謎色の空と無色の魔女

暇神

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進章

進七章 この世で最も忌むべき大罪

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 半日後。私達はリョウコさんとタセイ先生の手で、地上へ戻った。当然ながら、この件は学校側の責任という事で、私達に対する不利益は一切生まれないそうだ。
 学校へ、そして寮の自室に戻った私は、依然として、リョウコさんから言われた事について考えていた。

「神を殺す?」
「そうだ。お前の力が必要だ」
 タセイ先生の目は真っ直ぐで、とても嘘を吐いている人の目には見えない。だが、厄災をどうこうしたいと言う私が言うのもアレだけど、どうにも信じられない。ただでさえ疲れた頭では、今さっき言われた事ですら、上手く消化できないらしい。
「ちょっと!何言ってるの大聖!こんな子供にそんな事!」
「大真面目だ。そもそも、俺達が今の状態になったのは、魔法使いを探す為だろ?」
「そうだけど……」
 そんなリョウコさんとタセイ先生のやり取りの中で、私は一つ、気になる部分があった。いや正確には一つじゃないんだけど、その中でも、一番最初に聞いておきたい部分だった。
「なんで魔法使いを探してたんですか?」
 『神を殺す』という発言に関係がある事は分かるけど、どうにも魔法使いと結び付かない。そこを知らせてもらわないと、少なくともここでの解答はできない。リョウコさんは乗り気ではないが、タセイ先生が答えるようで、タセイ先生は魔術で像を作りながら、説明を始めた。
「察しはついてるかもだが、俺達は元々、異世界から来た勇者達だったんだ。旅の末に魔王を倒したのは知ってるな?」
 私とアレンさんは首を縦に振る。それを見たタセイ先生は、少し微笑みながら、話を続けた。
「だがその後、魔王が抑え込んでいた災害でありながら、魔法使いを殺す為の、神々の兵器……『厄災』と呼ばれる物が解き放たれた。最初、俺達はソレへの対応をしていたんだが、限界はある。海を挟んだ向こうの大陸で現れるソレには、対処ができなかったんだ。だから俺達は、対症療法から、原因療法へ切り替えた」
「厄災を創った神を殺せば、厄災が消えると?」
「厄災を創った神なら、消す方法も知ってる筈だ。それを引き出す。だが問題は、神に対して有効な攻撃手段は、俺達が知る限りでは、魔法しか無いという所なんだ」
「成程。それで魔法使いを探して、やっと見つけたのがライラって事か」
 タセイ先生は頷いた。成程。今の話で、事のあらましは理解できた。厄災を消し去るのが今の勇者パーティーの目標で、それに魔法が必要になった。だけど現代で魔法使いを見付けるのは至難の業。だから勇者パーティーは一度散り散りになって、それぞれの手段で魔法使いを見付ける事にしたという訳か。
 だが、まだタセイ先生は隠し事をしていたようだ。それを指摘したのは、他でもないリョウコさんだった。
「大聖。まだ言ってない事あるわよね?」
 視線がリョウコさんに集まる。タセイ先生は少しだけ嫌そうな顔をしながら、リョウコさんの方を見た。
「全部言わずに、力だけを利用しようなんて、人のする事じゃないわよ」
「あったま硬いんだから……ああ。諒子りょうこの言う通り、言ってない事が一つあった。俺達勇者パーティーの、最終的な目標についてだ」
 最終的な?どういう意味だろう。勇者を倒す事、その後始末として厄災の対処をする事の先に、一体何があると言うんだろう。そう考える私だったが、タセイ先生の発言に、頭の中が真っ白になる心地がした。

「俺達の目的は、神を殺す事で、神々の力を手に入れ、元世界に戻る事だ」

 元の世界に戻る。それは詰まり、リョウコさんとタセイ先生、そして今は居ない、勇者と聖女が、この世界から居なくなるという事だ。家族のような行商の皆の中から、一人が居なくなって、多分元には戻らない。そう考えると、まるで信じられなかった。
「なあ、それって神様を殺さないといけない話なのか?」
 私よりかは冷静だったアレンさんが、タセイ先生に向けてそう疑問を向けた。確かにそうだ。元の世界に帰るという事であれば、こっちに連れて来る事ができるのだから、帰す事もできて然るべきだ。それなのに、神様を殺すなんて、凄く難易度が高い上に不確かな方法を取ろうとしている。
「いや。この国にそんな魔術は無い。そもそも、そんな事ができるとしたら魔法……それも、限り無く神々の力に近い物だろうな。こっちに人を呼ぶ召喚術式も、恐らく世界の強制力が……」
 そこまで言おうとした所で、リョウコさんがタセイ先生の頭を叩いた。丁度理解が及ばないレベルの話になって来た所だった。タセイ先生は「ああスマン」と言って、脱線しかけた話を元に戻す。
「要するに、神を殺して、その力を奪う。その力を利用する事で、直接異世界とこの世界を繋ぐゲートを開く。そして元の世界に戻る。これが俺達の目的だ」
「ライラちゃんと……アレン君よね。私達は強制しない。話を聞いた以上は関係者として扱うけど、私達に加わるかは、しっかり考えて決めてね」
 私達が関わっていた人物は、思っていた以上に、深い事情を抱えた人物だったらしい。その事実を、アレンさんと私は、ここで初めて受け止めた。

 リョウコさんは大切な人だ。リョウコさんがやりたい事であれば、私も可能な限りは協力したい。だけど、それでリョウコさんが居なくなると考えると、私はどうしたら良いか分からなくなる。
 これは私の我儘だ。子供っぽくて、下らない我儘。自分で自分が嫌になる。なんでこんな、気持ち悪い感情を抱えるんだろう。協力すれば良いのに。お世話になったんだ。今度は、私がその恩を返す番だろ。だけどやっぱり嫌だ。私はどうしたいんだろう。そんな簡単な事ですら、私は即答できない。
 考え過ぎて頭が痛くなった私は、布団の上に寝転がって、そのまま目を閉じた。
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