【R18】フォルテナよ幸せに

mokumoku

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結婚はしたもののあまり夫との交流はない。
結婚はしたもののあまりこの家のことも知らない。

「奥さまお部屋の掃除をいたしますね!」

この元気で素朴な顔にそばかすを散らしたメイドの…ハーネットの方がよっぽど夫を知っているだろう。

私は「ありがとう」と彼女に言った。






金色の髪をサラサラと風に揺らして窓辺に座る女性の名前はフォルテナ。長いまつ毛に囲われた青い瞳を遠くの森に向けている。
少し憂いを帯びた表情の原因はこの結婚だ。
全く知らない全く会った事もない、全く興味のない男性と結婚するのは特に問題はない。
結婚なんてそのようなものだ。
フォルテナは窓の縁に肘をつくと
ふぅ…とため息をついた。
かわいらしくて美しい彼女がその動作をするとまるで一枚の絵画のように絵になった。

しかし彼女の心の中はそんなことは気にならない位沈んでいた。

夫婦の営みは毎夜あるが真っ暗闇の中でのみ行われる。恐らく自分の顔を見たくないからだろう、とフォルテナは思っていた。
必要以上に行われる前戯に自分の意志とは反して乱れてしまうのもそれに対して行為そのものは手短なのも全て支配されているようで辛かった。
毎日メイドの口から語られる夫の一日の動向も知りたくはなかった。結婚当初はとても内気な恥ずかしがり屋な男性なのだと好意的に見ていられた面も、ハーネットの口から語られる夫像と照らし合わせればそれはまるで貴女を嫌っているからだ。と直接言われているような気分になった。

フォルテナはそれが一番嫌だった。

「でも奥さま…ご主人様はとてもお優しい方なのでございます。私のような使用人にお花をくださったり…」

「ご主人様はとても素敵な男性なのでございます。奥さま…どうかあまり冷たくなさらないであげてくださいませ…」


最初の頃はそれを素直に聞いていた。
私には今後ゆっくり見せてくれるのだろう、と

何せ初めて会った時…フォルテナは彼の見目に心を奪われてしまったのだから。短く整えられた黒い髪に凛とした精悍な顔つき、高い鼻梁にスッキリとした目元の向こう側にある美しい青い瞳は夏の青空のように澄んでいたからだ。

……もしかしたら仲良くやっていけるかもしれない。


フォルテナは彼を見た瞬間そんな風に感じた自分が少し恥ずかしくて俯いた。…結婚に見目など関係ないわ。
一方向こうは初めにちらりとフォルテナを見た以降は眉を潜めてそっぽを向き、一言も話さなかった。
自分よりも三歳年上だと聞いているそんな男性のそんな様子にフォルテナはすっかり萎縮してしまい彼女もまた一言も話せなかった。

見かねた彼側の仲人が「彼はクロード・フローレスです」と説明してくれた。
クロード様とおっしゃるのね…
素敵な名前…




「フォルテナも遂に婚姻を結ぶ歳になったか」
「はい」
初対面からすぐ教会で式を挙げるため、ドレスを着用している間ずっと父親から背後でそう声を掛けられ続けた。
父親とは言ってもフォルテナと彼に血の繋がりなどはない。
自分が生まれてすぐに実の父は亡くなっているのだから。

「お嬢様…おきれいでございますよ」
子どもの頃から仕えてくれていたメイドが涙ながらに私の顔にメイクを施してくれる。彼女がいなければ…私はこうして乙女として嫁ぐことはできなかったのではないだろうか。
記憶が曖昧だけど……何度かこの義父に夜、部屋に侵入された経験があるからだ。
そんな中、寝る間も惜しんでこのメイドは私の側に仕えてくれた。
文字通りずっと側にいてくれたのだ。

「リリー……あなたと離れたくない」
「お嬢様…リリーもでございますが…あちらのご主人様の意向でございますゆえ…」リリーは鼻を啜るとそう言った。

フォルテナの母はこのような時も彼女に興味がないらしい。
先ほどから一切顔を出すこともない。

フォルテナは寂しくて俯いた。

……違うわ。
お母様は今ご病気なのよ。

ここより酷くなんかならないわ。
身体を開くにしても…義父のようなおじさんになんか嫌。
まだ若い分夫の方がマシよ。

それに見目だって素敵だし…

フォルテナは先ほど初めて会った夫の姿を思い浮かべると顔を赤くした。どうせなら見目が素敵な人と夫婦生活を贈りたい。彼女はそう思う自分が少し恥ずかしかった。
でもきっと、きっと今よりはマシになる。そう思った。







「マシにはなったかも…」

フォルテナは口角を上げると少し自嘲気味に呟いた。
もうかれこれこんな生活も三ヶ月ほど経つ。
毎晩抱かれている割には自分には全く懐妊の兆しがないのだ。

「畑が悪いのかしらね」


「…ねえ?ハーネット、私…街に行きたいわ。せめて部屋の外に出たいのだけど……」フォルテナはまだ見たことがないこの地域の街を見て歩いてみたかった。それが無理なら庭だとか……
フォルテナがそう言うとハーネットはギョッとした顔をして首を横に振った。「ご…ご主人様がお許しにならないと思います」と

「ねえ、なんで?なんで私…実家にも帰ってはいけないし、外にも出られないの?なんで?」はじめの頃は屋敷内は自由に歩かせてくれていたような気がするのだけど……

「そ、それは…」
「どうしてなの?」
「それはご主人様に直接…」ハーネットがしどろもどろしている。困らせたいわけではない。
「……どうせ明るいうちは会ってくれないわ」フォルテナは夫の顔を思い浮かべると眉を潜めた。彼は昼間、明るい状態での接触がかなり嫌なようで以前廊下ですれ違った際、挨拶をしただけなのに不機嫌そうにその場からいなくなってしまったのだ。

最初のうちはフォルテナなりに仲良くなろうと努力した。

夕食のときに話しかけてみたり、すれ違いざまに挨拶をしたり……

でもいつも反応は同じだ。
不機嫌そうにその場からいなくなってしまう。

夜のときにそっと彼に触れてみたりした。
照れ屋なのではないかと思ったから…
私の胸を吸う彼の頬にそっと触れてみたのだ。

そうすると彼は弾けるように私から離れて部屋から出て行ってしまった。一人暗闇に残された私はただただ呆然としたものだ。

私がアクションを起こすと彼はその場からいなくなってしまう。

「……そんなに嫌わなくてもいいのに」

せっかく縁があって夫婦になったのに……仲良くなりたかったな。
私はニコニコと働くハーネットをちらりと見た。

私は見てしまったのだ。
夫と彼女が以前お揃いの指輪をしているところを。
私に「指輪買ったの?素敵なデザインね」と指摘されたハーネットはそれ以降指輪をつけることはなかったが夫はずっと…今も夜の営みの時に確認するとつけている。

彼らは私を隠れ蓑に身分違いの恋を楽しんでいるに違いない。
フォルテナはそう思った。
恐らく夫はこのハーネットを愛しているのでは……?
フォルテナはそう思い「ハァ……」とため息をついた。
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