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始まりの物語

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「よう!セフィーラ、週明けの授業は、何があるか覚えてるか?」

 今日は月曜日。普通の学生や社会人からしてみれば、退屈な仕事や学業に次の休みまで専念しなければいけない憂鬱な曜日だが、この日本某県にある地球防衛軍大学附属高校の特別学級は別だった。

 その証拠に、教室の生徒はいくつかのグループになって、今日の授業の打ち合わせをしていた。
 そんな中、最後に教室に来た寝癖でボサボサの頭の少年が机に突っ伏していた少女に話かけた。

「おはよう、ゲイル。遅い登校ね。さすが学級のナンバー1チーム、キャット小隊の隊長ってとこかしら?」

 ムクっと起き上がった少女が、そう皮肉って口角を上げる。

「俺なんて、サジタリウスが見つかればすぐにナンバー2さ。あくまでキャット小隊はサジタリウス小隊の下位小隊なんだから」

 今までの会話からわかるように、彼らは普通の学生ではない。
 100年歴史を遡り西暦2058年、地球は宇宙から到来した未知との遭遇を果たし、その存在と戦争状態となった。

 後の歴史に第一次地球防衛戦争と記される大戦の幕開けだった。
 この時に発足した組織こそ、ゲイルやセフィーラが通っている地球防衛軍大学附属高校の母体である、地球防衛軍である。

 地球防衛軍は、敵の主力兵器である人型兵器、ホムンクルスを鹵獲し解析、量産をして戦線を膠着状態とした。

 その大戦の中、地球防衛軍で活躍した12の小隊があった。
 それぞれの小隊名に十二星座の名を持ち、俗に光導こうどう十二部隊と呼ばれるエースパイロットのみで組織された最強の部隊である。

 光導十二部隊はそれぞれ序列があり、サジタリウスは序列1位の小隊である。
 隊長機のサジタリウスリーダーは、人馬のホムンクルスで正に星座と同じサジタリウスだ。

 他の小隊の隊長機も同じようにそれぞれの星座を模したワンオフ機で、量産型のホムンクルスとは一線を画す性能を持つ地球防衛軍自慢の逸品だ。

 サジタリウス小隊の隊長は、最強のパイロットだが同時に放浪癖があり、隊長不在の間は臨時的にサジタリウス小隊はキャット小隊と名乗っていた。

 そう、特別学級とは光導十二部隊の子孫たちが集められた学級なのである。
 子孫たちは、それぞれの星座をあしらったペンダントを持っていて特別学級の編入条件がペンダントを持っていることなのだった。

 隊員の子孫は銀の、隊長の子孫は金のペンダントを所持している。

 ゲイルは猫の、セフィーラは牡羊の金色のペンダントだった。
 2人とも隊長で、ゲイルは1位のキャット小隊、セフィーラは4位のアリエス小隊でシノギを削る間柄だ。

 なぜサジタリウス小隊の隊長が不在時はキャット小隊なのかは2人は知らない。
 教科書にも軍の記録にも残ってないからだ。

 真相を知っているのは、その時代に生きた隊員のみ。もしかすると行方がわからないサジタリウスなら知っているかも。とゲイルは、考えている。

「ま、サジタリウスが見つかればどのみちウチが1位なのは変わんないけど」

「言ってくれるわね、今日は小隊戦よ。打ち合わせしてないとラシィに足元をすくわれるわよ。せいぜい飼い主サジタリウスが帰ってくるまで負けないことね」

 ラシィとは、9位のジェミニ小隊の隊長で小隊戦を得意とする小隊だ。
 しかし、それ以外の個人戦や隊長同士のバトルロワイヤルだと他の小隊に劣るため序列下位な尖った小隊だ。

「その通り。しかし、我々を忘れてもらっては困るな」

 そう言ってゲイルとセフィーラの前へぞろぞろと10人の少年少女がやって来た。
 彼らは他の小隊の隊長たちで、先頭は長身の男。彼は序列2位のスコルピオン小隊隊長の刹那だ。

