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最善の生存策

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 僕の家だった場所はあっという間にダンジョンへと様変わりしてしまった。床や壁は黒くごつごつとした岩肌に変貌し、あたりはとても薄暗い。
 左右後ろは行き止まりになっていて、正面の一本道を通るしか先へと進む手立てはなかった。

 ダンジョンに呑まれた人間がする行動は主に二種類ある。
 一つはその場を動かずに冒険者ギルドからの救助を待つというものだ。戦う術を持たない素人はダンジョン内の魔物と接敵した瞬間――即、お陀仏だ。下手に動き回るよりかは、おとなしくしてるほうが安全なのは言うまでもないだろう。
 この一つ目が最もポピュラーなもので、教科書にもダンジョンに呑まれた時の取るべき行動だと強く推奨されている。

 それとは反対に行ってはいけないとされる二つ目の行動。それは一つ目とは真逆、ひたすらダンジョン内を歩いて自力で出口を探すというものだ。
 これが推奨されていない理由は当然、魔物と接敵する確率がこちらのほうがはるかに高いからだ。普通はしないのだが……。

 僕は運よく持っていてたスマホの電源を付けると、それを懐中電灯代わりに使い歩き出した。
 僕が取った行動は邪道とされる二つ目のほうだ。それを選んだのには理由がある。
 まず一つはこの場所が曲がり角のない一本道だと言うことにある。もし、ここに留まって正面から魔物がやってきたら最後、逃げる場所のない僕は袋の鼠になってしまうからだ。それだけは何としても避けたい。
 二つ、出来れば三つ以上の分かれ道のある場所まで行きたい。そこが見通しが良く開けているならなおグッド。とにもかくにも一本道から離れるのが急務だ。

 あと他にも理由があるのだが、それはある一人の人間の存在にある。
 ――姉さんだ。姉さんは今年冒険者としての就職が決まってるの通り、ダンジョンで魔物と戦う心得がある。姉さんは高校在学期間中、ギルドが応募するダンジョン内の採取だったり討伐だったりのバイトにたくさん参加して、実績を着実に積んでいた。
 その甲斐あって普通は新卒ならEランク、よくてDランク相当から始まるのに対し、姉さんは異例のCランク待遇。このランクは高すぎず、かといって低すぎない中級者相応といったところだ。

 故に期待が出来る。しかも姉さんの役割ロールは敵を殲滅することに特化したアタッカー。
 多少のリスクは覚悟して動き回り姉さんと合流を目指すのが今、僕の出来る最善の生存策だ。
 しかしまあ、ついさっき姉さんにさんざん口を酸っぱくダンジョンに行くなと言っていた僕が、いざダンジョンに入ると姉さんが同じ場所にいてくれることに安堵するのは、我ながら都合がよくて笑えてくるな。

 そんなことを考えながら歩いていると、僕の前に開けた場所が見えてきた。道は僕が通ってきたのと合わせて三つほどに分かれていて、身を隠せるような岩陰も所々に存在する。
 かなりいい場所だ。しばらくはこの場に留まって姉さんが来るかどうか様子を見るとしよう。


**********


 しかし、暇だな。何もせず、じっと待つというのは現代人にとっては何とも耐えがたい時間だ。
 一応手元には文明の利器であるスマホがあるのだが、残念ながらダンジョン内では圏外。故にネットサーフィンやSNSで時間を潰すことはできない。
 出来ることがあるとすればローカルに落としたアプリで暇をつぶすことになるのだが、何かあったっけな……。

 携帯のホーム画面で色々アプリを物色してみる。ん? これは……!
 僕は一つのアプリに目を止めると、すかさずそれを起動した。そのアプリの名は「ステータスオープン!」。
 スマートフォンに搭載されたカメラ機能を使い写真を撮ることで、その人物のステータスやスキルを数値化し表示させることができる冒険者にとっては言わずもがなの必須のアプリだ。

 そういえば昔、友達と遊んでるときにノリで入れたんだっけか? まあいいや、暇だし使ってみるか。
 僕はスマホを顔の正面に構え、自撮りする。なんか読み込むような画面が出ると一分もたたないうちに、僕のステータスが画面に一覧として表示された。

__________

コウダイ レベル1

TP 10
STR 1
VIT 1
AGI 1
INT 1
LUC 1

<技能スキル>
光魔法 Lv1
回復魔法 Lv1
料理 Lv1
観察眼 Lv1

<パッシブスキル>
なし

<アクティブスキル>
なし

__________

 うわっ……、僕のステータス低すぎ……? るのは、しょうがない。
 だってダンジョンに入ったのは今日が初めてだから、初期レベル1なのは当然のことだ。
 ただ、意外かな。パッシブやアクティブがないのは当たり前として、技能スキルの存在だ。

 確か技能スキルはその人個人が今後習得するであろうスキルを示す大まかな指標だと聞いたことがある。
 それが僕には四つあった。この数が多いのか少ないのかよくわからないが……。

 ドタッドタッ!

 すると突然、何かが走ってくるような音が聞こえてきた。僕はすかさずスマホの電源を落とし、岩陰でじっと身をかがめ気配を消す。
 しばらくして正面右側の道から、足音の正体が現れた。
 全身が緑色の醜悪な顔をした子供のような小さな体躯の生物。――ゴブリンだ。
 ゴブリンは手に棍棒のようなものを持っていて、二頭いた。落ち着きがないのか二頭はあたりをキョロキョロと見渡すと、僕がさっき通った道に向かって走ってくる。

 ヤバイ! 僕の通った道から見ると、僕の姿は筒抜けに見えてしまう。魔物たちが振り返る前に場所を変えないと。
 ゴブリンが道の前に行った瞬間を見計らって、僕が立ちあがろうとしたその時だった。

 ゴトッ!

 しまった……。もろかったのか、立ちあがったときに掴んだ岩陰から少しの石が崩れ落ちて、音を立ててしまった。
 当然、音のしたほうに振り向くゴブリン。最悪なことに僕は彼らと目が合ってしまった。

「ギィヤァーー!!」

 獲物を見つけたかのように、ゴブリンがけたたましい奇声をあげる。
 僕はすぐに立ち上がり、左の道に向かって走り出した。走る最中、迫りくる脅威が気になって僕は思わず後ろを振り返る。
 ゴブリンは僕のことを追いかけて……はこなかった。それどころか、ゴブリンのほうも僕に背を向けて、まるで逃げ出そうとしているようだった。
 あれ、おかしいぞ……? 確か、図鑑ではゴブリンは人を見かけたらすぐに襲ってくる好戦的な生物と書いてあったのだが……。

 そう思った次の瞬間、ヒュンと風を切るような小さな音と共に僕の前を一瞬何かが横切った。
 横切ったそれが何かはすぐにわかった。一匹のゴブリンの頭にナイフが突き刺さっていたのだ。
 ナイフを受けたゴブリンは後ろに倒れる。魔物はピクリとも動かない。瞬殺だった。

「ギャアス! ギャアス!!」

 取り残されたゴブリンが、またわけのわからない奇声を上げ始める。
 それは仲間を失った悲しみのようでもあり……、いやこれはむしろ、何かを恐れているようにも聞こえてくるが……?

「ゴ~ブリンちゃん! あそびましょ~」

 ゲッ、この声は!? 声の主は先ほど二匹のゴブリンが通ってきた道から、すぐに姿を現した。

 背が高く髪をポニーテールに結び、なぜか服を着ていない全身スッポンポンな女。
 僕の姉さんだった。
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