涙は流さないで

水場奨

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(sideアルカ)

いつものように主人様メィカルのために準備を整えようと部屋の扉を開けて、固まってしまった。

目の前に広がる、光景。
何故だか主人様も言葉を無くしてこちらを見ているが。
まあ、そういう場面を他人ひとに見られるのは、うん。イヤだよな。

それにしてもなるほど。自分には口付けしか与えなかった主人様の理由はあったわけだ。
自分が共寝をしてもらえなかった理由は。

色っぽく主人様に足を絡めて、裸で寝所で睦み合う。
彼らが正しく番でなくて何と言うのだろう。
その彼は俺と最も相性の悪い人物だったのだ。
主人様が彼を選ぶということは、俺を切り捨てるということに他ならない。

そして、今日やたらと様子のおかしかった仲間も、コレを俺に見せるということは、つまり、みんな向こうの味方というわけだ。
ギシギシと軋む心の音はするのに、頭は真っ白で何も浮かんでこない。

ここで泣いてはいけないことは、わかる。
無様に主人様に問いただしても意味がないことも、わかる。
引き際は、わきまえている。

俺は頭を下げるとそっと扉を閉めて部屋を出たのだった。




アルカはサディナ家の5男で、上にも下にも兄弟がいる忘れられやすい子どもだった。
父は1人だが、母は6人いる。そして男性伴侶も2人いる。

メィカルは名門リリアーヌ家の3男で、将来が有望視されるエリートだ。
周りに気が配れる実によくできた人、という評判だ。

はじめの頃は親切心とか同情心とかだったと思う。
1人になりやすい引っ込み思案な俺を呼び寄せては、優しい場所に誘ってくれていた。それが寂しい幼少期を過ごす、俺の楽しみだったのは間違いない。

けれど13歳を過ぎ学院に通い出すと、それは一変した。
家族のように悪気なく放置されるのとは違い、悪態をつかれ、ため息を零されるようになった。
学院で彼を取り巻く優秀な人材と比べると、俺の出来損ないぶりは目に余ったのだろう。
それでも一緒にいてくれたのは両家の思惑があったからで、メィカルの気持ちなんて考慮されなかったんだろうな、と今ならわかる。

俺とメィカルは学院を卒業したら結婚が決まっていたのだ。
俺は男だから魔力譲渡のための人員であって、子は産めない。あれほどの才能溢れるメィカルの血統を継ぐ子孫を作らず、血筋を途絶えさせるとは思えない。
きっとメィカルは他にも多くを娶るのだろう。父のように。

それなのに健気にも彼を慕い、後をついていく俺。

…………というのが、昨日までの俺だ。




いやー、知識にはあったけどさ、蘇りとかってあるのな。
泣き泣きに泣き過ぎて、寝て起きたら人格変わってるとかさ。変わっているというよりは混ざったって感じだけど。
まあ、前世を思い出したってことなんだ。
こういうことはたまにあると前世の知識にそんな話があった。

まず、男と結婚とかねえわ。
あと、外面完璧なDV旦那とか、消耗して疲れ果てる未来しか見えないわ。まあ、口撃だけで手を出されたことはないんだけど。

んで最後に、俺前世では30代で死んでるっぽいんだよね。
病室から見える景色を眺めながら、元気になったらいろんなことしたい。世界中を旅してみたいって思ってた。

うん、そういうこと。
まだ日が登らないうちの早起きだ。
魔法を使えば、実家に行って戻ってくるくらいの時間はあると判断した俺は、素早く身支度を整えた。





「おい、さっさと起きろ」
部屋にノックもせずに入ってきたのは、昨日浮気現場?を見せつけてくれた婚約者殿だ。

「ああ?なんだよ、準備できてるんじゃないか。ちっ。ほら、行くぞ」
いつもなら支度の整っていない俺が、既に外出する準備ができている。
本来なら褒められて然るべきところを、なぜだかメィカルに舌打ちされた。
そして、促されても動こうとしない俺に苛立ったようだ。

「あ?早くしろよ。お前のせいで遅れたらどうしてくれるんだよ」
「メィカル様、俺、考えたんですけど、メィカル様は俺のこと嫌いなわけですよね?」
「は?」

「昨日、彼との行為を見せたのは俺を切り捨てて彼らを引き立てるということだと、わかっています」
まあ、学院に入ってからこっち、全く役に立ってないのは俺だしな。
俺がショボ過ぎるから。