 彼らの目的はキャット小隊への宣戦布告。
 これは毎週のように行われるから他のクラスメイト、隊員たちも気にしない。

「なんでいつもアタシの机の前で集会するのよ……」

 いつも最初にセフィーラに挨拶をするゲイルのせいである。
 しかし多少はセフィーラにも原因がある。
 それはアリエス小隊が、唯一キャット小隊に勝ったことがあるからだ。

 キャット小隊はサジタリウスリーダーがいなければ、攻撃力がぐんと落ちてしまい防御特化のアリエス小隊とは相性が悪くなるからだ。
 それを理解しているのでしぶしぶセフィーラもそれ以上文句を言わない。

「我々の本当の機体があれば君なんぞ敵でないことを忘れるなよ」

 光導十二部隊の隊長機は100年前の最終決戦の終盤で消息がわからなくなっている。
 そのため現在の隊長機はレプリカであり、量産型のホムンクルスと大差ない性能なのであった。

 もっとも、100年前の骨董品とも言うべき隊長機よりは高性能なのだが、装備や装甲を全とっかえしてしまえば問題ない。

「それって、自分の腕前じゃ勝てないって認めてるってことじゃ……」

 思わぬゲイルの反撃に刹那はうっとなる。
 ゲイルの発言はド正論であるため、何も言い返せない。

「そ、それはあれだ。機体性能含めて実力ということだ」

「ふーん」

(俺の機体もレプリカなの忘れてないか?)

 キャットリーダーも他の隊長機には劣るが生産性度外視の専用機なのだが、どうやら刹那は忘れてしまってるらしい。

「じゃあ探してみるか」

「え?」

 突然のゲイルの提案に目が点になる刹那たち。
 周りで聞き耳を立てていた隊員たちもざわめき始める。

「ゲイルは何を言ってるんだ?」

「見つかるのか……100年前の機体だぞ」

「はー、また隊長が変な事思いついたよ」

「仕方ないでしょう。ペットは飼い主に似るって言うし……」

「放課後から調べ物か。忙しくなるな」

 ざわめく隊員のなかでキャット小隊の隊員のみが、これからの予定を立てていた。
 ゲイルは破天荒な隊長だ。この程度で驚いてたら身が持たない。

 隊員ほどではないが、割とゲイルに絡まれるためその影響を受けていたセフィーラも、頭の中で機体を探すプランを立てていた。

(図書館?軍の機密情報?だめね。そんなとこで手がかりが見つかるくらいならとっくに軍の諜報部が発見してるでしょう。だったらゲイルばどうやって……)

 セフィーラの疑問に答えるようにゲイルがニヤリと笑って口を開く。

「実は少し前に家に面白い客が来たんだよ」

「面白い客?それは一体……」

「自称、先代サジタリウス」

「なっ……それは」

 思いもよらない人物、ではなかった。
 サジタリウスの行方が分からないことは日本の、いや世界中の人々の知ることであり必然的に、名を騙る偽物の数も多い。

 そんな日常とも呼べる迷惑人の一人を手がかりのように言われても……と言うのが教室のみんなの反応だ。

「わかってるさ。俺も最初はいつも通りの偽物かと思ったんだけどな、話を聞いてみたらそうでもないらしい」

 一ヶ月前、自称先代サジタリウスを名乗る男がゲイルの家に来たとき、ゲイルは一応話は聞こうと彼を家にあげた。

 先代はゲイルの父親ほどの歳の壮年の男で、年齢的には先代と言っても差し支えない。
 それに軍ではなく、ゲイルの家に来たことから本物か余程のサジタリウスファンというところまで絞り込まれていたからだ。

