謎色の空と無色の魔女

暇神

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進章

進三章 罠

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 三日目。私達は十階層へ辿り着き、その過酷さを味わう事となった。
「ライラさん!」
「硬っ!?」
 先ず最初に、モンスターが強くなった。豚人オーク大蜥蜴リザードといった、より高レベルな怪物が出始めただけでなく、小鬼単体の強さも上昇した。
 迷宮の節目となるのが十階層の理由はここだ。迷宮の難易度は、下に行けば下に行く程高くなるが、十階層毎に、更に一段上のステージへと上がるのだ。四人パーティーの場合、十を超えれば優秀で、二十を超えれば天才の部類、三十以降は勇者パーティー以外誰も進めていない為、ほぼ前人未踏の領域らしい。
 無論、学生が奥へ奥へと進めるような領域じゃない。だがこっちには、王家の人間が居る。
「『属性付与エンチャント……ファイア』!」
 この王国の王政は、歴史上一度も打倒された事が無い。その最たる理由が、王家の血を引く物に共通する、戦闘能力の高さ、魔力の多さにある。革命を起こせば鎮圧される事が目に見えている為、王家の人間の死因は、老衰と法による裁きの二つに限定される。
 王子サマはどうやら、兄弟姉妹と比べて能力が低い部類に入るらしく、その事で幼少期から肩身の狭い思いをして来たらしい。だが、それでも高スペックである事に変わりは無い。基本六属性の魔術を全て、それも実戦に使えるレベルで扱える時点で、普通なら天才の部類だ。
 王子サマは豚人の硬い皮膚を焼き切り、その肉を露出させる。私はその隙を逃さず、傷口に風の魔術を叩き込み、傷口を起点に、豚人の身体をバラバラにする。
「王子サマ、ナイスです」
「ライラさんもありがとう。それはそうと……何してるの?」
「え?」
 何って……解体だが?豚人の肉は旨いらしい。どうせ食糧難になるんだし、食べておきたい。こんな機会そうそう無いし。
「豚人の肉は美味だと聞きますわ。でも、大した調味料もありませんわよ?」
「ま、一回食べてみようよ」
「抵抗感が凄いけどな……」
「美味しいなら食べたいな」
 そう言って近づいて来るアリスさんも、決行な高スペックである事が分かっている。なんとこの女、攻撃魔術が苦手というだけで、それ以外の魔術は平均以上に使える。彼女の補助が無ければ、もう少し手間取っていただろう。因みにこの事について、彼女は『怖い』で済ませている。なんだこの人。
「美味しいですわ!」
「凄い!王家で食べる肉とそう変わらない味だ!」
「あ~美味しい~」
「次から豚人を食料として見るようになりそうな味してる」
 食事を終えた私達は、残った豚人の残骸を焼いて合掌した。ごちそうさまでした。
 ここからは、十階層の攻略を進めて行く事になる。この行事では、十階層に辿り着いたと証明する為に、十階層のどこかにある『宝玉』を獲得する事が必要になる。アイクさんとの勝負も、どちらが先にこれを獲得できるかという物になっている。
「で、どこに向かう?」
「やっぱり奥の方が怪しいと思います。進むしか無いんじゃないですか?」
「魔力切れが心配だな~」
「私が補給薬を作れますので、ご心配なさらず」
 本当にマリアは頼もしい。材料も現地調達して作ってくれるから、安心感が半端じゃない。
 てな感じで、今後進む方向も決めた私達は、十階層を端から端まで捜索し始めた。

 五日目。遂に私達は、目的の宝玉を見つけた。私達が宝玉を手に持つと、今の日時が浮かび上がった。成程。これでいつ宝玉を手に入れたかが分かる訳だ。便利。
 目的の物を手に入れた私達は、今までの疲れがどっと来たのか、思い思いの体勢で地面にへたり込んだ。
「疲れた!あ~疲れた!」
「お疲れ様でしたわライラ。ラインハルト殿下も」
「ありがとうマリアさん。それはそうと……アリスさん、大丈夫?」
「魔力切れ寸前です……マリアさん、薬貰える?」
「切れた時までお預けです」
「そんな~」
 マリア曰く、魔力を使い切った後の魔力補給薬程、回復効率が良い物は無いらしい。放って置けばある程度は回復するし、それで良いのかも知れない。まあ、アリスさんは粘液生物スライムみたいになってるけど。大丈夫かコレ。
 少し休んだ私達は、そろそろ地上に向かわないといけない頃合いなので、地上に向かって歩き出した。そして六日目に、ある人物のパーティーと合流した。
「あ、アイクさん」
「お、ライラ」
 そう。アイクさん達のパーティーと合流したのだ。これは頼もしい。協力してはいけないルールも無い事だし、ある程度は一緒に行動してくれるだろう。
「十階層の宝玉は?」
「勿論」
 私とアイクさんはそれぞれの宝玉を差し出す。どうやら私達の方が少し早かったらしく、アイクさんは悔しそうな顔で、宝玉を鞄の中に仕舞った。
「負けたか~」
「ふふん。マリアに王子サマにアリスさんも居るんだから、楽勝だったよ」
「こっちも特待生で固めたんだがな~。結束の違いだろうか」
 確かに、アイクさんは授業にも殆ど出ないから、学校の中だけじゃなく、特待生の中でも浮いている方だ。そこで差が付いたのなら、案外このパーティーが最適解だったのかも知れない。
 王子サマとアイクさんの話し合いの結果、地上に出るまで協力して、全員無事に外へ向かう事にした。これはこの場に居た全員も同意してくれたので楽だった。
 そして七日目。そろそろ地上への階段が見えて来る頃だ。時計は昼の十四時を指している。少し早かったかな。
「そろそろだな」
「そうだね。あそこの角を曲がれば……」
 その瞬間だった。私達の足元が光り出し、魔法陣が現れた。トラップだ。私はマリア達を、アイクさんは自分のパーティーメンバー達を突き飛ばし、完成する前の魔法陣の外へ出す。これで少なくとも、皆は罠の効果を受けない。後は私達が……
 そう考え、動くよりも一瞬だけ先に、私達の視界が暗転した。術の完成が早い。それに加え、来た時には無かった罠だ。間違い無く、誰かが手を加えているな。私はそう考えながら、アイクさんの腕を掴み、離れ離れになるリスクを無くした。
 少しだけ時間を置いて、視界が晴れた時、私とアイクさんは一度安堵し、そして戦慄した。
「おいおい嘘だろ……」
「アイクさん、これは間違い無く……」

「絶体絶命って奴だよね」

 目の前には、この迷宮の最下層に居る筈の、炎竜レッドドラゴンが鎮座していた。
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