「だから、婚約は無かったことにした方がいいと思います。俺の家からは、それでいいって言われたから」
基本俺は、家から放置されているのだ。
家から無関心な扱いをされているのは俺だけじゃないけど。

サディナ家では優秀な才覚を確認できた子供のみに教育を集中させ、他は自由に放たれる。
ゴリゴリに勉強しなくてはいけないのと放置されるのと、どちらが幸せなのかそれはわからないけれども、少なくとも俺は寂しかった。
だから、そこから救い出してくれたメィカルに感謝しているのは本当のことだ。

「リリアーヌ家としては面子もあるでしょうから、そちらから破棄してください」
「破棄なんかしねえよ」
いつもより一段と低いメィカルの声に、いつもの罵倒が始まるかもと身構えた。

「き、昨日のことを気にしてるなら、すまなかった」
ほらな、罵倒され……てない?
「へ?」
「とにかく、破棄はしない。行くぞ、朝食食いっぱぐれる」
「え、困るよ。もう俺、メィカル様のことそういう風に思えないし」
前世の常識が、混ざってしまったからね。

そう言うと俺はそのまま部屋の奥、キッチンスペースに戻った。
今日の朝食は自分で作ったのだ。
なんというか、高級な食事ばかりの記憶しかなくて、朝からあれは無理だろ。今までも食べ切れなくて、朝食の終了間際にメィカルに差し出して食べて貰っていた。

それよりか日本の家庭料理を食べたくなってしまったってわけ。
目が覚めてしまった早朝から、婚約破棄に向けていっぱい動いたし、ついでに実家から食料をくすねてきたのだ。

リビングスペースに作った食事を運ぶと、メィカルが目を見開いたまま、硬直していた。

「メィカル様?」
邪魔なんだけど。無駄に図体でかくて、圧迫感半端ない。
「……アルカ、一体どういった心境の変化だ?」
「へ?」
「だからっ!俺のことそういう風に思え無くなったっていう理由だ」
面倒くせえ。
クズだノロマだと散々こき下ろされて、それでも好きでい続けるヤツなんているか?
あ、昨日までの俺がいたわ。

下手にプライド潰す理由だと逆ギレしそうだし、適当な理由ないかなあ。

「よくわからないですけど、昨日たくさん泣いたから、涙と一緒にメィカル様への気持ちも全部流れちゃった、みたいな?」
「は?」

「それに、俺とミビヤは1番相性が合いません。メィカル様が彼を伴侶の1人に据えると決めたのならば、彼に合わせた環境を整えるべきです」

いくら常識が混ざってしまったといっても、メィカルをあんなに好きだった気持ちまで、否定するつもりはない、けれど。

「あと……メィカル様の他の伴侶候補の人ってみんな仲いいのに、俺だけ馴染めてなかったですからね。今の学生のうちだけじゃなくて一生付き合っていかないといけないのにってなったら、俺がいない方がうまくいくんだなあって気づいて」

「それっは!」
メィカルが目を見開いて言葉を無くした。

そこなんだよな。
さすがにメィカルも気になってたよね。伴侶同士の諍いとか、煩わしいに決まってる。

一生、馬鹿にされて生きていくのか?ってなったらさ、貴族じゃなくても、ちょっとくらい貧乏でも、1人だけと添い遂げられるのって幸せなことなんだなって思ってさ。
前世の国はそういう意味で恵まれてたって。

「俺、次は俺1人だけでいいっていう人を探そうかな。まあそんな人、貴族にはいないだろうから卒業したら都落ちだろうけど」
あははと軽く笑っておく。

だって記憶が混ざったことによって、自己の矜持が別のところに湧いて出てしまったんだ。
俺は、気を抜くと浮き上がってきそうなメィカルへの気持ちを押さえ込んだ。
俺はもう、否定されることなく自由に生きていきたい。

「ああ」だとか「うん」だとか小さく何かを言っていたメィカルだったけど、扉をドンドンと叩く音にビクリと反応すると出て行った。
これで落ち着いて食事ができる。
なんなら弁当もどきを作っておけば昼もここで食べたらいい。

暫くはメィカルとの破局で、取り巻きがうるさいだろうし。
散々、俺ではメィカルに相応しくないとか言われ続けていたから、こんな結果になって嬉しいだろうよ。

寂しくなんか、あるもんか。





そんな風にひと月。
随分と前から身の丈に合わない剣士科から薬師科へ変更を促されていた俺は、このことをきっかけにその手続きをすると、すぐに部屋を移ることになった。

専攻科目も違えば宿舎の棟も違うメィカルとは1度も会うことはなかった。
なんなら表面上、俺の中からスッパリとメィカルの存在を無くすことに成功していたので、気にすることもないように周りには見せられていたと思う。