 そこまで分かれば話を聞くだけの価値はある。
 そして話を聞くと、サジタリウスの子孫とキャットの子孫の間でしか分かり得ない情報をいくつも持っていた。

 しかし、彼は肝心の人馬のペンダントを持っていなかった。

「それじゃあやっぱり、違うってことじゃないのかしら?」

 ヴァーゴ小隊隊長の沙羅がそう言うと、他の隊長たちもそうだとうなずく。

「そこも調べた。するともっと面白いことがわかった。さっき先代サジタリウスって言ったろう?だったら今のサジタリウスはどこにいるのか、自分の子供のことなんだ、知らないほうがおかしいそう思うだろ?」

 しかし先代は知らなかった。

「自分の子供のことが分からないのか?」

「それは俺たちも同じさ。先代が面白いことを言ってたんだ」

 先代とその妻には子供がいない。
 しかし一ヶ月前に急に、何か言いようのない違和感を感じたらしい。
 持っているはずのペンダントが無く、出産経験のない妻には帝王切開の手術痕があった。

 さらに、自分と妻が笑ってる写真に見知らぬ少年が写っていた。
 家にある写真を見ると、その少年らしき赤ん坊を抱いて微笑んでる自分たち、初等部の特別学級に入学したことを祝ってる自分たちのものが次々と出てきた。

「ホラーだろ?」

「ま、まあそうだが……どういうことなんだ?我らには初等部からずっとこの面子だろう」

「学校の記録を見たらデータ上はいたんだよ。このクラスにもう一人のメイト仲間が」

 驚きの連続だった教室が、静寂に包まれる。
 記録には存在する自分たちの記憶にないサジタリウス。
 その存在は調べた本人のゲイル以外にとっては衝撃だった。

「現サジタリウスの名前は成瀬なるせ宗美そうみ。記録上俺たちの中で成瀬に勝てたやつはいなかった」

 その後に続けて、一人最低10戦はしていると言われて、記憶に無い敗北記録に戸惑う一同。

「そしてこれが高等部に進学時の集合写真」

 ゲイルが出した写真には教室の面々に囲まれてはにかむ、誰も知らない一人の少年がいた。
 これが恐らく成瀬宗美なのだろうと思う一同。

「結構イケメンですね」

「しかしなぜ俺たちの記憶に残ってないんだ?一度見たら忘れるような感じじゃないぜ」

「原因はこのペンダント、この前精密検査してみたらビックリ。中身は精密機器みたいな構造だった。サジタリウスに残ってた文献によるとこの装置、時間移動装置らしい」

 いきなりのSFワードに、は?と言う空気に包まれる教室。
 刹那が呆れたように頭をふる。

「そんなバカなこと、ありえな」

 刹那が全て言い切る前にゲイルが口を挟む。

「本当にそうかな?100年前まではホムンクルスの存在自体、夢物語だって言われていたんだぜ?だったら時間移動なんてビックリ技術があってもおかしくないだろう」

「……」

 そういえばそうだ。自分たちは今の常識に囚われすぎていたのではないだろうかと、それまでゲイルの妄想ではないのかと思っていた者も、真剣な目になって考え始める。

「我々の記憶に成瀬宗美の記憶がない理由は……」

「仮説に過ぎないけど、恐らく成瀬宗美の時間移動による認識改変。成瀬宗美が一ヶ月前に時間移動をしたことで俺たちから彼の記憶が消えて、息子を忘れた先代がペンダントを失くしたと思って俺の家に来たってとこだと思う」

