謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真二十四章 降臨祭

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 翌日。私は思いっきり落ち込んでいた。
「最悪だ……もうどうしろって言うんだよ……」
「ライラ、落ち込んでてもどうにもなりませんわ。幸い、殆どの人が『また新聞部の悪ふざけか』と言って、相手になんてしてませんわ」
「でもさあ……」
 いやまあ、平民が特待生になった時点で、多少話題になる事は覚悟してたよ。だけどさ、王子とのゴシップで話題になるのは、正直ゴメンなんだ。大多数の人間が信じなくても、一部の馬鹿な奴等が信じる事だってある。そういう奴等が一番面倒だ。
 無垢な少年の王子様がキョドってくれたおかげで、今や私は時の人だ。全く最悪だね。正直な所、既にあのアリスさんから二回も絡まれている。面倒としか言い様が無い。
 しかし確かに、このまま落ち込んでいてもどうしようも無い。頑張ろう。それしか無い。
「マリア、時を巻き戻す魔術の開発に付き合ってくれない?」
「現実逃避は止めましょうライラ」
 ああ唯一の希望が……どうしよう……
「元から話題にはなりたくなかったんだ……面倒事は避けるつもりだったからさ……特待生には金銭面の問題でなりたかったんだ」
「まあそうでなければ、王子殿下をぞんざいに扱いませんわよね……」
 正直、あの王子サマに期待が寄せられているとかいう話はあまり聞かない。七つ上のが、一番有力だとか言われてる。あの人とお近付きになった所で、旨味は薄いんだがな。
「分かったよ……時を戻す魔術の研究は一人でやるよ……取り敢えず、あの鬼教官にぎゃふんと言わせる為に、より実戦での運用に適した魔術の勉強をするかな」
「それでこそですわ。ワタクシも頑張らないとですわね」
 最近の私の目標は、あの鬼教官を倒す事だ。ドラグナーの改良も良いけど、元々ここに来たのは強くなる為だ。アレは移動手段としては素晴らしい物になるだろうけど、自分が強くならなきゃ意味が無いんだ。あの人に正面切って倒せるようになりたい。
 しかし、その道のりは果てしなく長い物に見えた。
「魔術の威力は悪くないが、発動までが遅いなあ!」
「クッソ……」
 私はこの人のお気に入りになってしまったらしく、試されるような感じで手合わせする。因みに、他の面子を早々に投げ飛ばしてからなので、基本私と鬼教官の一対一だ。
「体術も悪くはないが、魔術とのバランスが悪い!」
「これならどうだ!」
 私は身体強化パンプアップを使った上で、風の魔術で加速した。私の体の前に、吸い込むような気流を作って、先生を引き寄せる。そして、そこに螺旋状にした風をぶつける。しかし、鬼教官はそれを堂々と受け止め、私を投げ飛ばす。
「痛っ!」
「ああすまん。そろそろ時間だな。では、解散!」
 全く勝手な人だ。クラスメイトはその合図を聞いて、さっさと校舎に戻って行った。薄情な連中だなあ。まあ、私は良く思われていないだろうしな。
 土が付いた顔を洗っていると、鬼教官が話し掛けて来た。
「最後のは良かったな。それに、魔術の同時行使数が倍になったな。良い事だ」
「原理は同じですから、後は感覚の問題ですよ。こないだ作った魔道具も、良い手本になったと思います」
 先生は「アレか!俺も一つ欲しいなあ」と言った。私が「高いですよ」と答えると、「そうか……」と言って、少し肩を落とした。
 この半年と少しの間で、この教師が少し分かった。なんと言うか、面白い人だ。感情の起伏が分かり易いし、色んな知識やアドバイスをくれる。良い人だ。
「そう言えば、最近は風の魔術をよく使うな」
「アレ便利なんですよ。使い勝手が良いんです」
 私はこの半年で、風魔術を多用するようになった。加速できるし、吸い込めるし、そこそこ殺傷能力も高い。日常生活でも便利だ。遠くにある物を持って来たりする時に使うと、あまり動かなくても済む。
「お前なら、三年に飛び級してもやっていけるだろうよ。アイツらで、お前とトントン位だ」
「やめておきますよ。友達が居るんでね」
 私はそう言って、校舎に戻った。次の授業の支度をしないと。それにしても、まだ三年程度か。素手を交えた剣術に、魔術を混ぜるのは良い考えだと思うんだけどな。まあ、練習あるのみか。頑張ろう。

 その日のホームルーム。この一年で、最も大きなイベントの発表が行われた。
「え~来月は『降臨祭』です。皆さんは出し物をやる訳でもありませんが、頭に入れておいてください」
 降臨祭とは、一年に一度行われる祭で、神がこの世界に、最初に降り立った日だとされているそうだ。来年も作物が育つようにとか、無病息災で過ごせるようにとか、そういう感じの願い事を、神に捧げるらしい。
 しかし基本的には、国全体がお祭りムードになって、規制も心なしか緩くなる、単なるバカ騒ぎの日である。上級生はそれに乗じて、出し物で町を盛り上げるらしい。ついでに小遣い稼ぎもするとか。
 その日は学校も休みになるので、私はマリアとアレンさんと一緒に、町を見て回る事になっている。その為、私は最近、節約に励んでいる。頑張らねば。
「ライラさん、ちょっと良いかな?」
 アラ私の最近の頭痛の原因の王子サマじゃないですか。一体何用なんだろう。
「なんです王子サマ?私『ドラグナー』の改良で忙しいんですけど」
「さっきの、降臨祭の話なんだけどさ……」
 あ、何かを察したぞ。赤面して、落ち着かなそうな素振りを見せて、そんでコレだ。また面倒な事になりそうだな。
「一緒に行かない?」
 はい知ってた。また新聞の一面飾りたいのかアンタは。いつもの二人が居ないと思ったらそういう事ね。まあ知ってたけど。
「お断りします。先客があるので」
「ちょっと貴女!失礼よ!」
 私が断った直後、アリスさんが教室に乱入して来た。またアンタか。もういい加減にしてくれ。王子サマと親密になりたい訳じゃないって理解してくれよアンタは。
「ラインハルト様からのお誘いを断るなんて、不敬よ!」
「じゃあ貴女が行ったら良いじゃないですか」
「え、僕は君と……」
 しかし、王子の言葉よりも私の言葉が強く耳に残ったらしいアリスさんは、目を輝かせてしまった。うん。こうなったお嬢様方は面倒臭いんだ。さっさと退散しよう
「それが良いわね!ラインハルト様!どうか私と……」
「いや、僕はライラさんと……あ、待って!」
 私はあの二人を置いて、さっさと教室を出た。面倒事は避けるが吉。退散しよう。
 私は王子サマとアリスさんが騒ぐ声を聞きながら、玄関に向かって行った。
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