宝石であしらわれた重たげな髪飾りをつけている。唇には濃い紅を引き、ほほえんではいるが目が笑っていない。その視線は常に人を値踏みするように動いており、歩くたびにドレスの裾がわざとらしく広がった。いかにも自分が主役とでも思っているような派手な立ち居振る舞いで、香水の香りがやたらきついし、わざとらしい仕草が目立つように思う。
公爵はドーハティ伯爵と執務室に向かい、私はこの夫人をサロンでもてなす。しばらくは和やかな話題が続いていたのに、徐々に話が私に関するものに変わっていった。
「キーリー公爵夫人は男爵家のご出身ですものね。ご苦労なさっているでしょう? バルバラ様は大変苛烈な方でしたわ。激情型というかすぐにヒステリーを起こしたりして……」
私の出自への蔑みと、前妻のけなし技を披露して、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「アベラール卿の見た目がバルバラ様にそっくりだとの噂。性格が似なければよろしいですわね。キーリー公爵夫人にお子様が早くできて、その子が跡継ぎになられることを祈っておりますわ」
心の奥で何かが、ゆっくりと冷たく固まっていくのを感じた――怒りよ。伯爵夫人の言葉は一見、私を持ち上げているように聞こえる。けれどその実、前妻をけなし、私の出自をあざけり、あげくにはアベラールにまで矢を向けていた。
正直、私の出自についてなら、何を言われてもかまわない。男爵家なんて、貴族の中でも末端だ。私自身、それを劣っているとは思わないけれど、世間的にそう見られることはわかっている。
けれど――アベラールのことだけは、別だわ。
あの子はまっすぐに私を信じて、優しい心で使用人たちにも笑いかけ、思いやりの心も育ってきている。今ではキーリー公爵だって、アベラールを可愛がっているのに、血筋だの気質だのと、まるで罪のように言い立てるなんて。
伯爵夫人の唇がまだ何かを言おうとして動いたその瞬間、私ははっきりと自覚した。これは『母として、我が子を守りたい』という、ただそれだけの――けれど決して譲れない感情だ。継母だろうと、私はアベラールを愛しているのだから、母としての怒りがわき上がるのは当然なのだ。
「確かにバルバラ様の性格は、お会いしたこともありますから、存じあげています。ですが、アベラールが似ているのは美しい外見だけ。性格は素直でとても優しい子ですわ。それと……もし新たに子ができても、私はアベラールを跡継ぎとして尊重するつもりです。ドーハティ伯爵夫人に、口を挟まれる筋合いはありませんわ。アベラールの人格について他家の方からとやかく言われるのは、正直、非常に不愉快です」
きっちり、言うべきことは言わないとね。アベラールをおとしめるのだけは許さない。もっとなにか言ってやろうと思っていたら、ちょうど執務室で話し終えた公爵達が姿を現した。公爵は私の隣に座り、ドーハティ伯爵は夫人の隣に座る。
公爵の顔を見れば、とても機嫌が悪くムスッとしていた。伯爵はそれにも気づかず、尊大な口調で私に話しかけた。
「いやぁ、奥様。公子を手懐けるとはさすがですな。噂では実の親子のように仲睦まじいとか……しかし、やはり血は争えないものですよ。少々荒れた気質が見えるようでしたら、早めに厳しくしておいた方がよろしいかと。子供はやはり母親に似ますからな」
「突然の訪問、失礼いたします、公爵様。実は、我が領地と貴領地との境界線について、いくつか確認したい点がございまして。また、来月予定されている豊穣の祭典の共催についても、ご相談させていただければと存じます。お時間をいただけますでしょうか」
先触れもなく訪問してきたのはドーハティ伯爵夫妻。キーリー公爵領の東側に位置し、隣り合わせであるため物理的な距離としてはごく近い隣人といえる。
伯爵は痩せていて神経質そうな男性だった。どこか見下しているような視線を私に向けていた。夫人はというと、明るい金髪を高く結い上げ、宝石であしらわれた重たげな髪飾りをつけている。唇には濃い紅を引き、ほほえんではいるが目が笑っていない。その視線は常に人を値踏みするように動いており、歩くたびにドレスの裾がわざとらしく広がった。いかにも自分が主役とでも思っているような派手な立ち居振る舞いで、香水の香りがやたらきついし、わざとらしい仕草が目立つように思う。
公爵はドーハティ伯爵と執務室に向かい、私はこの夫人をサロンでもてなす。しばらくは和やかな話題が続いていたのに、徐々に話が私に関するものに変わっていった。
「キーリー公爵夫人は男爵家のご出身ですものね。ご苦労なさっているでしょう? バルバラ様は大変苛烈な方でしたわ。激情型というかすぐにヒステリーを起こしたりして……」
私の出自への蔑みと、前妻のけなし技を披露して、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「アベラール卿の見た目がバルバラ様にそっくりだとの噂。性格が似なければよろしいですわね。キーリー公爵夫人にお子様が早くできて、その子が跡継ぎになられることを祈っておりますわ」
心の奥で何かが、ゆっくりと冷たく固まっていくのを感じた――怒りよ。伯爵夫人の言葉は一見、私を持ち上げているように聞こえる。けれどその実、前妻をけなし、私の出自をあざけり、あげくにはアベラールにまで矢を向けていた。
正直、私の出自についてなら、何を言われてもかまわない。男爵家なんて、貴族の中でも末端だ。私自身、それを劣っているとは思わないけれど、世間的にそう見られることはわかっている。
けれど――アベラールのことだけは、別だわ。
あの子はまっすぐに私を信じて、優しい心で使用人たちにも笑いかけ、思いやりの心も育ってきている。今ではキーリー公爵だって、アベラールを可愛がっているのに、血筋だの気質だのと、まるで罪のように言い立てるなんて。
伯爵夫人の唇がまだ何かを言おうとして動いたその瞬間、私ははっきりと自覚した。これは『母として、我が子を守りたい』という、ただそれだけの――けれど決して譲れない感情だ。継母だろうと、私はアベラールを愛しているのだから、母としての怒りがわき上がるのは当然なのだ。
「確かにバルバラ様の性格は、お会いしたこともありますから、存じあげています。ですが、アベラールが似ているのは美しい外見だけ。性格は素直でとても優しい子ですわ。それと……もし新たに子ができても、私はアベラールを跡継ぎとして尊重するつもりです。ドーハティ伯爵夫人に、口を挟まれる筋合いはありませんわ。アベラールの人格について他家の方からとやかく言われるのは、正直、非常に不愉快です」
きっちり、言うべきことは言わないとね。アベラールをおとしめるのだけは許さない。もっとなにか言ってやろうと思っていたら、ちょうど執務室で話し終えた公爵達が姿を現した。公爵は私の隣に座り、ドーハティ伯爵は夫人の隣に座る。
公爵の顔を見れば、とても機嫌が悪くムスッとしていた。伯爵はそれにも気づかず、尊大な口調で私に話しかけた。
「いやぁ、奥様。公子を手懐けるとはさすがですな。噂では実の親子のように仲睦まじいとか……しかし、やはり血は争えないものですよ。少々荒れた気質が見えるようでしたら、早めに厳しくしておいた方がよろしいかと。子供はやはり母親に似ますからな」
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