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24割 ユジリスの守り
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「くそっ!なぜ平民が重宝され、我らが蔑ろにされるのだ」
リグリアンは2年に上がってからの境遇に不満を抱いていた。
そろそろ最高学年となるのに、今のままではまずい。このままの状態で学生生活を終われるものか。
「それもこれも、あの平民が目立つから悪いのだ」
あの赤髪の、平民が全て悪いのだ。
平民のみならず、貴族の多くも俺を差し置いて彼奴にすり寄ろうとしている。
忌々しいこと、この上ない。
「そもそもこの魔物の騒動もあの平民が起こしたようなものではありませんか」
「誠に」
「あの時、我らあの場を離れず人を集めるべきでした」
「本当にな!俺1人で人を呼びに行っておれば、今頃このように魔物が溢れることもなかったと思えば!」
部屋の片隅で、普段なら目もくれない下っ端が話に花を咲かせていた。
だが、その内容!
たまには役に立つこともあるではないか。
「その話、詳しく聞かせろ」
「は、はい。実は半年ほど前になりますか、校庭の隅で黒い蜥蜴を発見したのですが」
「その蜥蜴を、あの平民が逃してからなのですよ。魔物が増え出したのは」
その時の状況を話を彼らが少々盛りながら話せば、そこにいた者達の頭に血が上っていった。
「では、ビジジュールが前線から抜けたから魔物が増えたというのも嘘になるわけか」
我が家よりもビジジュールが持て囃されるのも気に食わなかったのだ。
「そうか。では、我らでその蜥蜴とやらを退治してやろうではないか」
黒の蜥蜴を退治するのは、上級の騎士でも難しいと聞く。
それを我らの手で成し遂げたのなら……!
「やりましょう、リグリアン様!」
「我らの力を、見せつけてやりましょう!」
☆
「あー、ナオー」
「どうした、ユジリス。ナロパパはここにいるぞ」
最近ユジリスが俺の名を呼ぶようになった(気がしている)。
何しろユジリスにはパパが多い。呼び方も独特に成らざるを得ない。
シーパパに、僕ことナロパパ。そしてやたら厳しく躾そうなオーパパだ。
華がない!
ちょっと年のいった乳母とメイドくらいしか女性がいないのだ。
ユジリスまでホモになったらどうしよう。
あはは、そしたら家が断絶しちゃうな。
ではなくて。
「ユジリス、許してくれな」
勝手に、君を僕の眷属にすることを。
指先に溢れた僕の血をユジリスの口内に入れると、ユジリスが嚥下するのを見届ける。
明日から討伐に赴く僕らは、そこにユジリスを連れて行くことができない。
そうであるのに、君の父である3人が3人とも、行かねばならない。
だからユジリス、君に最高の守神をつけていく。
「ユジリス、君を僕の眷属として守ると誓う」
ユジリスがふわりと光に包まれたことで、契約が成ったことを確認する。
「コクヨウ、コハク、ここへ」
コクヨウとコハクは先日卵から孵ったばかりで、まだ任される建物もない。
『はいヨウ』
『はいコハ』
「お前達にユジリスを任せたい。危険が迫った時には影部屋へ匿って欲しい」
確実に守るために頼りにするのが人ではないなんて。
『いいコハ!』
『任されたヨウ!』
敵が僕の母親でなかったら、よかったのにな。
そうであったのならば、一族が一丸となってお前を守れたのに。
「すまないな、ユジリス」
「ナオー、あー」
ユジリスは僕に幸を運んでくれた愛しい子なのだ。
君がいるから、僕とオースティンは父上に認めてもらえたんだよ。
だから僕が君を守るのは当然だろう?
