上 下
5 / 6

信頼される侍従に許される範囲

しおりを挟む
 さて、話はリユユ21歳の頃に戻る。
 詳細は侍従が説明する、そういって、緑色のマントを翻して、殿下は立ち去った。聖騎士リユユに溺愛――いや、それは冗談だ! とリユユは脳内で動揺した――鍵にまつわる業務を断る隙を与えずに。

 殿下の侍従クローリブル・ド・ゾンマーエンデンが話しかけてきた。

「モチシャー様」
 平民リユユだが、聖騎士になったことで、敬称は「様」となっている。
「はい」
「私のことはクローリブル卿とお呼びいただければと。神器の扱いなど、注意を要することもございます。長い名字は差し障りがあろうと、殿下のお許しが出ております」

 なぜそこで殿下?と思いつつ、リユユは呼称を確認した。

「諸々ご説明したいことがございます。まず、寮からこれからご案内する場所に移って頂きたく」
「かしこまりました」

 私物を収納魔法にまとめておくのも聖騎士のたしなみのひとつだ。女子寮の入り口前に駐車した移動器具内で待機したクローリブルのところに、着替えと挨拶込みで30分でリユユは戻った。
 移動器具はいかにも貴族の邸宅らしい塀に囲まれた建物の前庭に止まる。
 ささっと降り立つクローリブルのあとをついて出ようとしたリユユの耳に軽やかな声と足音、そして目にその持ち主の小柄な姿が入った。
「クー、おかえりなさい」
「カティ、ただいま。リユユ・モチシャー様をお連れしたよ」
 クローリブルとはここ数年、折々に顔を合わせたが、こんなとろみのある表情をリユユが見たのは初めてだ。それは少し殿下がリユユに見せる表情に似ていたが、もっと安心感に満ち、あたたかい。妻と相互に通いあうような気持ちが心地良く感じられた。

 通された部屋をリユユは一瞬で大好きになった。応接間というより、家族が過ごす場所のようだった。広い机に、飲み物と軽食が配置される。もてなしのあたたかい気持ちとともに、これからの資料確認の邪魔にならないよう配慮されたのを感じる。
 小柄でふっくら、あっさり風味の素朴な容貌のカティは、内面から気品が湧き出すような生真面目な表情でリユユを見て、話しはじめた。

「殿下が先日入手した神器の鍵を聖騎士リユユ・モチシャー様に託したこと、夫から聞いております。このことを知るのは私たちふたりのみでございます。全力でお守りしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
 向かいあったソファに座った夫婦にリユユは微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。私はこれからこちらに住むことになりますか?」
「はい、お部屋に後ほどご案内いたします。まずはクーから諸々ご説明します」

 カティが部屋を出て行き、元の無表情に戻ったクローリブルが資料をひろげはじめ、長い打ち合わせが始まった。

 なお、その後、子爵家の子どもたちも交えて楽しく暮らすようになったリユユとカティは、姉妹のように親しく敬称なしで呼び合うようになったが、クローリブル卿はずっとモチシャー様とリユユを呼んだ。

「クーは信頼されてはいるけれど、許されてはいないのよ」
 カティはそう言って笑った。
 
しおりを挟む

処理中です...