 一応筋の通ってるゲイルの仮説に納得し始める一同。

「てことはこれから調べることはペンダントの解析か……」

「いや、それには及ばない。このペンダントには起動するカウントダウンがされている。俺たちは起動を待つだけだ」

 ゲイルの発言に嫌な予感がした、セフィーラがゲイルに質問する。

「ちなみにそのカウントダウンはいつ終わるのかしら?」

「あと30秒」

「「「はぁあ!!??」」」

「ちょちょちょちょ」

「刹那がパニックになった!」

「さてはあんた、このくだりがあるまで忘れてたわね……」

 パニックにならなかった者はゲイルへ、ジトーとした視線を突き刺す。
 そんな視線にゲイルは目を横に流しながら。

「……サプラーイズ」

「ふざけんなあああぁぁぁ!」

 教室の全員がゲイルに怒りながら彼らは成瀬が待つ時代へと、ペンダントから発せられた閃光と共に飛ばされてしまうのだった。


 ◇◆◇


「う、ううん。ここは」

「刹那、起きたか」

 目を覚ました刹那の目の前には大柄の短髪の少年、リブラ小隊隊長のユルドが立っていた。

「私は一体……」

「恐らく時間移動によるショックで気絶してたんだ。俺たちもさっき起きたばかりだ」

 刹那が周りを見渡すと、まだ何人か起きていないものがいた。
 刹那たちがいた場所はいくつものコンピュータデスクと、それを見渡せるような一段高い位置にあるデスク。軍の司令室のようなところだった。

 そんな司令室の一角で、クラスメイトたちが何かを取り囲んでいた。

「あれは……」

「バカの反省だ」

 それだけでは何を言ってるのか分からなかった刹那は、ユルドと一緒にクラスメイトたちに取り囲まれてる何かを見に行くと、果たしてそこには正座したゲイルがいた。

「なるほど……確かにバカの反省だ」

 正座したゲイルをカプリコーン小隊隊長の綺羅とピスケス小隊隊長のノアが尋問する。

「ゲイルさ~ん。なぜあのタイミングで残り30秒だったのですカ?」

「……忘れてました」

 クラスの女子で一番大人びているノアが、ゲイルの頬をペチペチと叩きながら綺羅に続く。

「あなたがた殿方は身一つでどこにでも行けるのでしょう。し・か・し、わたくしたち女子はいろいろ準備が必要なことお分かりでしょうか?」

「はいノア嬢。重々承知しております……」

 いつも飄々としているゲイルも、高校生とは思えない妙な色気があるノアの前だけではタジタジになる。

「どうやらお仕置きが必要のようですね。綺羅」

「ガッテン、ノアお姉様」

 綺羅がゲイルの体をくすぐりまわる。
 だが、先程まで豊かだったゲイルの表情は無の境地になった。

「分かってないな綺羅よ。俺はロリっ子のお前のくすぐりより、ノア嬢の罵りのほうがこうふ……反省するのだ」

「ロリっ子言うなぁ!」

 ふっと鼻で笑ったゲイルだが、その発言は全員が聞いていた。

「あいつ、今興奮って言いかけたぞ」

「ゲイル君……変態」

「マジかぁ、隊長マゾなのか」

「しかもクラス全員のいる前で……哀れね」

「……自業自得」

 隊長の性癖が暴露されても、キャット小隊はあくまでマイペースなのだった。

「さて、そろそろここがどこか確認したいから解放してくれませんかノア嬢」

(((無かったことにした⁉)))