ユジリス、生まれてきてくれて、ありがとう。
君を、必ず守ってみせるから。
「では、行ってくる。母上が来た時には、乳母殿、奥の部屋から出ないように。決められた人間以外は入れないようになっております」
乳母が神妙に頷いてユジリスを受け取った。
「それから、コクヨウ、コハク」
呼べば彼らはユジリスの肩からあらわれた。
「最悪の場合、この2匹がユジリスを隠します。乳母殿、その時はコクヨウとコハクを呼んでください」
「わかりましたわ。この子たちが噂の守神様ですのね。はじめまして、私、ユジリス様の乳母のスカーラと申します。よろしくお願いします」
よかった。スカーラと言葉は通じなくても、蜥蜴達を受け入れてもらえたようだ。
「では、行ってくる」
オースティンと共に外へ出れば、そこには使用人たちが勢揃いしていた。
「ユジリスのことを頼んだぞ」
僕らがいない数日間を、頼んだぞ。
もちろん、ただの杞憂であればいいのだが。
「もちろんでございます。行ってらっしゃいませ。御武運を祈っております」
☆
「ナローエ、その、背中のソレはなんだ」
父上が僕の背中に存在感MAXで鎮座する武器に目を留めた。
「父上、これは僕の若気の至りと言いますか」
強く見られたかったとか、よく考えたら恥ずかしい理由で作ったからな。
今では手に馴染みすぎて手放せない武器となったけれども。
「シーバス様、ナローエ様の武器は驚くほどビジジュール向きの武器なのですよ」
横から言葉を補うのはオースティンだ。
「そうなのか?」
僕はその問いに控えめに頷いた。
「それでですね。この武器を使うに当たって、同行する仲間には持っていてもらいたいモノがあるのです」
僕の武器は寒いからな。
凍え死んだりしないよう、それぞれに気をつけてもらうしかない。
「なんだ?」
「これです。自分の周りの温度を適温に保つ魔道具です。父上の部下さん達の分も用意してあります」
じゃらりと袋を揺らせば、中に入っている100余りの指輪が音を立てた。
「おー、なんか最近評判になっておるやつだな」
「僕の発明品なんですよ。父上指を出してください」
父上にはついでに、致命傷を治す魔道具と痛みを軽減する魔道具も付けておこう。
「まさかこんなに魔道具を身につけることになるとは。うむ、緊張するものだな」
確かに。父上は変なところで貧乏性だ。
命は金で買えないというのに。
お爺様だって、魔道具を持っていたら死なずに済んだかもしれないもんな。
「ビジジュールの。今日はこちらの無理を聞いてもらって感謝する」
父上に魔道具の使い方を教えていると、なんとそこに王太子殿下と第3王子殿下がやってきた。
「王太子殿下」
「この度の騒動で学生の実習のあり方も随分議論されてな。其方らの力を借りたいのだ」
「いえ、国全体の力が上がれば、人々の不安も払拭されるでしょう。お力になれることがあるならば喜ばしいことです」
「では、今後の行程について話し合いの場を持ちたい。少し離れるが一緒に天幕まで来ていただけるか」
「はっ」
殿下達と父上が会議の場まで行ってしまったので、僕は部下さん達に魔道具を配ることにしたのだった。
☆
(side )
討伐とはいえ授業の一環だ。
泊まり込みの現場にはまったりとした空気が流れていて、なんなら俺ら学生にとっての憧れであるビジジュール兵に恐る恐る話しかけたりしていて、その場に緊張感はなかった。
まだ、今日の予定を決める教師達も来ていないしな。
いつもの実習では、同時に現れる魔物はせいぜいが5匹だ。
それなのに、ここには100人を超えるビジジュール兵がいるんだぞ。
どっちかと言ったら演劇を観に行く気分に近い、と思っていた。
「なあ、あれなんだ?」
誰かが遠くに砂煙を発見して口に出したのはそんな時だった。
みんな、なんの気なしにそれに目をやり、動いたのはビジジュール軍だった。
「……魔物だ」
1人が呟くと、隣の者が遠見具を奪い覗き見た。
「本当か?……なんてすごい数だ!」
「スタンピードは終わったんじゃなかったのか?!」
学生をまとめるために残っていた教師も青ざめる。
ビジジュール軍以外の護衛の多くは、殿下と共に少し離れた場所にいるのだ。
「殿下に、シーバス様に連絡を!」
「全員、装備を確認せよ!」
急に慌ただしく動き出した現場に、学生だけがついていけない。
いや、その数の多さに、迫りくる魔物の速さに、ビジジュール兵とて平常の動きではなかっただろう。
