謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真三十八章 制限時間

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 暗闇の中で、私はずっと、同じ言葉を繰り返している。『苦しい』、『辛い』、『会いたい』、『泣きたい』と。

 私は歩いている。先の見えない、足元すら確かじゃないどこかを。同じ言葉を繰り返しながら。


 目が覚めた私は直ぐに起き上がり、そして全身を襲う激痛に顔を歪めた。私は自身の状況を把握しようと、周囲を確認する。アレンさんの屋敷だ。だけど、どうやらまだこの悪夢は冷めていないらしく、出て来たのは見覚えのあるお父様と奥様だった。
「目が覚めたのね!?」
「良かった……本当に……」
 お父様と奥様は私の顔を見るなり、顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。そして二人は、私に『まだ寝ていた方が良い』と言って、私をベッドに寝かせた。
 私は体の痛みが無くなってから、今抱えている唯一の疑問を口にする。
「お父様、あの青い炎は何ですか?」
 その疑問に、お父様は顔をしかめた。やはり、何か言いたくない事があるらしい。厄災とは何なのか、少しは知りたい。ここで引き下がる訳にはいかない。
「教えてください。母さんと姉さんは、アレに焼かれて死んだんです。アレが何なのか、知る限りの事を教えてください」
 お父様は眉を顰め、難しい顔をしている。やはり、何か言えない物らしい。あの名前も知らない騎士も、アレが厄災と呼ばれる存在である事しか教えてくれなかった。それ程危険な物という事か。だが、ここ以外で手掛かりを掴める確率も低い。お父様と奥様相手には使いたくなかったが、今回ばかりは仕方無い。
 村が無くなってから、私も色々準備していた。魔術では不可能な事を、魔法でやる為の訓練も。そしてそれを、魔術のように形式化し、使用する為の訓練も。私は喉の奥に魔法陣を描き、言葉を発する。

「『教えてください』」

 コレは私が作った魔術、『おまじないマジックワード』だ。この魔術は相手ではなく、自分自身に作用させる。そして言葉を発する事で、自身が言った指示を相手に促す。
 勿論弱点もある。これは精々が『促す』程度の効果しかなく、相手に指示を聞く気が全く無かった場合は、効果が無い。ただ、渋るという事は、多少なりとも話す気があるという事。効果はある筈だ。
 お父様は「そうだな。お前には知る権利がある」と言って、話し始めた。
「空の色を奪った魔女の神話は知っているね?」
「はい。母さんがよく聞かせてくれました」
「アレはその魔女を見た神が、この世に存在してはならない程、大きな力を持った存在を駆逐する為に作ったそうだ。この世という城を守る為の兵士として。ラーシアが魔法使いなのは知っているな?恐らくアレは、ラーシアの気配を感知したのだろう」
 襲う相手には法則がある?襲う相手は魔法使いだけ……ではないだろう。姉さんも村の皆も、魔法使いではなかった。
「お父様、あれは何なんですか?」
「分からない。王宮の魔術師も魔族の精鋭達も、アレについてはただ存在しているという事しか分かっていないそうだ」
 魔術や魔法については、常に他種族の追随を許さなかった魔族でさえも、アレについては何も知らないのか。まあそうか。分かっているなら対処できる。対処できるなら隠す必要も無い。恐らく、現代でも変わっていないのだろうな。
「どうすれば、アレを消せるんですか?」
「魔法なら……あるいは。あんな物が危険視する程だ。きっと何かある。だが、五十年前の魔女狩りで、魔法使いはほぼ全て居なくなった」
 お父様は「だからこそ、隠そうと決めたのに……」と言って、顔を背けてしまった。奥様も、ドレスの上から拳を強く握り、悔しさと怒りを露わにしている。この人達は、母さんや姉さんの事も、ちゃんと家族として見ていたんだな。
 お父様は直ぐに自分を落ち着かせると、私に言い聞かせるような口調で、今後の事について話し始めた。
「ルーシエ。今後の話をしよう。お前はこれから、この家の一使用人として働いてもらう。ルーシエという名前も、ラーシアやリーシエとの思い出も、これからは隠していかなければならない」
「何故ですか?」
「王家から通達があった。『厄災について口外する事、及び厄災に近付く手掛かりを何者かに与えない事』と。ラーシアとリーシエの死因は、馬車の事故に見せかけて、私達が二人を殺したという事にしている。平民から見ればただの事故、貴族から見ても動機がある。お前も殺された事にした。その方が自然だと、王家の人間は言っていたよ」
 おかしいな。私の時は、そんな事は言われなかった。いや、考えてみれば当たり前か。たかが平民一人の言う事と、歴史ある貴族の当主が言うのでは、言葉の説得力に天と地程の差がある。私がいくら言っても、誰も信じないと判断したのだろうな。
 しかし収穫はあった。厄災が魔法使いを狙って動くという事を知れただけでも進展だ。今は役に立つかも分からないが、少なくとも損ではない。
 そして、全ての違和感が無くなった。アレンさんの都市伝説と私が見た現実の違い、その全てが、王家が厄災の存在を隠す為に用意した口実だったという訳だ。
「二人をきちんと埋葬できないのは残念だわ。だけど私達は、これから貴女を守って行く事で、二人に報いようと考えているわ」
「勿論これは強制じゃない。私達がお前に新たに名を与え、そしてお前を自由にする事も可能だ。むしろ、お前にとってはそっちの方が……」
 お父様が全て言い終えるより先に、私は悔しそうな顔をしている二人を抱き締めた。私の小さい体では、二人の体を寄せるだけになったが、それでも私は構わないと思った。
「残りますよ。私に残された家族は、この家の皆だけですから」
 お父様と奥様は、私の体を優しく抱き寄せた。私は服越しに伝わって来る体温を感じながら、ほんの一瞬目を閉じた。

 そこで頭に激痛が走り、私の意識は途切れてしまった。
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