謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真三十章 高貴なる者の責務

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 話は、上空で戦う二人の魔術師が、地上の異変に気が付く、少し前に戻る。

 臆病者の王子様が、城の外で深呼吸している。

 僕にできるんだろうか。そんな不安を胸の内に抑え込み、僕は集まっている、学校の生徒に向かって声を発した。
「皆!話があるんだ!」
 僕の声に、周囲からの注目が集まる。この非常時に、僕が声を上げたのが意外だったらしい。僕は彼等に向けて、再度言葉を発する。
「これから、王都に存在している民を安全な所へ逃がす!皆には、その手伝いをしてほしい!」
 そして僕は、ライラさんから伝えられた作戦の内容を、全て伝えた。途中何度も、生徒達の間からざわめきが起こった。そりゃそうだ。これは個人個人の技量を無視した、確実に言える事だけを考慮して建てられた作戦だ。何か、不満や不平があっても不思議じゃない。
 僕が全てを話し終わった後、大勢の中から一人が、小さな声を出した。

「そんな大層な事言っても、結局自分は何もしねえんじゃねえか」

 その声を発した人間に注目が集まる。いくつもの視線を集めたその人から、僕に言葉が投げ掛けられる。
「だってそうだろ!?さっきの作戦には、王子、詰まりは一年の特待生が参加してない!自分は高見の見物で、他の奴等には働けって言うのか!?」
 その叫びの後、複数の箇所から、彼に賛同する声が上がった。
「そうだ、その通りだ!」「王族だからって、私達が賛同すると思わないで!」「結局貴方は、我々を単なる盤上の駒としか考えていない!」
 僕はその言葉に、耳を塞いでしまいそうになった。僕はいつもこうだ。他人に言われた事しかできない。それが失敗しても、自分で何かする事ができない。
「私達は道具じゃない!」『なんで言う通りにできないの!?』「王族だからって傲慢だ!」『そんなにお母様を困らせたいの!?』
 叫び出したい。逃げ出したい。いっそこの場から消え失せて、何も無かった事にしたい。僕は腹の底で蠢く感情に耐え切れず、顔を上げる。
 その瞬間、目に入ったのは、ライラさんの姿だった。はっきりとした視線で、こちらを見据えている。そしてライラさんは、唇だけを動かして、僕にメッセージを伝える。

『がんばれ』

 僕はその言葉に泣き出しそうになった。だが、僕はその涙を目の奥に仕舞い込み、最初に声を発した、彼の元に向かう。彼は少し驚いたような顔をして、僕の顔を見た。
「何だよ。だって全部事実だろ?」
 ああ事実だ。結局この作戦は、個人を駒と考えている。だからこそ、僕はその駒達に存在する、感情と記憶を考慮しなければならない。
 僕は彼の足元に膝を付いた。彼は驚愕している。当然、民衆も口を閉ざす。僕は彼、いや彼等に向けて、言葉を紡ぐ。
「この作戦は、確実に言える事だけを考慮した物だ。僕らは、まだ実戦で戦える確証が無い」
 僕は立ち上がり、自分よりも一回り大きな彼の目を見て、彼に話し掛ける。
「だからこそ、君達の協力が必要だ。確実な事だけを見て、確実な勝利を手に入れる」
「だからって……」
「『高貴なる者の責務』」
 その言葉に、彼は押し黙る。僕は彼に向けて、自分勝手な願望を話し出す。

「僕はいつか、この国の歴史に名を残す名君となる。そして君達の為に働く。だから、君達は自分の、自分達の民を守ってほしい。どうか……力を貸してほしい!」

 僕は再び頭を下げた。少しして、僕の周囲に居た人間が、全員僕から離れて行くのが分かった。僕は泣き出しそうになった。結局、僕なんかじゃ駄目なのかな。
 そう考えている僕に、二人の人影が近付いて来た。僕が顔を上げると、それはライラさんと、マリア・キクエ・スカーレットさんだった。
「いつまで頭を下げているんですの。周りを見てくださいまし」
 マリアさんの言葉に、僕は周囲を見渡す。そして僕は、その光景に驚愕した。

「王子の指示は聞いていたな!王子の指示に従い、小隊を結成する!並べ!」「魔術師だけでなく、騎士志望の人間も集めるべきよ」

 そこには、複数の小隊を編成しようとしている、生徒達の姿があった。
 驚いて、言葉を発せられないでいる僕に、ライラさんが話し掛けて来た。
「皆、王子サマの指示で動いたんですよ。お見事でした、ロードリヒ王国王子、ラインハルト様」
 僕はその言葉で、流すまいと耐えていた涙を零してしまった。泣きながら目を擦る僕に、ライラさんが背中を撫でてくれた。
「泣き虫ですね。まあそっちの方が、親しみ易く感じます」

 僕らはその後、感性した小隊が王都に突入して行くのを見送りながら、城壁の外に拠点を設営しようとしていた。人が来た時、ただでさえ寒いのに、日が無かったらどうするんだと、ライラさんが提案したんだ。
 僕は火の薪になりそうな物を運びながら、ライラさんに話し掛けた。
「ありがとうライラさん。君が居なかったら、どうなっていた事か」
 僕の言葉に、ライラさんは『はあ?』と言いたげな顔をした。
「私が居なくても、私以外の人が何かしてましたよ。ただ、その人が成功するかは置いといてですけどね」
 「謙虚だな」と思った。正直、こういう場面で動こうとする人は少ない。僕だって動こうとはしなかった。いや、だれもそうしようとはしなかった。
 僕は彼女に、心の底から敬意を示す。僕は作業をしながら、叶う事ならば、彼女を秘書か何かにしたいなと考えていた。

 暫くして、王都の人間と、アリスさんが戻って来た。それから直ぐに、一人の先生が飛んで来て、勝利宣言を僕らに伝えた。

 僕に置ける、初めての『勝利』だった。
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