謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真四章 試験

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 王立魔術学校カラニデ。その長い歴史は、なんと百年以上に及ぶらしい。
 昔々あるところに、とても強い冒険者が居ました。彼は国の平和を脅かす魔物を倒す事で、皆から感謝され、王にも称えられました。
 王は彼に褒美を寄越そうとしましたが、彼は「褒美はいらない。その代わり、私亡き後、この国を守る物を育てる場所を作ってください」と言ったそうな。そしてできたとされるのが、ここである。
 この学校では、賢者と呼ばれる英雄を多く輩出しており、ある時は異界から来た勇者を育てたという話もある程だ。この国における、最高峰の教育を受ける事ができる学校だという事は、間違いない。
 私は門番に、兵士さんから渡された推薦状を渡すと、待機場まで案内された。結構良い時間だったらしく、私が部屋に入る時には既に、沢山の子供達が部屋に居た。その全員が、身形の整った、恐らく貴族である。
 有能な人材が輩出される場所というのは、ただ居ただけでステータスになる。貴族は、自分の子供にこういう所に行かせて、肩書ついでに良縁を結ばせようとしているらしい。裏口入学も行われているなんて噂も立っているが、そんなのがあったとしても、もし試験で結構良い結果を出せれば、そういう連中も押し退けられるだろう。頑張らねば、皆に申し訳が立たない。
 私は、緊張の面持ちで椅子に座った。奇異の視線が刺さる。当たり前だ。ここは生粋のお嬢様、お坊ちゃま学校。平民が試験を受ける事でさえ、とんでもなく珍しい事なのだ。あの兵士さんには感謝しよう。
 それでも、笑ってくる奴は居なかった。受験直前なのだ。私と同じで、緊張しているのだろう。
 暫く待つと、職員と思わしき人間が入室した。
「これから、試験会場へ移動します。ついて来て下さい」
 私達は受験番号順に並べられ、長い廊下を移動する。しかし、やけに派手な内装だ。この壺一つ売るだけで、村の皆が一年は暮らせるだろう。まあ、そんな事をしたら騎士様のお縄なので、流石に手は出さない。
 少し歩くと、広い部屋に着いた。私達はそこに座らされ、試験の用紙が渡される。
「では、今年度の新入生入学試験を始めます!くれぐれも、不正の無いように!」
 どの口が。しかし、私一人がそんな事を考えても仕方が無い。今は目の前の試験に集中せねば。
 最初は算術。といっても、加法減法と簡単な乗法除法だけで、私の敵ではない。見直しもばっちり。エディさんありがとう。
 次に、読み書き。こっちも簡単な単語と文法だけだ。読書によって鍛えられた私の国語力を舐めるな。リョウコさんありがとう。
 最後に、思考力を試す、作文の問題。こっちは、この国の歴史とか社会情勢とかも考慮しなければならないので、少しばかり難しかったが、結構自信が持てる結果だった。
 これで筆記問題は終わり。教員の方がベルを鳴らし、試験の終了を知らせる。私達は部屋を出され、次の試験である、『実技科目』へと移る。
 実技科目は、最も重要な試験であり、過去に、筆記は合格ラインの少し下だったが、実技が最高得点だった為、合格した生徒も居たらしい。逆もまた然り。ここでミスれば、全てが無駄になる可能性だってあるのだ。気張って行こう。
 内容は簡単。十メートル離れた的に、自分の好きな魔法を当てるだけ。しかし、これが結構難しい。私も、多少使えるようにはなったのだが、使い始めは制御が難しく、思った向きに飛ばない事もあった。それが十メートルともなれば、結構厳しい人も居るだろう。
 しかし、この一年と少しの間、私も魔術の訓練を重ねたのだ。指向性の制御は勿論、多少難しい魔術も扱えるようになったのだ。
「受験番号一番!アイク・クロードル!前へ!」
「はい」
 そう言って前に出たのは、赤髪が綺麗な少年だった。クロードル辺境伯家。魔術の名門であり、国防の要とも言える、クロードル領を任される程の有力貴族である。彼が一番最初なら、彼のラインが、今年の最高水準と考えて差し支えないだろう。
 彼は自分の杖を教員さんに渡し、細工が無い事を確認してもらってから、的に向き合った。
 彼は杖を構え、詠唱を始める。
 魔術は、大きく三種類に分けられる。一つ目が、詠唱魔術。全ての魔術の中で最もメジャーで、使いやすい。魔術毎に決められた詠唱を行う事で、魔術を行使する。威力は変えにくいが、安定して魔術を使えるので、これを使う人間は多い。
 二つ目が媒体魔術。杖や宝石など、魔力の伝導率が高い物体か、魔力で作られた魔法陣を媒体にして魔術を発動する。詠唱が必要無い代わりに、直ぐに魔術が発動する上、威力も融通が利く。その反面、暴発もしやすいので、安全が確保された城壁の上から打ち下ろす使い方が多い。
 三つ目が精霊魔術。『精霊』と呼ばれる存在と契約する事で、魔術を行使したり、自身の魔術にバフを掛けたりする。威力も融通が利く上、直ぐに魔術が発動する。その癖、魔術の制御は精霊がやってくれるので、暴発する心配も無い。ただ、これは精霊が居ないと成り立たない魔術でもある上、精霊が言う事を聞かない事もあるので、多用はされない。
 彼がやろうとしているのは、媒体魔術の威力に詠唱を重ねる事で、制御を簡単にしているという作業である。魔術師が杖を持ち歩くのは、こういう事ができるからである。
「『我が敵を射抜け!炎槍ファイアランス』!」
 詠唱が終わり、魔術が発動すると、炎の槍が、的に向かって打ち出される。それは凄い速さで飛び、的を貫いた。恐らく彼の合格は確実だろう。
 その後、続々と受験生がこの試験を受けた。的に当たる者、当たらない者、そもそも魔術が発動しない者。そんな人間が続く中、三名の生徒が、アイクさんと同レベルの結果を残した。
 一人目がラインハルト・ロードリヒ。この国の第一王子だ。王族の英才教育の賜物だ。凄い。
 二人目がリューク・リーゲンブルク。武闘派を謳う貴族の嫡男で、流石としか言いようの無い結果だった。
 三人目がジルベルト・ウルハリア。先々代の賢者を輩出した家の次男で、派手さこそ無い物の、洗練された、美しい魔術だった。
「受験番号百十七番!ライラ!前へ!」
「はい」
 そして、遂に私の番だ。私は貸し出されている杖を借りて、魔術を行使する。
 これは単純な魔術勝負ではなく、一種のパフォーマンスである。魔力制御、魔術の難易度、あと印象に残るかが重要である。
 ならばどうするか。私がやれる、最大限をやる。
 私は魔法陣を描き、自身の周囲に、幾つもの魔力の玉を作り出し、それを光の剣に変える。私は的の中心に狙いを定め、杖を振り下ろす。同時に、光の剣は的に向かって飛んで行った。それらは全て的を貫いたので、恐らく合格ラインは越えただろう。
 魔術の複数同時行使は高等技術とされており、私はそれの真似事をやったのだ。魔力の制御もできていたし、難易度を言うまでも無い。そして、それを受験生が行使したとなれば、インパクトも十分だろう。
 私は杖を教員さんに返し、受験生の列に戻る。また奇異の視線が刺さる。ふっ、私の方が凄いのだ。貴族が何だ。どやあ。

 取り敢えず、これで肩の力は抜いても良いだろう。
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