「え、ええいいでしょう。これ以上あなたに構うとわたくしの身が危険な気がしますわ」

 ノアはゲイルが怖くなり、解放する。
 英断であった。

「さて諸君。ここかどこか見覚えないかい?」

「……ターミナルの司令室に似ているな」

 ターミナルとは、地球防衛軍の宇宙要塞戦艦で地球防衛の要となる超巨大戦艦だ。
 収容可能艦数は3000隻以上、サイズは四国と中国地方を合わせたくらいある。

「その通り、ちなみにあれはターミナル2号機。1号機は各隊長機とともに行方不明。ここまでの情報で推理すると」

 ゲイルがそこまで言った所で、アラートが鳴り赤いライトが司令室中で点滅する。 

『コンディションレッド、コンディションレッド。パイロットは至急乗機に搭乗して防衛行動に移行して下さい』

コンディションレッド戦闘配備⁉どういうことだ」

「こーゆーことさ」

 オペレーターデスクでコンピュータをいじっていたゲイルが司令室のスクリーンに拡大光学映像を出す。

 そこにはスクリーンを埋め尽くす、おびただしい数の100年前の敵ホムンクルスがターミナルへと向かっていた。

「ヤバイな、百機はいるぞ」

「早く出撃しないと!」

「格納庫どこだよ!このままだと蜂の巣だぞ」

「待て。どこかのカタパルトが開いた」

 慌てるクラスメイトたちはゲイルの一言でしん、となる。

「あっちだ!」

 ゲイルが指さした窓へドドドッと移動したクラスメイトが見たのは、開いたリニアカタパルトから発進する緋色の人馬のホムンクルスだった。

「サジタリウスリーダー!」

「速い!レプリカの5倍は速いぞ。あれは本物だ!」

 敵へと突撃するサジタリウスは緋色の光を帯びた流星のようだった。

「あれが、黄昏の流星の異名の由来か。すごいな、さすが俺の飼い主だ」

 全員がサジタリウスリーダーにみとれているうちに、接敵する両者、サジタリウスリーダーは螺旋状に回転移動しながら持っていたリニアライフルで射撃する。

 一見無茶苦茶に打ってるように見えるが、弾一発一発が吸い込まれるように敵のコックピットへ当たる。

 サジタリウスリーダーが通ったあとは花火の如く敵機の爆発の光がきらめいた。

「かっけぇ……」

「あれは、インフィニットサイクロン!間違いない。あれに乗っているのは成瀬宗美だ」

 インフィニットサイクロンとは、初代サジタリウスによって戦場でのカッコよさと殲滅力を追求し続けて作られた、無駄に高い操縦技術と機体性能をフルに活用した無駄に完成度の高い無駄な技だ。

「あんな酔狂な技を使うなんてサジタリウスしかありえない!」

「あんたサジタリウスをディスってんの?」

 あれ程いた敵機は既に数えるほどしか残っていない。
 残った敵機もすぐに殲滅させられた。
 その強さ、圧倒的である。

「さて、我らが頂点を出迎えようか」


 ◇◆◇


 司令室に入ってきたのは二人だった。
 片方は成瀬宗美、もう片方は背の低い男で長い髪で片目を隠している。

 司令室のドアが開いて人がいたことに一瞬驚く二人だが成瀬が笑い口を開く。

「あらヤダー、ゲイルじゃなーい。もしかしてみんな来ちゃったのかしらー」

(え?)

 ピシッと司令室の空気が凍りつく。
 成瀬の喋り方は、見た目とは違う性別の喋り方だ。意表を突かれたのか、クラスメイトたちはゲイルを含めて誰も一言も発しない。

「んー?どうしたのかしら?キューちゃん、みんなどうしたのかわかる?」

 キューちゃんと呼ばれたもう一人が少し背を伸ばして成瀬の肩に手を置きながら言う。

「認識改変ってやつだろ。この前言ってたじゃないか、忘れてたのか?」

「ふふっ、忘れてたわ~。あたしってばうっかりさんね」

(((オネエだ……)))

