謎色の空と無色の魔女

暇神

文字の大きさ
81 / 143
深章

深十一章 唯一人全てを見通す者

しおりを挟む
 深夜のお散歩から、一週間が過ぎた。私はあの後も、所長さんの実験を手伝ったり、その合間に集落の人達に話を聞いたりして、手掛かりを集めていた。しかし……
「進展は今日も無し……」
「そう落ち込む事無いぞ。ほら。今日はリンゴとパンが貰えた」
「アイクも大分庶民的になったよね」
「そこまで変わってないだろ」
 う~んそうだろうか。そうかも。でも案外、一週間だけでも馴染む物なんだなぁ。いつの間にかアイクが気に入られてるっぽいし。
 最初から分かっていた事だけど、現場を見た人は居なかった。元から関係者以外立ち入り禁止の場所だったし、人通りは少なかったという話だ。そして、あの戦士……サフラさんが無抵抗で殺されるような相手にも、心当たりが無いそう。
「一週間聞き込みを続けて、こうも成果が無いとか……」
「このままじゃ、俺は兎も角お前がここから出られない。処刑される。それじゃあ、折角お前がおじさんとリョウコさんに付いて行く選択をした意味が無い」
「分かってるけど、現実には勝てないよ……」
 第一、この研究所から魔道具を持ち出した人間が居ない以上、あの犯行は土台無理な話だ。勿論隠れて研究してた人が居ないかも探した。だけど、魔術で探知した所、この研究所以外に、魔力を扱っていると思われる施設は無かった。
 詰まり、犯行は絶対に不可能。この集落で魔術を使える程魔力を持っている人が居ない以上、何もできない。そもそも、アイクがほぼ一方的にやられた相手が、ただ魔術が使えるだけの人に負ける筈が無い。
「どうする?幸い、今は拘束も無い。逃げようと思えば……」
「どこに逃げるのさ。元々、そういう話だったじゃん」
「冗談だ。長耳族から森の中で逃げる術は無い。それにここの族長、多分お前が逃げたら、全ての権力を総動員して殺しに来るぞ」
「なんで?」
 私がそう聞くと、アイクは大きく溜息を吐いた。おい。なんだその溜息。なんか私が変な事言ったみたいじゃないか。怒るぞ。温厚な私も怒るぞ。
「ライラ。あの族長とここの戦士達、どっちの方が強い?」
「戦士さん」
「だが、ここでは戦士の反乱が起こっていない。何故か分かるか?」
「ううん」
「答えは簡単。信頼と信用、そして何より、実績があるからだ」
 信頼と信用と実績?確かに、統治者としては必要不可欠な要素だけど、それだけで何も起こらないなんて……いやでも、アイクは賢いし、ここは素直に話を聞いておこう。
「あの人は長い間、この集落を人の手から守って来たんだろう。結界とやらの管理も族長がやっているだろう。そんな所を誰かに任せたら……いや、この話は後だ。そして恐らく、森を破壊し過ぎず、且つ安定した発展もして来た筈だ。その実績があるからこそ、民はあの人を信用し、信頼する」
「ふんふん」
「だがそこで、侵入して来た人間を逃がしてみろ。今までの実績にケチが付く。詰まり、絶対だった統治に穴が空く。真っ白な服に付いた染みはよく目立つだろ?」
「成程。信頼と信用ね……」
 権力っていうのは、中々繊細で面倒臭い物なんだなぁ。やっぱり、魔法が使える事を隠しておいて正解だった。権力争いとか面倒臭そうだ。
 ん?権力……権力か……いやでも証拠が無いし……でもまぁ、やってみるだけの価値はありそうだ。
「どうしたライラ?頭使い過ぎたか?」
「いや。魔法使ってる時の方が遥かに……ってそんな事じゃなくて……」
「じゃあどうした?疲れたのか?」
「そうでもない。ちょっと明日、勝負に出てみようかなって思っただけ」
 これは賭けだ。もしかしたら即処刑ってなるかもだけど、これ以外に考え付かない。このまま何もせず死ぬなら、何かやってから死んでやる。


「……で?話というのは何だ?例の件が片付いた訳ではなさそうだが……」
「そこはまだ。だけど今から、最終工程だよ」
 そう。最終工程。今から、私の運命が決まる。
「まぁ、良い。言ってみると良い」
「じゃあ、手短に……族長さん」

「サフラさんを殺したのは、貴女ですね?」

 次の瞬間、私の体は槍で地面に伏せさせられた。まぁ、こうなるのが普通だよね。でもこちらも、何も対策してない訳じゃない。
「なっ……首が……」
「こんな事言ったら不敬だしね。魔術で保護掛けておいた」
「……」
 族長さんの表情は変わらず……まぁ、そこは今から崩せば良い話だ。証拠も推定の動機も無い、そもそも不可能な私の話に、どこまで耳を傾けてくれるかは気になるけど。
「サフラさんが殺されていたのは、休憩時間が始まって、少し経った頃。その時間帯であれば、誰が席を立っても不思議じゃない。それは例え、族長さんや戦士長さんのような偉い人でも。そして、貴女だけなんですよ。他の誰にも、姿人物は」
 確かに、あの時間は他の人も動いていた。だけど族長さんは、魔術のような物で姿を見せる為に、少し離れた場所に移動していた。そしてこの一週間、誰も彼女の姿を見ていない。
「不敬だぞ!口を閉じろ!」
「構わない。続けさせろ」
「サフラさんは抵抗していなかった。死体も周囲も綺麗過ぎたからそう考えられる。だけどそれは、相手が強かったから抵抗しなかった訳じゃない。相手が、だ」
 族長の信頼。長耳族の人にとっては、『絶対に味方である』と断言できるであろう人物。それは恐らく、サフラさんにとっても同じだったんだろう。
 そしてサフラさんが使っていたのは、身の丈程もある剣。比較的広い道であっても、あの大きさでは取り回しが効かない筈だ。間合いもある。あと一歩で触れられる程の距離まで近付かれては、最強の戦士であっても抵抗は難しいだろう。
「面白い話だ。証拠が無いけどな。それに私には、彼を殺す動機が無い。メリットも」
「そうだね。だから、こうするよ」
 私が唯一、何の予備動作も無く繰り出せる攻撃。私は体内で練り上げた魔力を、矢のようにして、族長さんに向けて打ち出した。

 そして次の瞬間、空気が凍り付いた。

「やっぱり、防御したね」
「……そうか……貴様が……」
 防御されるのは分かっていたけど、これは少し予想外……いや想定外?何にせよ、不測の事態が起こっている。それはこの場に居る全員にとってだ。事実、私の体を押さえ付けていた兵士さんは、震える声で「何故……何故……」と繰り返している。
「何故……族長様が……」
「まさかそっちも、使
「貴様が……」
 想定外だ。想定外にも程がある。族長さんは現場に残っていた、魔力のような未知の力をその身に纏う事で、私が放った魔力の矢を空中で静止させたのだ。これは不味い。魔法使い同士の戦闘は、まだどうなるか分からない、完全な未知数だ。
 だけど、一つだけ言える事はある。
「兵士さん。下がってて」
「いや、しかし……」
「『邪魔だから退け』って言ってるんだよ。下がってて」
 これから始まるのは、アイクがやっていた『試合』ではない。私は立ち上がり、魔力を練り直しながら、族長さんを見据える。族長さんは黒い何かで表情を染めながら、私を睨み付ける。

「貴様が我らの宿敵!忌むべき魔法使いか!」
「知った事じゃないねぇ!」

 これから始まるのは、魔法使い同士の『戦争』だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...