恐怖が、急に俺らを襲った、その時。
「ビジジュール軍に告ぐ!!全員、学生の警護につけ!!」
響き渡ったのは、今まで聞いたこともなかったような覇気を乗せたナローエ様の声だった。
「全員後方へ下がれ!!僕より前に出るな!!」
「ナローエ様に従え!!」
あの細い人から、あの儚い人から発せられる声ではない。
何よりもナローエ様の命令を優先するオースティンが、ナローエ様の後ろに控えた。
それを見て、俺らの身体はその指示に従っていた。
2人の迫力に、そこにいる者全てが従っていた。
あの2人の、邪魔をしては、ならない。
そのまま、ナローエ様が駆け出した。
その側を少しだけ離れてオースティンが追いかける。
俺らの20mほど先で立ち止まると、ナローエ様が背中に背負っていた大鎌を構えた。
ナローエ様の周りがビキビキと音を立て、白い線が前方に走る。
そしてナローエ様が大鎌を振るうと、次の瞬間、そこは凍てつく白銀の世界になっていた。
勢いよく向かってきていた魔物は、ただの1匹も動いていない。
「よし!温暖の魔道具を持つビジジュール軍は、動けずにいる魔物を順に討て!!」
「冷気に強い魔物もいる!ナローエ様の術で魔物の足場が固まっているうちにやれ!ヤツらが動けないと思って気を抜くなよ!」
「はっ!」
ナローエ様が命じれば、オースティンが補足する。
そのナローエ様の命を聞いたビジジュール軍が、オースティンを先頭に走りだした。
あっという間に赤く染まる大地に、俺らの恐怖は消えていた。
ナローエ様はまだ学生で、今日が正真正銘、初陣だと聞いていた。
シーバス様とオースティンに匿われて、ただそこにいるというだけの、初陣だと思っていた。
一度も共に戦ったことのないはずのナローエ様に、ビジジュールの兵が1人残らず従ったのだ。
ナローエ様は、紛れもなく闘神に愛された、ビジジュールの名に相応しい方だった。
上方の暖かな空気と地からの冷えた空気が混ざり合い、ふしぎな揺らめきをする景色に、ナローエ様が立っている。
黒衣がハラリと揺れて、銀髪が煌めいた。
大鎌を構えて振り返ったナローエ様は、まるでこの世界に君臨する、尊い、人とは思えぬ何かに見えた。
「学生諸君は風邪をひかぬよう、暖を用意しなさい」
「は、はい」
ナローエ様の口から、白い息が吐き出された、けれども、その意味を理解するには、少し時間がかかった。
戸惑うように首を傾げるナローエ様に、殿下達の怒声が聞こえてきて、俺らはようやく動き出したのだった。
リグリアンは2年に上がってからの境遇に不満を抱いていた。
そろそろ最高学年となるのに、今のままではまずい。このままの状態で学生生活を終われるものか。
「それもこれも、あの平民が目立つから悪いのだ」
あの赤髪の、平民が全て悪いのだ。
平民のみならず、貴族の多くも俺を差し置いて彼奴にすり寄ろうとしている。
忌々しいこと、この上ない。
「そもそもこの魔物の騒動もあの平民が起こしたようなものではありませんか」
「誠に」
「あの時、我らあの場を離れず人を集めるべきでした」
「本当にな!俺1人で人を呼びに行っておれば、今頃このように魔物が溢れることもなかったと思えば!」
部屋の片隅で、普段なら目もくれない下っ端が話に花を咲かせていた。
だが、その内容!
たまには役に立つこともあるではないか。
「その話、詳しく聞かせろ」
「は、はい。実は半年ほど前になりますか、校庭の隅で黒い蜥蜴を発見したのですが」
「その蜥蜴を、あの平民が逃してからなのですよ。魔物が増え出したのは」
その時の状況を話を彼らが少々盛りながら話せば、そこにいた者達の頭に血が上っていった。
「では、ビジジュールが前線から抜けたから魔物が増えたというのも嘘になるわけか」
我が家よりもビジジュールが持て囃されるのも気に食わなかったのだ。
「そうか。では、我らでその蜥蜴とやらを退治してやろうではないか」
黒の蜥蜴を退治するのは、上級の騎士でも難しいと聞く。
それを我らの手で成し遂げたのなら……!
「やりましょう、リグリアン様!」
「我らの力を、見せつけてやりましょう!」
☆
「あー、ナオー」
「どうした、ユジリス。ナロパパはここにいるぞ」
最近ユジリスが俺の名を呼ぶようになった(気がしている)。
何しろユジリスにはパパが多い。呼び方も独特に成らざるを得ない。
シーパパに、僕ことナロパパ。そしてやたら厳しく躾そうなオーパパだ。
華がない!
