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第1章 雨宮凛

こうして彼女と結ばれた

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 再び誰も居ない教室に戻ってきた俺は、とりあえず自分の席に座る。すると、凛は自分の席ではなく俺の前の席に座り、後ろを向いてこちらの机に教科書を置いた。

「あのね、ここがさっきやってて解らなかったんだけど……」

 教科書を横向きにして、こちらに見えやすい様に向けてきた。身を少し乗り出して、教科書をのぞき込む。

「どれ?」
「この三番の……」

 ふっ、と彼女の吐息が手の甲にかかって、胸が高鳴る。

「ああ、それは……」

 平然を装いながら問題の解き方を教える。
 ただ、今俺達は授業中に教科書を見せていた時より距離が近くて……肩なんかほぼくっついているに等しい。俺達はその姿勢のまま、一緒に勉強した。
 凛は思ったよりずっと優秀で、勉強はかなり出来る方だった。わからないところでも、少し教えれば理解してしまう。純哉や愛梨とはえらい違いだ。多分彼女は、昔から勉強する癖があるのだと思う。勉強の仕方と言うか、頭の使い方を知っている。出来る人間同士の勉強は進みが驚く程早く、みるみるページが変わっていった。

「……明後日の授業内テストどころか、数学の範囲全部やっちゃったね」

 結局、再来週の中間テストの範囲まで終わらせてしまった。

「まあ、やれるうちにやっといた方がいいだろ」
「うん」

 凛は少し疲れた、という表情をして、伸びをした。二時間程ぶっ続けで問題を解き続けていたので、俺も少し疲れた。こんなに勉強したのは夏休みの宿題ぶりだ。そして……凛とこうして二人で居るのも、久しぶりだった。

「……凛はさ」
「うん?」
「何で鳴那町に来たんだ?」

 気になっていた事を尋ねてみた。愛梨じゃないけど、やはり凛には謎が多かった。
 凛は黙り込んだまま視線を逸らして、窓の外の夕空をじっと見つめた。

「だって、別にこんな辺鄙な田舎に来なくても……堀高なら記者の対応とかもしてくれるし、芸能人が町歩いてても不思議じゃないし。こんなとこに来るメリットってあんの?」
「……なきゃ来ないよ」

 凛は、また眉根を少し寄せて困った様な笑みを向けてきた。

「そういう翔くんは、どうしてワセ高からここに来たの? 私よりも、そっちの方が不思議。東京っていうか、全国でもトップクラスの高校だし」
「親の転勤で……」
「だって、ワセ高って確か寮なかった? 下宿だってしようと思えば出来たと思うし……転校するにしても、県内でもっと偏差値が高いところは他にもあったでしょ?」

 凛の質問には、ぐうの音も出ない。
 実はそれは、親ともバトルした事柄なのだ。親は、凛の言う様に寮に入れ様とした。親も自分達の責任もあるので、寮生活を拒否した俺を無理矢理寮に入れようとはしなかった。が、さすがに鳴那高を希望した時は怒られた。もっと上の高校があるだろう、と。確かにその通りだったが、鳴那町からは鳴那高以外は遠いだのちゃんと勉強はするだのと最もらしい事を言い、何とか鳴那高校に編入させてもらった。
 別に鳴那高に何か強い拘りがあったわけではない。ただ、何となく……偏差値や成績に縛られるのが嫌になったのだ。ワセ高に居れば自分と同等クラスやそれ以上の奴と競い合わなければならなかった。同じ学校には俺が競争したい相手がいないのに、頑張り続けるのは正直かなりしんどかった。高校入試の失敗でもう散々疲れ切ってしまって……玲華との別れがトドメを刺した。どうして鳴那高にあそこまで拘っていたのか、当時はわからなかった。
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