「見た目と、話し方がちぐはぐな方だ。彼が本当に我らの頂点、サジタリウス隊長なのか?」

 刹那のつぶやきに、何人ものクラスメイトが頷いた。
 それだけオネエ言葉が成瀬のイメージとはかけ離れていたのだ。

「一度会ったら記憶に残り続けそうなキャラね」

「あら、そう言うあなたの胸も、一度見たら忘れそうにないわよセフィーラ」

 宗美の言葉を聞いてビキビキッと額に青筋を浮かべながら、笑顔で質問する。

「どーゆーことかしら?」

「あら、わからないかしらー?高校生にもなってその胸平さんぶりのことを言ったんだけどー」

「っ、殺す!」

「皆!隊長を止めろ!」

 鬼の形相のセフィーラをアリエス小隊の隊員4人がどうどう、とセフィーラを抑える。
 宗美は爪の照りを見て知らん振りだ。

「離して!そいつ殺す!」

「あらヤルの?いいわよ、表に出なさーい」

 二人が本気で喧嘩を始めようとするので、慌ててキューちゃんが止めるため、二人の間に入る。

「待て待て、そうだ。ホムンクルス乗りならシミュレーターを使って優劣を決めればいいだろう」

「あら、いいわねー。面白そーじゃなーい」

「叩き潰してやるわ!」

 完全にやる気の二人。
 すると刹那が手を上げて待ったをかけた。

「その勝負、我らも参加させてもらう」

 刹那に続いて他の隊長たちも前に出る。
 宗美が不敵に笑う。

「いいわよー。面倒だから全員まとめてかかってきなさーい」

 宗美の挑発に隊長たちが顔をしかめる。
 いくら宗美が強いと言っても隊長格の自分たち全員と戦って勝てると言われたようなものだ。馬鹿にされていると言ってもいい。

 が、確実に勝てる勝負になったので、すぐに自信満々表情になった。

「あ、俺はパスで」

「え?」

 そんな中ゲイルが手を上げてそう言ったので、隊長たちの自信満々の表情が、陰った。

(コイツら、さては俺頼りだったな?)

 なんだかんだ言われても、ゲイルは全員から信頼されていたのだった。
 そして当の本人は苦笑いしていた。

 ◇◆◇

「意外だな。お前は真っ先に参加すると思ってた」

 キューちゃんがゲイルにそう言った。
 ゲイルは困ったように頬をポリポリとかいた。

「えーっと、確かキューちゃんだったか?俺のことを知ってるのか」

「佐々木九兵衛だ。俺はお前らの専属の整備士だ。ほら」

 九兵衛がゲイルたちに見せたものは、金槌の形のペンダント。間違いなくゲイルたちの持っていたものと同じものだ。

「と言うことは君は……」

「100年前の12部隊の整備士の子孫だ。後、年は19」

「年上だったか……」

 ゲイルのつぶやきに、声には出さないが他のクラスメイトたちも賛同した。
 現在宗美たちはシミュレーターの中にいる。
 シミュレーターのステージは宇宙、戦いはまず索敵から始まる。

 敵を先に見つければ先制攻撃ができ、その分優位になるからだ。
 だから一対一や多対一の宇宙戦は序盤は静かで地味なことが多い。

「だから、今が何時いつなのか教えてくれ。宗美隊長もそのためにアイツらを挑発したんだろ?俺だけのほうが説明がスムーズに済むってな」

 良くも悪くも他の隊長は、おとなしく人の話を黙って聞くことは苦手だった。
 ゲイルの推理を聞いて、アリエス小隊の一人が口を挟んだ。

「ゲイル君、妙に成瀬さんに詳しいね。認識改変で記憶が無いはずなのに……なにか隠してないか?」

「うっ」

 自慢に話していたゲイルが言葉に詰まる。
 図星だった。

「実は俺の日記に隊長のことが書かれてたんだ」

 認識改変は記憶は無くなるが記録は無くならない。
 ゲイルがこまめにつけていた日記に、しっかりと宗美のことが書かれていた。

「日記……そんなものつけてたんだ、意外だね」

「ああ、これだ」

 ゲイルが鞄から一冊のノートを取り出してみんなに見せた。

「ちょっと待て、その鞄はどうしたんだ」

 クラスメイトたちはゲイルのせいで、自分たちの私物は何も持ってこれなかった。
 しかし、ゲイルがしれーっと自分の鞄を持っていたことに、全員が額に青筋を浮かべることになった。