ちょっと年のいった乳母とメイドくらいしか女性がいないのだ。
ユジリスまでホモになったらどうしよう。
あはは、そしたら家が断絶しちゃうな。
ではなくて。
「ユジリス、許してくれな」
勝手に、君を僕の眷属にすることを。
指先に溢れた僕の血をユジリスの口内に入れると、ユジリスが嚥下するのを見届ける。
明日から討伐に赴く僕らは、そこにユジリスを連れて行くことができない。
そうであるのに、君の父である3人が3人とも、行かねばならない。
だからユジリス、君に最高の守神をつけていく。
「ユジリス、君を僕の眷属として守ると誓う」
ユジリスがふわりと光に包まれたことで、契約が成ったことを確認する。
「コクヨウ、コハク、ここへ」
コクヨウとコハクは先日卵から孵ったばかりで、まだ任される建物もない。
『はいヨウ』
『はいコハ』
「お前達にユジリスを任せたい。危険が迫った時には影部屋へ匿って欲しい」
確実に守るために頼りにするのが人ではないなんて。
『いいコハ!』
『任されたヨウ!』
敵が僕の母親でなかったら、よかったのにな。
そうであったのならば、一族が一丸となってお前を守れたのに。
「すまないな、ユジリス」
「ナオー、あー」
ユジリスは僕に幸を運んでくれた愛しい子なのだ。
君がいるから、僕とオースティンは父上に認めてもらえたんだよ。
だから僕が君を守るのは当然だろう?
ユジリス、生まれてきてくれて、ありがとう。
君を、必ず守ってみせるから。
「では、行ってくる。母上が来た時には、乳母殿、奥の部屋から出ないように。決められた人間以外は入れないようになっております」
乳母が神妙に頷いてユジリスを受け取った。
「それから、コクヨウ、コハク」
呼べば彼らはユジリスの肩からあらわれた。
「最悪の場合、この2匹がユジリスを隠します。乳母殿、その時はコクヨウとコハクを呼んでください」
「わかりましたわ。この子たちが噂の守神様ですのね。はじめまして、私、ユジリス様の乳母のスカーラと申します。よろしくお願いします」
よかった。スカーラと言葉は通じなくても、蜥蜴達を受け入れてもらえたようだ。
「では、行ってくる」
オースティンと共に外へ出れば、そこには使用人たちが勢揃いしていた。
「ユジリスのことを頼んだぞ」
僕らがいない数日間を、頼んだぞ。
もちろん、ただの杞憂であればいいのだが。
「もちろんでございます。行ってらっしゃいませ。御武運を祈っております」
☆
「ナローエ、その、背中のソレはなんだ」
父上が僕の背中に存在感MAXで鎮座する武器に目を留めた。
「父上、これは僕の若気の至りと言いますか」
強く見られたかったとか、よく考えたら恥ずかしい理由で作ったからな。
今では手に馴染みすぎて手放せない武器となったけれども。
「シーバス様、ナローエ様の武器は驚くほどビジジュール向きの武器なのですよ」
横から言葉を補うのはオースティンだ。
「そうなのか?」
僕はその問いに控えめに頷いた。
「それでですね。この武器を使うに当たって、同行する仲間には持っていてもらいたいモノがあるのです」
僕の武器は寒いからな。
凍え死んだりしないよう、それぞれに気をつけてもらうしかない。
「なんだ?」
「これです。自分の周りの温度を適温に保つ魔道具です。父上の部下さん達の分も用意してあります」
じゃらりと袋を揺らせば、中に入っている100余りの指輪が音を立てた。
「おー、なんか最近評判になっておるやつだな」
「僕の発明品なんですよ。父上指を出してください」
父上にはついでに、致命傷を治す魔道具と痛みを軽減する魔道具も付けておこう。
「まさかこんなに魔道具を身につけることになるとは。うむ、緊張するものだな」
確かに。父上は変なところで貧乏性だ。
命は金で買えないというのに。
お爺様だって、魔道具を持っていたら死なずに済んだかもしれないもんな。
「ビジジュールの。今日はこちらの無理を聞いてもらって感謝する」
父上に魔道具の使い方を教えていると、なんとそこに王太子殿下と第3王子殿下がやってきた。
「王太子殿下」
「この度の騒動で学生の実習のあり方も随分議論されてな。其方らの力を借りたいのだ」
