謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真二十二章 噂

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 あれから二週間。私達は一つの噂に悩まされていた。
「『アレンさんが危ない人間』……ねえ」
「一体どこから沸いた噂なんでしょう?人の悪口を言うしかできない人間なんて、恥ずかしいだけですわ!」
「そういう事がハッキリ言えるのは、マリア君の美徳だね」
 全くこの人は、噂の当事者なのに、なんでこんな余裕そうなんだろう。もう少し慌てたりする物じゃないのか?
 今、学校の中には、『アレン・ルーデリアは、危険な人物である』とかいう、この上無く漠然とした噂が蔓延っている。噂には尾ひれが付く物で、気付けば犯罪者組織の一員だとか、違法な商会に出入りしているだとか、根も葉も無い噂が増えている。
 正直、私達もアレンさんの事はよく知らない。だから否定も肯定もしないが、実際は本当の事を知りたい。いつも持って来る素材や機材は、どこからの物なのか。実家からの贈り物という説もあるが、それにしてはおかしい物もあるのだ。実家とは別の、アレンさん独自のルートがある筈なのだ。そこを知りたい。
「今回も尾行ですの?」
「いや、今回は流石に駄目だろうね。アレンさんは頭が良いから、尾行は直ぐ気付かれると思う」
 知りたいとは言っても、その手段が無い。アレンさんの最近の移動手段は、ドラグナーだ。アレに追い付ける物を、今の私達は持っていない。さあてどうしようか……
 いや待て。私の知り合いには、この国で一番のネットワークを持った人が居るじゃないか。頼みを聞いてくれるとは思えないが、頼むだけならタダだ。行ってみよう。
「……で、僕の所に来たと」
「そうです。王子たる貴方様のお力をお借りしたく……」
「その口調止めた方が良いぜ気持ち悪い」
 なんだアンタ。女の子に気持ち悪いとか言わない方が良いんですよ。
 私は今、それっぽい言葉と共に、王子様とそのお友達に平服している。彼なら、多少顔も広いだろう。少なくとも、アレンさんに次いで程度には。それなら、頼るしか無いだろう。
「私も、敬愛する先輩が好き勝手言われてるのは少し不愉快なんですよ。協力してくれますか?」
「僕の取引に応じてくれるなら」
 お、この人も少しは考えが回るようになったらしい。まあ、聞くだけ聞いてやろう。内容に因っては、聞いてやらない事も無い。
「実は……僕もあの乗り物に乗りたいんだ。乗らせてくれる?」
「あ!狡いぞ!」
「言う時は一緒って約束したじゃないですか!」
 前言撤回。ただの無邪気な男の子だ。なんだこの人達途端に可愛く見えて来たぞ。
 まあ、それ位なら叶えてやれない理由も無い。私は王子様の『交渉』という名のお願いを聞いく変わり、協力してもらう約束をした。王子様達は、少し珍しく、年相応の子供の顔をしていた。

 一週間後。早速何か、面白い事が分かったようだった。
「ライラさん!来たよ!」
「お、早速か」
 どうやら、複数人で押し掛けては迷惑になると考えたらしい王子様は、自分一人で来る事にしたようだ。まあ、あんま多人数では面倒だし、丁度良かったかな。
「ラ、ライラ、何故殿下がここに……」
「ああ、言ってなかったね。彼は私の協力者なんだ」
 そう言えば、マリアには『なんとかなるかも』程度しか言っていなかったっけ。にしても、なんか変な顔だな。複雑そうな顔だ。例えば、長らく疎遠になっていた友人と久し振りに会う時みたいな感じの。
 まあ、彼も悪い人ではないのだ。少し闇を感じる部分はあるが、まあ大丈夫だろう。私は一旦彼と向き合い、話を始める。
「で、アレンさんの噂の真偽は?」
「色んな人に聞いたけど、噂の出所は掴めなかった。実家との遣り取りはあったし、危ない筋との関わりも見られなかったよ。実家の方も、全く問題は無さそう」
 成程。じゃあもう、学校のお偉方の嫌がらせで確定かな。どうせ、面倒な奴がそこそこの成功を収めたから、面白くないのだろう。出所がハッキリしないのも、同時に複数の人間を動かせば可能だろう。
 だが、それならやれる事は無い。アレンさんの事を知りたいのが元々の目的なのだし、噂を消そうなんて考えていない。それも、やれる事が無さそうとなったら尚更だ。まあ一応、こっちでも可能な限り調べるか。
「ねえ、僕らはやる事をやったよ?約束の方は……」
「ああ大丈夫。それなら今度の休日、二人も連れて来て。約束は守る」
 それを聞いた王子様は「分かった!」と言って、小屋から出て行った。うん。こうして見ると、周囲から圧を掛けられているだけの子供だな。まあ、年って事なら、私が言えた事でもないけど。
 王子様が出て行った後も、マリアは何故か複雑そうな顔をしている。王子様が原因なんだろうけど、その理由が分からない。
「どうしたのマリア。大丈夫?」
「はい。まあ、心配要らないですわ」
 そう言ったマリアは、そそくさと荷物を纏めて、小屋を出て行ってしまった。本当にどうしたんだろう。マリアのあんな顔初めて見た。気になるけど、本人が言いたくないなら仕方無いかもな。こっちはこっちで、作業を始めよう。
 暫くすると、アレンさんが多くの荷物と共に、小屋に戻って来た。
「お、お疲れ様ですアレンさん。また大量に持って来ましたね」
「ああ。ギルドに頼んでおいた、魔銃の製造の為の素材だよ。量産体制を整える為にも、多少の試行回数は詰んだ方が良いと思うんだ。最近は、こういう援助をしてくれるけど、中々人材の援助は無いからキツイね」
 そうだ。王子様からの情報を信じるなら、アレンさんは確実に何もやっていない。噂について、少し聞いてみようかな。
「そう言えばアレンさん。噂って、放って置いて良いんですか?」
「ああ。どうせ僕は何もしてないんだ。噂がお好きな貴族達も、どうせその内飽きるさ。ああそう言えば、さっき、年頃の女の子達が気になってる、王子様一行が居たんだけど、ライラ君の客だった?」
「はい。『ドラグナーに乗せて』と言われたんでね。大丈夫でした?」
「ああ。それ位は良いよ」
 うん。多分アレンさんは白だな。じゃあ後は、噂の元を探ろう。ちょっと面白そうだしね。
 私達は一通り作業をしてから、寮に戻る事にした。少し寒くなって来た最近では、日が落ちるのも速くなって来ていた。
「アレンさんはもう少し作業できるんじゃないですか?わざわざ一緒に帰るなんて……」
「はは。エスコートという奴だよ。僕も少し疲れてるんだ。気にしないで」
 へえ。珍しい事もある物だ。まあ、人の気遣いは無下にする物ではない。ここは甘えよう。どうせ寮に着くまでだ。少し話しながら帰ろう。
「じゃ、そろそろここで」
「はい。また明日」
 アレンさんと別れた私は、寮に戻った。実は最近、寮母さんの目も厳しくなって来たので、早めに帰るようにしているのだ。
 寮の部屋に戻ると、一通の手紙が来ている事が分かった。私はそれを開けた時、少し驚いた。

『明日の夕方、後者裏にて待つ』

 どうやら、果たし状のようだった。
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