「……しまった」

「聞いたか皆!この人やりやがったぞ!自分一人だけ鞄を確保していた!」

「ちょっと待ちな。これを見ろ」

 すはゲイル粛清かというところで、キャット小隊の隊員たちが待ったをかけた。
 彼らを見るとその足元には全員の荷物があった。

「隊長が話し始めた時」

「雲行きが怪しくなったから」

「あらかじめ皆の荷物を集めておいたわ」

 順番に言葉をつないでゆく隊員たちのところへ行くゲイル。
 キャット小隊の面々の位置取りが終わったところで、後ろを向く。

「フッフッフ」

「「「「サプラーイズ!」」」」

 そう叫んで、バッと一斉に振り向いてポーズ決めた。
 その時クラスメイトたちが思い出したことがあった。

 あ、こいつらキャット小隊皆変人だった。と。


 ◇◆◇


「まずはこれを見ろ」

 鞄の件が落ち着くと九兵衛がスクリーンの1つに地球映す。

「これは……アメイジア?」

 スクリーンに映った地球は、ゲイルたちの見慣れている地球とは違った。
 大陸が1つだけしかなかったのだ。
 その名前はアメイジア大陸。

 アメイジア大陸とは現在より約2億年後に地球に出現する可能性があると考えられている超大陸の一つ。ゲイルは世界史の教科書をペラペラめくってた時、豆知識欄でその存在を見ていた。

 すなわち、ゲイルたちがいる世界は。

「二億年後の未来」

 しかし、なぜ二億年後なのかという謎が残る。

「お前たちは第一次地球防衛戦争が、どう終わったか知ってるよな」

 第一次地球防衛戦争はこの十二部隊の隊長たちに護衛されたターミナル1号機を、敵主力部隊に特攻させた後、自爆して敵の戦力の八割を巻き込み、その後敵が降伏したことによって終結したと言われている。

 ターミナル特攻の際その護衛をしていた十二部隊の隊長たちは、自爆直前で乗機から降り特務隊ENSの隊長に救出され、帰還したとされるのが第一次地球防衛戦争の最終決戦の記録のすべてだ。

 特務隊ENSとは、専用ホムンクルスの開発部隊兼テスト部隊で、十二部隊とは別の意味で地球防衛軍になくてはならない部隊だ。
 その情報は徹底的に隠され、名前も知らない人も多い

「ターミナルの自爆装置を作ったのと、このペンダントを作ったのは、どちらも特務隊ENSの隊長だ」

 それが意味していることは、ターミナルは自爆したのではなく、遠い未来へと敵ごと時間移動したということだ。

「どうしてそんなことがわかったんだ?」

「俺たちがここに来たとき、ENSの隊長のメッセージがあった。それに書かれていた」

 そこに、認識改変のこともあった。
 宗美と九兵衛のペンダントは、最初に作ったプロトタイプのためカウントダウンのずれや、認識改変の事故があるかもしれないと。

「てことは俺達は……」

「向こうの人たちの記憶が残ったままだから、行方不明扱いだな」

 司令室に微妙な空気が流れる。
 果たして認識改変のせいで忘れ去られた方がいいのか、行方不明扱の方がいいのか微妙なところだ。

「あっラシィがやらやれた!」

 どうやら戦いに動きがあったようだ。
 小隊戦の得意な指揮能力の高いラシィが最初に狙撃されて墜とされた。
 アステロイド帯に隠れていたサジタリウスリーダーが宇宙を縦横無尽に走って隊長たちを翻弄する。

「どっちが勝つんだろう」

「宗美隊長だ」

 誰が言ったのかもわからないつぶやきに即答するゲイル。
 記憶がなくてもそこには確かに己の隊長への信頼があった。

 しかし戦いが盛り上がってきたところでに、警報が鳴り響く。

『コンディションレッド。コンディションレッド……』

「ちっ今日はもうないと思って油断してたが予測が外れた。シミュレータを止めるか」

 宗美に事態を告げるためマイクを取ろうとした九兵衛の手をゲイルが掴んだ。

「待て」

「なぜだ」

「俺が出る。今の俺とあの人との距離を測りたい」


 ◇◆◇


「これがリンクスーツか」

 そうつぶやくゲイルが着ているものはリンクスーツ。
 現在こそ使われていないが、姿勢制御システムが未熟だった昔はリンクスーツと呼ばれるパワードスーツを着て、ホムンクルスと感覚を共有して操縦していた。