だからこの状況が理解できないのだけども。

「えっと?」
移動教室で研修棟へ行きたい俺らの、進路を塞ぐように立ちはだかる彼ら5人。
将来エリートなメィカルの側近になるであろう彼らの圧が、下っ端能力しかない俺のクラスメイト達をビビらせている。

「あー、と。アルカ、メィカル様に会いたくないか?今まで2人の逢瀬を邪魔して悪かったと思って、だな」
「お詫びに連れて行ってやるし、メィカル様に逢いに行かないか?」
俺は首を傾げた。

こいつら、あわよくばメィカルの伴侶の1人として仕えたいと思っていたはずだ。
女の伴侶と違って、魔力補充のための男の伴侶は2人までと決まっている。雑多な魔力が混ざるとメィカル自身は強くなれても、子ができにくくなってしまうからだ。
だから俺が抜けた方が嬉しかったはずなんだけど。
それに彼らには今まで散々いろいろされている。
そんな甘言に乗ったらバカを見るのは俺だと知っているのに、付いて行くわけないじゃん。

「お前らについて行ったら、人気のないところで処分されそうだからヤダ。それに俺、今好きな人いるからメィカル様には興味ないし」
言い捨てて歩き出すと辺りがざわめいた。
あの5人に口ごたえするなんて、前の俺じゃあ考えられないもんな。

それにしても俺の好きな子ってミミーちゃんって言ってな、胸がバイーンって張っててかわいいんだよ。
確実に腹黒なんだけど、あざといぶりっ子もかわいいっていうかな。
白魔法の医療系の授業だけが一緒の空間にいられる唯一の時間なのだ。
ミミーちゃんは戦闘もこなすけど、俺はそっち系はからっきしだからさ。

で、ミミーちゃんにカッコいいところを少しでも見せたくてその授業だけ力を入れて頑張ってたらさ、教師のレベルを超えるっていう。

俺、やればできる子だったんだな。





それから半年後、ミミーちゃんに気持ちを伝えることもなく俺は失恋した。
いや、告白する勇気なんてなかったから元より俺にチャンスなんてなかっただろうけど、学生のうちに結婚しちゃうとかさ、もうそんな風に見たらダメじゃん。
人妻に懸想したら犯罪じゃん。
いやまあ、この国的には許されるんだろうけど、俺的にダメっていうか。
人妻、人妻かあ。いい響きだなあ、じゃなくて。

はあ、もう俺には極めに極めまくった白魔法しかない。
傷心を慰めるために国中を行脚でもして、そのついでに白魔法でいく先々の人々を癒すってのはどうだろう。
癒した人の中にケモミミもふもふ巨乳美少女とかいるかもしれん。感謝されてムフフなこととか起きたらどうしようか……ゲフンゲフン。

あ、いや、そうでなくてだな!
前世の夢だった世界中を旅したいって気持ちも消化できて、それを仕事にもできるとか…………名案すぎる。
半年後の卒業に向けて、そろそろ就職先を決める時期だしな。

ひとまず町で個人医院を開設するのに必要な資格だけ取ってしまうと、地図とにらめっこをする日々が続いている。
身体強化を使っても、結構過酷な旅になりそうだ。
自動車とか電車とか飛行機とか、喉から手が出るほどほしい。なんならチャリでもいいわ。

「アルカ、さっきから唸ってどうしたの」
「マージュ。俺さあ、国中を旅したいっていう夢があってさ。どこから回ろうかと」
どこも魔獣が出そうだけど、俺ってば戦闘スキルが皆無なのだよ。
「アルカ、すぐ死んじゃいそうじゃない?」
だよな。
「やっぱりそう思う?先に金貯めて冒険者雇って旅行するしかないかなあ」

「へ?あー、あ!そういえば、軍医補助の募集が出てたよ。戦ってくれる人がいて、旅行もできるかもね」
「おお!!本当に募集出てた?」
すっごいいいじゃん!軍医は考えつかなかったぜ。
「先生に確認してくる!」

「おお、行ってこいよ!………ってことをアルカより早く連絡回さないとな。冒険者と旅行とか、マジでメィカル様が狂いかねない」











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