「いえ、国全体の力が上がれば、人々の不安も払拭されるでしょう。お力になれることがあるならば喜ばしいことです」
「では、今後の行程について話し合いの場を持ちたい。少し離れるが一緒に天幕まで来ていただけるか」
「はっ」
殿下達と父上が会議の場まで行ってしまったので、僕は部下さん達に魔道具を配ることにしたのだった。
☆
(side )
討伐とはいえ授業の一環だ。
泊まり込みの現場にはまったりとした空気が流れていて、なんなら俺ら学生にとっての憧れであるビジジュール兵に恐る恐る話しかけたりしていて、その場に緊張感はなかった。
まだ、今日の予定を決める教師達も来ていないしな。
いつもの実習では、同時に現れる魔物はせいぜいが5匹だ。
それなのに、ここには100人を超えるビジジュール兵がいるんだぞ。
どっちかと言ったら演劇を観に行く気分に近い、と思っていた。
「なあ、あれなんだ?」
誰かが遠くに砂煙を発見して口に出したのはそんな時だった。
みんな、なんの気なしにそれに目をやり、動いたのはビジジュール軍だった。
「……魔物だ」
1人が呟くと、隣の者が遠見具を奪い覗き見た。
「本当か?……なんてすごい数だ!」
「スタンピードは終わったんじゃなかったのか?!」
学生をまとめるために残っていた教師も青ざめる。
ビジジュール軍以外の護衛の多くは、殿下と共に少し離れた場所にいるのだ。
「殿下に、シーバス様に連絡を!」
「全員、装備を確認せよ!」
急に慌ただしく動き出した現場に、学生だけがついていけない。
いや、その数の多さに、迫りくる魔物の速さに、ビジジュール兵とて平常の動きではなかっただろう。
恐怖が、急に俺らを襲った、その時。
「ビジジュール軍に告ぐ!!全員、学生の警護につけ!!」
響き渡ったのは、今まで聞いたこともなかったような覇気を乗せたナローエ様の声だった。
「全員後方へ下がれ!!僕より前に出るな!!」
「ナローエ様に従え!!」
あの細い人から、あの儚い人から発せられる声ではない。
何よりもナローエ様の命令を優先するオースティンが、ナローエ様の後ろに控えた。
それを見て、俺らの身体はその指示に従っていた。
2人の迫力に、そこにいる者全てが従っていた。
あの2人の、邪魔をしては、ならない。
そのまま、ナローエ様が駆け出した。
その側を少しだけ離れてオースティンが追いかける。
俺らの20mほど先で立ち止まると、ナローエ様が背中に背負っていた大鎌を構えた。
ナローエ様の周りがビキビキと音を立て、白い線が前方に走る。
そしてナローエ様が大鎌を振るうと、次の瞬間、そこは凍てつく白銀の世界になっていた。
勢いよく向かってきていた魔物は、ただの1匹も動いていない。
「よし!温暖の魔道具を持つビジジュール軍は、動けずにいる魔物を順に討て!!」
「冷気に強い魔物もいる!ナローエ様の術で魔物の足場が固まっているうちにやれ!ヤツらが動けないと思って気を抜くなよ!」
「はっ!」
ナローエ様が命じれば、オースティンが補足する。
そのナローエ様の命を聞いたビジジュール軍が、オースティンを先頭に走りだした。
あっという間に赤く染まる大地に、俺らの恐怖は消えていた。
ナローエ様はまだ学生で、今日が正真正銘、初陣だと聞いていた。
シーバス様とオースティンに匿われて、ただそこにいるというだけの、初陣だと思っていた。
一度も共に戦ったことのないはずのナローエ様に、ビジジュールの兵が1人残らず従ったのだ。
ナローエ様は、紛れもなく闘神に愛された、ビジジュールの名に相応しい方だった。
上方の暖かな空気と地からの冷えた空気が混ざり合い、ふしぎな揺らめきをする景色に、ナローエ様が立っている。
黒衣がハラリと揺れて、銀髪が煌めいた。
大鎌を構えて振り返ったナローエ様は、まるでこの世界に君臨する、尊い、人とは思えぬ何かに見えた。
「学生諸君は風邪をひかぬよう、暖を用意しなさい」
「は、はい」
ナローエ様の口から、白い息が吐き出された、けれども、その意味を理解するには、少し時間がかかった。
戸惑うように首を傾げるナローエ様に、殿下達の怒声が聞こえてきて、俺らはようやく動き出したのだった。
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