 リンクスーツはそれぞれのホムンクルスを人間サイズにしたような形状だ。
 すなわち、ゲイルのリンクスーツには猫耳のついたのだった。

「男の猫耳って誰得だよ。それに……」

 ゲイルのスーツは、胸部に不自然な膨らみがある。
 所謂女物だった。

「これから推察するに、ご先祖のキャットは女性か」

 それにしてもこれは無いんじゃないかと、まじまじと鏡に映る自分を見るゲイルに九兵衛が通信を入れる。

「早く出撃しろ」

「へーい」

 更衣室から格納庫へ向かったゲイルを出迎えたのは、シミュレータでしか乗ったことがなかったキャットリーダー。

「レプリカは実際に乗ったことはあるけど、本物を見たらそれはそれで心に来るものがあるな」

 ゲイルはコックピットに乗り、各種スイッチを押して電源をつけてゆく。
 すると前方モニターに一人の女性が映る。

『えー、あー、聞こえますか?』

「ご先祖様」

 その女性は、髪型と女性的な体つき以外ゲイルにそっくりだった。

『っと、私の子孫へ。貴方にはこれから長くつらい戦いが待っています。いつ挫けてしまってもおかしくない戦いです。でもきっと隊長を信じて頼ればなんとかなります。私がそうですから』

 少し笑みを浮かべながら話す初代キャット。その表情には、サジタリウスへの信頼以上の何かがあった。

『私は無理でしたけど、きっと貴方ならあの人の子孫に選ばれることを私は祈ってます。どうかあなたたちが挫けることなく前を向いて歩けることを』

 そうして先祖からのメッセージは終わった。
 これを見ればキャットはサジタリウスに恋心を抱いてたのは一目瞭然だ。
 そしてその恋の行方も。

「ご先祖様……俺と隊長は男同士です」

 たとえ宗美がオネエでもゲイルにそっちの気は無かった。
 子孫が同性だと思いこんでしまう辺り初代キャットのおっちょこちょいな性格が手に取るようにわかった。

 フーっと息を吐いてシートにもたれかかるゲイル。今から命のやり取りをするはずなのに毒気を抜かれた。

「準備はできたか?」

「ああ、ゲイル・北原、キャットリーダー。出撃する」

 エンジンをフルスロットルにしてゲイルは敵へと駆け出した。


 ◇◆◇


「くっ、こいつら数ばっかり」

 敵ホムンクルスを迎撃する為、出撃したゲイルは様々な武装を使って、百機以上いた敵を残り3分の1にまで減らしていたが、動きを読まれてついに囲まれてしまった。

「どこかに逃げ道は……あった!」

 敵の包囲網で罠のない穴を探していたゲイルは、それを見つけその周囲に残りの背部マイクロミサイルを撃ち込んだ。

「逃げられたはいいけど、くそっエネルギーゲージがもう……」

 出撃の際、はしゃいでフルスロットルにしたのがまずかった。
 そもそもリニアカタパルトなのだからバーニアをふかす必要はなかった。

「ここまでか……」

 そうつぶやくゲイルへ敵のミサイルが迫り、それが当たる直前、一機のホムンクルスが割り込んでキャットリーダーの盾となった。
 そのホムンクルスは牡羊のホムンクルス。アリエスリーダーだ。

「一人でカッコつけてんじゃないわよ!」

「セフィーラ。勝負はどうなったんだ?」

「……こっちの惨敗よ!ほら」

 アリエスリーダーが指さしたのはサジタリウスリーダー含む各隊長機が敵機を殲滅してるところだった。

「みんな一緒か。てことは和解か?」

「ま、あんな実力差見せられたら認めるしかないわよね。それと、鞄の件だけど」

「敵機殲滅を確認。キャットリーダー、帰投する」

「あっ!待ちなさーい!」

 帰還後、第二回バカの反省会があったのは言うまでもなかった。
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